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2話 漢前過ぎる悪役令嬢。

 クロスバイクはロードバイクとマウンテンバイクの特徴を合わせた、ハイブリッドタイプの自転車だ。

 細かく言い過ぎると混乱するから、ロードバイクの軽量フレームにマウンテンバイクのオフロードタイヤを履かせた自転車、そうイメージしてくれるといいかも。


 操作性を高めるためにハンドルはフラットバーハンドルを採用、これによりロードよりも細かく素早いコントロールを実現!


 ブレーキは出来ればディスクブレーキにしたかったのだけど、技術的問題からママチャリとかで一般的なブイブレーキを採用したの。


「とはいえ、ブイブレーキでも充分制動性は高いから安全面はばっちりよ。さぁ行きましょうエヴァ!」

「かしこまりました。ですが、乗馬服でよろしいのですか?」


 エヴァの言う通り、私達は乗馬服に着替えて自転車に乗ろうとしている。

 だって、スカートで乗るわけにはいかないじゃない。かといって女性が着れる運動着なんて、乗馬服くらいしかないし……早いとこサイクルジャージも作らないとね。


「自転車も馬みたいな物だから大丈夫でしょ」

「相変わらずのどんぶり勘定ですね。このクロスバイクとやらを作る情熱を、もう少し他の方面に向かわせればいいのに」


 ふっ、私は好きな事のためならば、どこまでも突き進む女なのよ。

 この一台を作るため、私は大貴族と言う立場を徹底的に利用した。


 フレームを作るため、アルミの精錬法を独自に調べた後は、各地の鍛冶場を尋ねて試行錯誤を重ねた。その結果アルミ製品の作成が実現、同時にシュバルター家が権利を独占した事で多額の利益が入ったわ。


 次にブレーキや変速機のコンポーネントを作るため、各地の工房でギア工作を伝授、それにより風車等の大がかりな建築物や、レコードのような細かい工芸品も世間に広まった。でもってこれもシュバルター家が権利を独占したから多額の利益が入ったの。


 そしてグリップやタイヤのゴム製品を作るために、これまたあちこちを回ってなんやかんやしてゴム製品の実現に成功。これまた権利独占以下省略。そしてプラスチック製品も前世の記憶をもとに以下同文。


 八年間の歳月をかけて自転車を作るパーツを一つ一つ揃えて、やっとこのクロスバイクの実現にこぎつけたというわけよ。自転車だけに。


「その子供にあるまじき鬼のような辣腕から、着いたあだ名が「驚異の悪役令嬢」、ですか。まぁ確かに。シュバルター家はアンジェリン様の暴走が上手く行って莫大な利益を得ましたが、市場独占で他の貴族が潰される勢いで、完全に割り食ってますからね。おかげで大分恨み買ってますよ」

「いいじゃない別に。ビジネスの世界は流れに乗れなかった奴が悪いのよ」


 アンジェリンは悪役令嬢よ? 敵キャラよ? 敵キャラが悪い事しちゃダメ?

 悪い事するから悪役令嬢って言うの! 私は悪人、悪い事していい人なんだからね!


「それに庶民へはちゃんと販売とかの仕事を斡旋してるから、世の中回してる分性根のいい悪役令嬢でしょ。会社経営しているのも私だしね」

「まぁそうですが……お嬢様って物語のヒロインとか絶対向いてないタイプの女ですよね」

「なぜお嬢様を強調した。貴方こそ発言には気をつけなさい、貴方の台詞一つ一つがナイフみたいに心抉ってくるから」

「実際抉るつもりで発言していますけどね」


 女版ジャック・ザ・リッパー? 今度きちんと上下関係を叩き込むべきね。


「ともあれ乗りましょうか。いい、私の言う通りに乗ってね。じゃないと怪我するから」


 ママチャリとスポーツバイクでは、乗り方が違う。

 ママチャリはサドルが低い位置についていて、軽くまたぐだけで乗る事が出来るけど……スポーツバイクはサドルが高い位置になるよう調整されている。

 だからママチャリのように乗ろうとするとバランスを崩して転倒の危険がある。なのでスポーツバイクはまず、フレームにまたがるの。


 そしたらペダルに足をかけて、漕ぎながらサドルにお尻を乗せる。ちょっとコツがいるけど、慣れの問題だからすぐに馴染むでしょ。


「さぁ、レッツライド!」


 ペダルをこぎ出すなり、私の胸は大きく高鳴った。

 まるで雲を踏んでいるかのような軽い漕ぎ心地、ペダルを回せば回す程上がるスピード。風を切る音がとても涼やかで、まるで自然の一部になったような解放感が私の中で広がっていく。


 この軽い漕ぎ心地の秘訣はギアにあり。クロスバイクはフロント3段、リア8段の24段変速のギアを使用している。特にリアのギアが大きければ自転車に伝える力は大きくなって、軽い力で強く回す事が出来るようになるの。


 ママチャリに比べて大きなフロントギアが足の力をダイレクトに自転車に伝え、自転車はきちんと応えてくれる。まさしく人機一体のマリアージュよ。

 エヴァも「おおっ」って感動した声をあげている。どうかしら? これがスポーツバイク、クロスバイクの魅力なのよ。


「なんだあの乗り物? 変な形だな」

「馬みたいね……どうやって走っているのかしら?」

「けど綺麗……まるで芸術品みたい……」

「どこで売っているんだ、ちょっと興味あるな」


 クロスバイクを見た街の人々が、口々にそう言っている。これも私が望んでいた物。

 自転車を広めるには、広告が必要よ。それには「この商品はこんな魅力がありますよ」って事をきちんと見せないといけない。


 それには実演するのが一番よ。本音を言えばロードバイクが良かったけど、石畳の街じゃロードは不向きだしね。

 ロードバイクは徹底的にスピードを出す事にのみ注力した、いわば自転車界のサラブレッド。舗装路に特化したその自転車は、本気で漕げば最速80km/hも叩き出す、まさしく人類が産んだ最速の人力車。


 だけど引き換えに耐久力があまりにもなさすぎる。


 特にタイヤは摩擦を減らすために極限まで細く作られていて、ちょっとした段差を通っただけでもパンクするリスクがある。石畳の小さなくぼみですら、ロードのタイヤに致命的なダメージを与えてしまうのよ。

 それにロード用のタイヤを作るにもまだ技術的な課題があるし……諸々の理由からロードバイクの実現はまだ難しそうね。


「このエルゴグリップですか。掌にすっぽり収まる感覚が気持ちいいですね」

「でしょ! これは人間工学に基づいて作ったグリップで、ノーマルのグリップよりも支持面積が広いの。体をしっかり支えられる上に手首や腕の負担を抑えてくれるから、長い時間の走行でも疲れにくいし」

「人間工学? よく分かりませんが、言いたい事は分かります。もっと腕や肩がビキビキ来そうな感じでしたけど、これは楽ですね」

「ふふーん、どんなもんよ。それにスポーツバイクはママチャリと違って、前傾姿勢になっている分腕にも体重が分散される仕組みになってるの。三点で体を支えているから負担が少なくて、尚且つペダルに力が伝わりやすいから、体力消費を抑えてくれるの」

「成程。自転車とは奥深いですね……ただちょっと、振動が激しいような」

「あはは、ごめーん……アルミの欠点だねー」


 スポーツバイクのフレームは鉄、アルミ、カーボンの三種類が使われている。

 カーボンは衝撃吸収力が高くて軽い、樹脂で出来たフレーム。F1カーにも使われる最高級素材だけど、ちょっと中世の技術では作れないかもしれないかな。


 でもって鉄は中世の技術でも作れるけど、重いし何よりダサい。重い分衝撃に強いし故障し辛くて整備性も高いけど……やっぱロード乗りとしてクロモリはナンセンスなの!


 となると製鉄技術を流用できるアルミになっちゃう。勿論アルミもいい素材よ。


 鉄より軽くてカーボンよりメンテナンス性が高いし、何より安価。三拍子そろっているのだけど、衝撃吸収力が低くて、他の二つよりも疲れやすいってデメリットがあるのよね。


「ですが乗馬に比べれば大分楽です。こんな乗り物があったなんて……」

「凄いでしょ。今日はいつもお世話になってるエヴァに、自転車の楽しさを教えてあげるからね」


 クロスバイクのいい所は、スポーツバイク初心者にとっつきやすいって所。

 ロードは街中で使うには過剰性能すぎる、かといってMTBはオフロード仕様だから街中だと速度が出なくて逆に疲れる。


 クロスバイクは二つの中間的性能だから、街乗りに最適な自転車なの。普段使いとかにも十分対応できるし、日常で乗るならロードやMTBよりクロスが断然おすすめね。

 エヴァもクロスバイクに夢中になってるみたいだし、頑張って作ってよかった。


「きゃーっ!」


 ってところで、急に悲鳴が聞こえた。

 何かと思って見たら、なんとひったくりが! 敵は中背の男で、帽子を被った少女からバッグを奪っていた。


「貴方大丈夫、怪我は?」

「は、はい……でも、鞄が……あれには、大事な物が……!」

「あの卑怯者め! 女の子から盗みを働くなんて……許すものか!」


 ああいう卑劣な奴は一番嫌いなの。だから……。


「ここで待ってなさい。貴方の大切な物を、私が必ず取り返してみせるから!」

「は、はい……!」


 女の子の顔が赤らんでいる……きっと男に襲われた恐怖で紅潮しているのね。

 任せておきなさい。この私の背中にかけて、あの不届き者をぶっ飛ばしてやる!


「まーじで漢らしくなってまぁ……」

「何ぼそぼそ言ってるのエヴァ、追うわよ!」

「かしこまりました」


 この私の前で女の子に乱暴働いた事、後悔させてやる。

 クロスバイクのデモンストレーションにもなるし、文字通り軽く捻ってやるわ!

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