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1話 悪役令嬢らしくない悪役令嬢

 前世の記憶を取り戻してから私は、異世界に自転車を広めるための勉強を始めた。

 自転車を異世界に広める。言葉にすると簡単だけど、実際はとても難しい。

 まず根本的な問題として、自転車を作る職人が居ないと始まらない。そしてその職人に自転車を作ってもらうには、職人が自転車に興味を持ってもらわないといけない。


 って事で私は八歳から経営学を始めとした勉学に勤しんだ。周りの大人達は仰天してたけど、そんな周りの事なんかどうでもいい。

 私はもう一度乗るんだ。ロードバイクにマウンテンバイク、人馬一体となって風を切る相棒たちに、もう一度会わなくちゃならないの!


「待ってて……GIANT、Bianchi、Specialized……そしてDE R♡SA!」

「デローザの真ん中にはハートを入れるものなんですか?」

「そうなの! ♡のないDE R♡SAなんてイチゴとクリームのないショートケーキみたいなものなの!」

「それただのスポンジケーキじゃないですか」


 やめてよエヴァ、そんな「あ、こいつ馬鹿だ」みたいな目で見ないで。結構傷つくから。

 そんなこんなで八年を過ごし、私は十六歳の誕生日を迎えていた。

 当然大貴族の娘という事で、私の誕生日は盛大に祝われた。各地の貴族を招待して、親の権力を誇示するかのような見せびらかしの宴会。正直私が主役なんだか、親が主役なんだかわかりゃしないわ。


 全くつまんない、早く終わってくれないかしら。


「退屈そうだねアンジェリン。今日の主役だというのに」

「エドワード」


 私に話しかけてきたのは、シュバルター家に並ぶ大貴族の一角、オーラル家の長男エドワード。乙女ゲームの攻略キャラの一人だ。

 少し癖のある髪をしていて、優しそうな顔立ちが目を引く美男子だ。私より一つ年上のお兄さんで、ちょっとお節介な性格をしたキャラだったかしら。


「でも確かに、退屈かもしれないね。ラルク様が自分の権力を見せびらかすために開いているような物だし、あくまで君はお飾りだ。ちゃんと君自身を見てあげればいいのにね」

「別にいいわ、今に始まった事じゃないし。貴方こそ私の傍にいていいわけ?」

「何か問題でも? 退屈そうな女性に手を差し伸べちゃいけないかな」

「あら、分かっているじゃない」


 エドワードはこの通り、女性に対してとても優しい性格のTHE王子様ともいえるキャラクター。甘いボイスも相まって、ゲーム内じゃかなりの人気を誇ったキャラだった。

 でも残念ながら好みじゃないのよね。と言うのも、ゲーム内の世界に転生してからこいつの事を嫌って程理解したから。


 苦笑いしつつ応対していると、横から声がかかった。


「おや、アンジェリンお嬢様。ご機嫌如何でしょうか」

「ブラッド騎士団長! 来て頂いたんですね!」

「ええ、護衛としてラルフ様に依頼を受けましたから」

 

 ゲーム的には脇役のおじ様騎士団長、ブラッド・ローウェン様! 個人的にいっちゃんの推しメンだ。

 四十前半くらいのナイスミドルで、屈強な体付きをしたおじ様である。少しくたびれたような優しい顔立ちがなんとも言えないのに、いざシリアスな場面になるときりりとした表情を見せてきて……これがまたカッコいいのよねぇ。


 なよっちい男キャラなんかに興味ないわ、私は筋骨隆々でナイスミドルなおじ様にしか興味ないの。このゲーム自体も妹が「面白いからやってみて!」ってやたらと薦めてきたから仕方なくプレイしていただけで、別段興味なんかなかったんだから。


 ……まぁそれなり、というか結構、いや大分面白かったけど。一キャラにつき三週くらいする程度にはやり込んだけど。それはまた別の話って事で。


「おっと、すでにエドワード様がエスコートをされていたようで。失礼いたしました」

「はうっ!?」


 にしても騎士団長は声がまたいい! 何しろ私が推してた声優さんが当てているんだから!

 ダメだ、声を聴くだけで倒れそうになる……紳士的かつダンディな声で有名な声優なのだけど、それがまさか生声で聴けるなんて……! 最高すぎて鼻血が……はうっ♡


「はいアンジェリン様お顔がラスベリークリームで汚れていますよー」


 危うくぶっ倒れそうになった私を、エヴァが素早く回収。咄嗟にハンカチを当てて鼻血をガードしてくれた。

 口は悪いけど、侍女として完璧な仕事をしてくれるのよねこの子。


「エヴァ、アンジェリンが鼻血吹いたような気がするんだけど……」

「ラズベリージャムですエドワード様」

「いや君クリーム言ったよね」

「ジャムです。第一シュバルター家の娘とあろう方が、中年男性の声を聴いただけで鼻血を吹くド変態なわけがないでしょう。アンジェリン様は単純にマナーがなってない阿婆擦れなだけです」

「君侍女なのに主を言葉のメイスで殴ってもいいのかい?」


 本当よね、今度不敬罪で訴えてやろうかしら。


「ともかく一度お色直しをした方が宜しいかと。アンジェリン様、こちらへ」

「ふぁーい……それじゃエドワード、ブラッド騎士団長♡ ごきげんよう」

「君あからさまに態度違わないかな。ねぇちょっと、ねーってばねー!」


 エドワードの呼びかけは無視して、私とエヴァは裏方へ回る。はぁ、もっとブラッド騎士団長の声をお聞きしたかったのに……。


「気を付けてくださいアンジェリン様、あのエドワードと言う男は……」

「大丈夫、ちゃんと知ってる。なるべく近寄らないようにするから」


 エドワードに関してはどうでもいいわ、それに私の誕生日は明日が本番なの。

 頼んだ物、出来てるといいんだけどなぁ。


  ◇◇◇


 という事で翌日。私はエヴァを連れて街へ繰り出していた。

 私は変装し、アンジュと言う偽名を使って、お忍びで市内を回ったりしている。服装と化粧を変えるだけで案外気づかれない物ね。


 ……アンジェリンは公爵家の貴族令嬢って事で、非常に束縛のきつい環境に生まれ育った。


 身の回りの事は侍女にやらせろ、貴族らしく慎みを持ち、親の言う事だけを聞け。煌びやかな貴族の家は、自分の意志で外にすら出られない窮屈な場所なのだ。


 こんな息苦しい人生が、ゲームにおいてアンジェリンの我儘な性格を形成したのかもしれないわね。


 だけど私は息苦しいのが大っ嫌いだから、そんな拘束全部引きちぎってやったわ。

 カーテンロープで何度も屋敷から脱出したし、見張りをつけられても賄賂と弱みを握っての脅迫で強引に突破したし、最終的には鉄格子を窓一面に張られたけど、つるはしで壁ぶっ壊して無理やり外に出てやった。


 んで最終的には両親が根負けし、「もうお前の好きなようにやれ」って完全放任状態。私は私の力で自由を勝ち取ったのだ。


「いつも思いますが、アンジェリン様ってクールビューティの皮被ったビッグフットですよね」

「何を! って言いたくても否定できない自分が嫌い……」


 悪い事をしたかもしれないけど、私は所詮悪役令嬢、悪人よ。

 悪人たる者、自分のやりたい事を優先するべし。やりたい事が出来ないのなら、腕ずくで突破しろ。か弱い令嬢のままじゃ、私のやりたい事は実現できない。


 ま、シュバルター家には長男が居るし、後継者問題は大丈夫よ。それに私は相当な実績を積んだから、悪逆の限りを尽くした後も家に居る事が出来ているのだ。


「さーってと、鍛冶職人の所へ行くわよ!」

「確か今日ですか。目当ての自転車とやらが出来上がったのは」

「そう!」


 この八年間、私は市内を回りながら、自転車を作る職人を探し続けていた。

 当然殆どの職人は世迷言だと抜かして相手にしてくれなかったけど、たった一人だけ自転車に興味を持ち、制作を約束してくれた人が居た。


 その職人に設計図を渡して、私が前世で愛用していた自転車を作ってもらったというわけ。ただ、いきなりロードバイクは無理だから……まずはその手前の自転車を作ってもらったわ。


「やぁアンジュ、よく来たね」

「当然ですよロックスさん。だって……やっと念願の物が手に入るんですもの!」


 ロックスさんは五十半ばの熟練の職人さん、武器や金物を作って四十年の熟練者。

 この人ならば、私が望む物を作ってくれる。一目見た時からそう確信できた。


「自転車、だったか……全く不思議な乗り物だ。よくこんな物を思いついたね」

「いやぁ、神様が予知夢をくれたと言いますか、何と言いますか……」

「馬鹿と鋏は使いようとも言いますし、頭の中が上手い具合に剪定されたのでしょう」


 エヴァの舌もばっさり剪定してあげましょうか。本当に口が悪いわね。


「ともあれ、こいつが約束のブツだ。どうぞ受け取ってくれ!」


 ロックスさんが持ってきてくれたのは、まさしく私が望んだ物だった。

 キラリと光る三角形のアルミフレームに、700×28Cの少し太めなタイヤを履いた金属製のイケメン。私の肩幅に合わせたフラットバーハンドルと、プラスチック素材で作られたサドル……限りなく精巧に作られたコンポーネントが眩しいわ……!


「やっと、やっと出会えた……私の相棒……!」


 念願のクロスバイクを手に入れた! やっと……私の相棒が戻ってきたわ!


「これが自転車、という物ですか。アンジュ様のお話しよりも形が違うような。ハンドルは羊の角のような物だと伺いましたが」

「ああ、ドロップハンドルね。これはフラットバーハンドルって言うの」


 ツール・ド・フランスで見るロードバイクのハンドルがドロップハンドル、マウンテンバイクで使われる、真っ直ぐなハンドルをフラットバーハンドルと言うの。ドロップハンドルに関して説明すると長くなるし、手に入れてから教えてあげよっと。


「それにこれは、私がレースで使っていた自転車とは違うわ。クロスバイクって言って、もっとカジュアルな物なの。後でもっと詳しく教えてあげるね」

「ふむ。して、変わった飾りがついていますね」

「ハンドルのこれかい? 確かになぁ。アンジュちゃん、ゴムでこんなの作って、何の意味があるんだい?」


 二人が首を傾げているのは、グリップの事ね。

 通常自転車のグリップは筒状だけど、このクロスバイクにはゴルフクラブのような物を取り付けてある。ふっふっふ、これぞ私が最も拘った部分。


「これはエルゴグリップってパーツの。これも説明すると長くなるし、走りながら教えてあげる」

「はぁ……ですが私はどうやってついて行けば。まさか走れと?」

「エヴァなら行けるでしょ?」

「すいません、仕事辞めてもいいですか」

「冗談よ。ロックスさん!」


 自転車は一人で走るより、二人で走った方が楽しいもの。

 だから当然、貴方にも用意してあるわよ。きちんと体型計って、貴方にぴったりなフレームを作ったの。


「私と同型、エヴァ専用クロスバイク! ほら、一緒に乗ろ」

「……私にも用意して?」

「当然でしょ。だってエヴァは、親友だもの」


 友達だからこそ、自転車の面白さを知ってほしいの。だからほら、一緒に乗りましょ。


「全く……これだから貴方を憎めないのですよ」

「御託はいいから。乗るの? 乗らないの?」

「乗りましょう」


 そうこなくっちゃ! さぁ、記念すべき異世界ツーリング、楽しんでいこー!

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