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13話 自転車登山

 街を出発してからどれくらいたっただろう。

 皆で交代しながらクロスバイクを走らせ、順調に目的地へ向かっている。その間私は後ろから皆の脚質を観察していた。


 エドワードはルーラータイプ、私と同じで平坦も登坂もこなせるけど、スプリントはそこまで早くない巡航速度に秀でた脚質。

 エヴァはクロノマン。スプリンター版ルーラーとも言うべきで、長距離を高速巡航できる平坦に強い脚質。


 バニラはゴリゴリのスプリンターだから省略するとして、まだ分からないのがレミリアとブラッド騎士団長。ただ、二人の走り方からしてなんとなく予想できる。

 二人とも平坦があまり速くない、二人が引く時は馬車が追いついて来る。でも平坦で遅くなるって事は、多分山道に入ったら化けるはず。


「あー、早くロード作りたいなぁー……」


 ただロードを作っても、この異世界で自在に走るのは難しいかな。舗装路を作る土台が出来てないし。

 となると、その真逆の自転車に着手するべきね。


「アンジェリン、目的地が見えてきたよ」


 先頭を走るバニラが呼び掛けた。

 目の前には高く聳える山が見える。標高約500メートル、丁度高尾山と同じ大きさのデブリ山だ。

 ゴールはここの山頂にある広場、そこに行くまでは、勾配のきつい坂道を折り返しながら登っていかないといけない。馬車道と登山道の2ルートに分かれていて、当然軽車両の自転車だから馬車道へ向かう。


 スプリンターには厳しいコースだ。スプリンターは瞬発力に秀でている反面、持久力がない。それに筋肉質で重い体のせいで、より体力が削られる。短距離走の選手にマラソンを走らせているような物だからね。

 予想通り、バニラは一気に失速。エヴァもちょっときつそう。それじゃあ、出番よレミリア。


「さっき言った通りに回せば疲れないから。やってみて」

「分かりました!」


 颯爽と出てくるなり、レミリアはグイグイ坂道を登っていく。軽いギアでくるくるペダルを回して、登板をものともせず進んでいた。


 やっぱり彼女はクライマーだわ。


 クライマーは持久力に秀でる反面、瞬発力に欠ける。体重も軽くてパワーも低い分、平坦だとどうしても後れを取ってしまう。

 だけど坂道になれば、持ち前の持久力と体の軽さで坂を上っていく。ハードゲイナーだった頃のバニラがまさしくクライマー向きの体付きだったんだけど、アンジェリン・ブートキャンプで別人にワープ進化しちゃったからなぁ。


「坂道は体力使うからこまめに交代して。次はブラッド騎士団長、お願いします」

「ん、やってみようか」


 レミリアが一つ下がって、ブラッド騎士団長が前に出る。一歩一歩しっかりと踏み込みながら、速度を落とさず進んでいく。

 やっぱりあの人もクライマーだわ。元々騎士団は体力勝負、フル装備で坂道を登る訓練もするって聞く。それを考えれば軽装で走る登板なんて難しくないわ。


 うーん、やっぱ自転車って人それぞれ個性が出て面白いわぁ。観察していて飽きが来ない。


「ふむ、もう少しペースを上げられそうだが、ついてこれるかな?」


 一言了解を取ってからペースを上げる辺り、自転車乗りとしてきちんと配慮できる人だ。

 自転車は軽車両、一歩間違えれば人を殺してしまう道具だ。自転車広めるなら、その辺のマナーに関してもきちんと広めないとダメね。


 二人のクライマーが居るおかげで山道もつつがなく終了。山頂にある広場へ到着した。

 デブリ山はハイキングコースとして人気のあるスポットで、山頂には馬車や登山者が休憩できる広場が用意されている。登山者を目的とした屋台も待機しているし、サイクリングにはもってこいの場所だ。


「それじゃ、ここで休憩しましょうか」


 自転車と言えばサイクリング、基礎にして究極の楽しみ方。

 こうやって仲間内で走って遠出して、自然を満喫する。ロードレースの肌がひりつく空気もいいけど、のんびりと自転車で走る感覚を楽しむのもやっぱり好き。


 そしてサイクリングの休憩と言ったら、勿論お弁当でしょう!


 沢山運動したら、沢山カロリーを取ってエネルギー補給。そのための弁当をエヴァと一緒に作ってきたのだ。レミリアにも、ちょっと手伝ってもらった。


「レミリア、パンの準備はいい?」

「勿論です!」


 エドワードの馬車に積んでおいた大きなバケットを出す。私が用意したのはソーセージとキュウリやレタスを始めとした新鮮な野菜。パンにはさむ具を沢山。レミリアが用意したのは、沢山のパン! バゲット、エピ、フォンデュ等々多種多様なパン。

 レミリアはパン作りが得意な女の子だ。なので彼女に頼んで、美味しいパンを作ってきてもらったというわけだ。


 サイクリングと言ったらパン、パンと言ったらサイクリングと言うくらい、パンは自転車と相性がいい。


 走りながら食べられるし、値段も安いし、パン屋は服装を選ばず入店できる。何よりカロリーが高くてご飯より速やかにエネルギーになるから、カロリー競技である自転車競技とマッチしているのだ。


「さ、皆もどんどん食べちゃって。とにかく大量に作ってきたから。従者の皆さんもどうぞー。肉野菜だけでなくはちみつ、ジャム、バター。なんでもありますよー」


 って事で、ここまで馬車を引いてくれた皆さんにもご馳走する。快晴の下、大勢でアウトドアの醍醐味よねぇ。

 レミリアが用意してきたバゲットにバターを塗って、ハムとキュウリを挟み込む。シンプルだけどやっぱ好き、日本人はシンプルな物が好みなのよね。


 用意していた昼食を完食した後は、持ってきたボールで遊んだり、景色を眺めたりしてのんびり過ごす。やっぱ外で体動かすとリフレッシュできるや、根っからの野生児ね私ってば。


「アンジェリン様、そろそろ例の件をお話になられては?」

「そうね。それが本来の目的なわけだし」


 ブラッド騎士団長に声をかけたのも、別の目的がある。って事で皆を集めて早速計画を話す事にしましょう。


「実は今日、皆に来てもらったのは頼み事があったからなの。近い内に自転車を広める、ある催しを開こうと思っててね」

「ふむ、我々にその運営を手伝ってほしいと?」

「その通りです! さっすが騎士団長ー」


 当日の警備もしてもらいたいし、直接交渉した方がいいでしょ。


「自転車は今日体験してもらった通り、誰でも気軽に使える乗り物です。一家に一台あるだけで、生活が一気に豊かになります。だから私、自転車をどうしても広めてみたいんです」

「ふむ、確かに実演してみると分かりやすいな。ただねアンジェリン、この乗り物は危険でもあるだろう。乗る際にはきちんとルールを定める必要がある、法関連の整備もな。それに関してはどうするつもりだい?」

「実は、根回しは済んでるんです」


 昨日父に自転車の有用性とそれに伴う利益を力説して、方々の貴族やらと駆け回ってくれる事になっている。

 この国はアメリカのように、貴族が各々の領地ごとに州法を定めて治めている。シュバルター家は公爵家だから、州法に関して強い発言力を持っている。父が動いてくれれば法関連の問題をクリアできるはず。

 なので次は現場を取り仕切る騎士団への話を付けるべく、ブラッド騎士団長に来てもらったわけだ。


「ルールに関する草案は、まとめて父に渡してあります。数日以内に騎士団にもくると思います。広場の使用許可も含めてのお話しをしておきたく、この場を設けたのです。勿論騎士団長への説明に、これを持ってきてます」


 って事で自転車関連のルール草案を渡しておく。


「相変わらずの行動力だね。そうだな……まずは目を通させてもらえるかい?」


 騎士団と父の意見交換には、私が間に入ればいい。現場と役所の調整も惜しまないわよ私は。

 ブラッド騎士団長が目を通している間に、現場の話も付けなきゃね。


「エドワードとバニラなら当日人手の調達も出来るでしょ。ちょっと大がかりな催しになるから、私の所だけだと調整するのが大変なの」

「別に問題はないよ。いつも君には沢山罵声を受けて、殴ってもらっているからね、そのお礼代わりになるならいくらでも貸そう」


 エドワードの意味不明な申し出はともかく。バニラも快諾してくれたし、レミリアには事前に話して協力を取り付けてるし、これでスタッフの心配も無いわ。


 あとの問題は、具体的にどんな内容にするかだ。


 街の人達には、毎日自転車で走り回っているから充分広告は出来ている。あともう一押しすれば、きっと自転車は大きく広まってくれるはずだ。

 自転車が楽しい物だって演出する必要があるんだけど、ここは中世程度の文明しかない異世界、音響やらITを利用した演出やらは使えない。


「サイクリングが一番なんだけど、大人数でそんなの出来るわけないし」

「うーん、自転車でダンスをする、とか?」

「ダンス?」


 レミリアの一言にはっとなる。自転車でダンスなら、出来るわね。


「いいじゃないそれ! 丁度いいのがあるわ」

「自転車ってそんな事もできるんですか?」

「できるできる。クロスバイクじゃ無理だけど、専用の自転車なら私も出来るわ」


 ロードレースのオフシーズンには、そっちの種目に切り替えていたしね。前世ではエクストリームスポーツと呼ばれていた、最高にエキサイティングな自転車競技よ。

 ただ、私一人じゃ流石に飽きられちゃうだろうから……。


「勿論、皆にも頑張ってもらうからね。大丈夫、私がしっかり教えてあげるから」


 協力するって言った以上、とことん付き合ってもらわないと。

 異世界に自転車を。私の計画がいよいよ、実現しようとしているのだから。

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