14話 自転車祭り。
二週間後、いよいよ私の計画がスタートする。
中央広場を貸し切っての大がかりなイベントだ。なので本番前日の今日に設営を開始しなくてはならない。
「はいそれじゃー皆さん! 今日はよろしくお願いしまーす!」
エドワードとバニラのツテで集まった人達に挨拶してから、
馬車で運んだ道具をちゃちゃっと並べていく。今日のためにDIYで作ったジャンプ台を等間隔に設置して、スケートパークを作るのだ。
この異世界には娯楽が少ない。そんな人達にこれを見せたらどう映るかしらね。
「その台はもうちょっと寄せて、そうそこ! しっかり重りを乗せて固定してね」
最前線に立って指示を出し、着々と準備を進めていく。貴族令嬢というより工事現場の監督みたいだけど、現場を知らずしてイベントは進められない。
ロードもオフロードもそう。自分が走る道をきちんと見ないでは、走る事すらままならない。主催者だからこそ、自分の目で会場を見ないとだめなのだ。
事務作業はエヴァに任せてあるから問題なし。デスクワークに関しては彼女に一日の長があるからね。
「やぁ、性が出るねアンジェリン」
「あら、ブラッド騎士団長。明日の打合せに?」
「警備体制の見直しもしておきたいからね。しかし大がかりな舞台だ」
広場の様子を見て、ブラッド騎士団長は顎を撫でる。スポーツイベントは言い換えればお祭りも同然。こじんまりとした物じゃ、やる方も面白くないしね。
「わざわざ君がやらなくても、従者に任せればいいんじゃないかな」
「性に合わないんです、後ろから偉そうにあれやれこれやれ言うのが。やるなら現場で皆と一緒に行動しないと。それに有言実行、不言実行が私の信条なので」
とことん貴族に向いてない性分ではあるけれど、それが私。もし美味しい肉を手に入れたら、独り占めするのではなく仲間全員で分けて食べるタイプの人間だ。
「楽しい事は皆で楽しんだ方が、ずっと面白いですからね」
「君が貴族令嬢なのが悔やまれるよ、もし平民の娘だったら是非とも騎士に就職してほしかったものだ」
ブラッド騎士団長から嬉しい一言を貰った後、早速警備体制に関しての話し合いに入る。愛しい人との逢瀬だけども、仕事は仕事。きちんと割り切っていかないと。
当日はエドワードとバニラが楽団やらバレエ団を派遣してくれるとの事。イベントなら当然ゲストの存在は必要不可欠、それに食事もね。
「先日デブリ山に登った時、山頂の屋台の人達に交渉していたんです。自転車イベントに出店してみないかって。大がかりな野外イベントなら山頂に居るより大きく稼げるよって言ったらもう皆喜んじゃって。その場で契約も結んじゃいました」
「流石の手の速さだ、一つの行いで三つ以上の業務をこなすとはね。衛生面はどう対策を?」
「当日はゴミも大量に出るでしょうから、各地にゴミ箱を設置しておきます。後片付けも楽ですからね。それに当日は自転車の販売もしますし、折角の自転車が汚れたら悲しいですから」
勿論、クロスバイクではない。クロスバイクよりもっと手軽に乗れる、皆お馴染みのあの自転車を並べるつもりだ。
打合せを終えると、職人街から馬車がやってくる。頼んでいたブツが届いたわね。
「ロックスさん! ありがと、大変だったでしょ」
「いいやぁいいんだよ。しかしシュバルター家の御令嬢からこんな大口の仕事を貰えるなんて、アンジュさまさまだ」
市内で私は遊び人アンジュの名前で通している。だからアンジェリンとしてではなくアンジュとして職人達に呼び掛け、大量の自転車を作ってもらったのだ。
自転車が広まれば、職人達の儲けにも繋がる。自転車は工業製品の芸術だ、作るには当然、熟練の職人の力が必要になる。
アンジュとして小さい頃から駆けまわっていたのも、円滑に自転車を布教するための根回しだったのである。えっへん。
「これが明日のイベントの目玉、シティサイクル! 通称ママチャリよ!」
一般的にママチャリと呼ばれている自転車は、シティサイクルって呼ぶのが正しいの。
スポーツバイクと違って泥除けを付け、前後にキャリアを搭載。チェーンカバーを被せてチェーンが外れたり、パーツの破損を防いで事故率を低くする。サドルにはサスペンションを装着して座り心地を高め、長時間の運転でも疲れにくくしている。
「ハンドルもブーメランのような形状にして握りやすく調整しているんです。クロスバイクに比べて重量は増加しますけど、その分安定性が上がるから荷物を積んでもふらつきにくくなるし、衝撃にも強くなります」
「しかし、高いんだろう?」
「ふふん、クロスバイクの十分の一の値段ですよ」
この異世界の平均月収は日本円換算で十万ちょい。それに合わせて、五千円程度で買える値段設定にしているのだ。
「随分安いな……それで採算は取れるのかい?」
「新しい物には初期投資が必要ですよ。他の部署の売り上げで充分カバーできますし、将来を見越せば負うべき痛手です」
「なぜそんな安くできる?」
「素材をアルミから安価なクロモリに変えて、尚且つ一つ一つのパーツを簡略化する事で人件費を抑えているんです。その分重くなってギアも三段変速しかありませんけど、街中を走るならそれで充分。主婦が買い物の足に使うなら、クロスバイクは過剰性能ですからね」
「よくもまぁそこまで思いつくものだな……一体、どこからそんなアイディアが出てくる? 時折だけど、君が遠く別の世界から来た人間のように感じるよ」
ごもっとも。私は元々この乙女ゲームの世界に存在しないはずの女だ。
でもだからといって遠慮する道理はない。やりたい事を思い切りやる、そのための努力を惜しまないだけ。
なぜなら私は悪役令嬢! 悪人なら悪い事を好き勝手やるもんだって、ばい○んまんも言っていた……はず。この異世界がどうなろうが、知ったこっちゃない。
「それだけ私が別世界レベルの天才って事で。それで納得してください」
「確かに、それが一番納得するな」
転生者だって言っても、エヴァのような塩対応になるのが関の山。私が天才って事にしておけばはぐらかせるでしょ。
「アンジェリン様、ステージの設営が終わりました。チェックを」
「うん、今行くー」
ステージの位置はばっちりだ、スケートパークもきちんと出来上がっている。あとはここで、きちんとあれが出来るかどうかチェックしないとね。
って事で、あの自転車を用意する。
折り畳み自転車程度の小さいバイクで、変速機が無くサドルも極端に低い、玩具みたいな外見の自転車。タイヤを固定するハブにはリムと呼ばれる短い足場が付いていて、一言で言うなら変な形の自転車だ。
「ハンドルもほら、くるくる回転するようになってるんです。構造もクロスバイクより簡単だから頑丈だし、多少乱暴に扱っても応えてくれるいい子なんですよ」
「これで何をしようと言うのかね?」
「へっへー、見ててくださいってば」
ロードレーサー時代、シーズンオフはこれで遊んだものよ。
リハーサルも兼ねて軽く見せてみると、ブラッド騎士団長は感心した様子だった。
「こんな事が出来るのかい? 自転車とは底が知れない乗り物だな」
「でしょう。レミリア達も今頑張って練習しているんですよ」
皆筋がいいから、本番にはきちんと仕上げてくるはず。彼らが輝けるよう、私も頑張らないとね。
◇◇◇
「ふぅーっ……とりあえず現場の整備は終わったよーエヴァー」
「お疲れ様です。しかしまだ仕事は残っていますよ」
夕方、くたくたになって屋敷に戻ると、エヴァが実に嬉しい事を言ってくれたではありませんか。
「書類関連に関してはある程度進めましたが、幾つかはアンジェリン様のサインが無ければ対応できない物もありました。なのでその処理をお願いしたのですが」
「りょーかい、夕飯は部屋に直接持ってきてくれるかな。できればサンドイッチとか、手で摘まめる物がいいや、二人分ね」
「かしこまりました、手配しておきます」
やっぱ優秀だわこの子。口はガトリングばりの攻撃力があるけど、任せた仕事は期待以上にこなしてくれる。私が無茶できるのもエヴァが居るからなのよね。
部屋に戻って、早速書類を片付けていく。やっぱイベントやるとなると、直前でも結構な書類処理が必要になるものねぇ。カテゴリ別に分けてくれてるし、あの子本当に優秀だわ。
おかげで仕事がやりやすい。スムーズに書類がはけて、見る間に数が減っていく。
「失礼します、お食事をお持ちしました。進捗はいかがでしょう」
「あんがと、おかげで順調よ。ちょっと休憩したいし、話し相手頼める?」
「勿論」
そのための二人分の食事だ。食べながらステージの進捗状況やら、裏方で起こった事やら、情報交換をしながら他愛ない話をした。
毒を吐きつつも、エヴァは楽し気に話を聞いてくれる。私と話している時、彼女は笑顔が多い気がする。
「ねぇエヴァ、私と話してて楽しい?」
「勿論。アホで脳筋なのは玉に瑕ですが、貴方ほど仕えがいのある人は他に居ないかと。何しろこの世でただ一人しかいない、異界から来た御令嬢ですからね」
「おっ、信じてくれるようになったの?」
「信じるというより、否定する材料がなくなっただけです。何しろこの世界にありえない物を、わずか八歳の頃から幾つも作ってきた。こんな常識外れの異業を成せるのは、異界からの知識を持ち込まなければありえません」
「いやははは……やっぱ言い方がきついわね」
「いじった時の反応が楽しいので。中々いい声で鳴いてくれますからね」
「おうこら私はエドワードじゃないんだぞ」
ただ、私の事情を知っているから気兼ねなく話が出来る人でもある。エヴァが居なければ、多分私は思い切って行動する事は出来なかっただろう。
「明日のイベント、成功するといいね」
「しますよ。我が主はどんな困難も力ずくで粉砕する強い人、そんな方が立てた計画なんて、否応なしに成功するに決まっている。ずっと貴女を見てきた私が言うのだから、間違いありませんよ」
やっぱりエヴァって好き。一緒に居るだけで元気が出てくる、不思議な人だな。
よーし、残りの仕事も片付けますか。明日のイベント、絶対上手く行くよ。絶対だよ!




