9話 目的が斜め下過ぎる。
バニラ・ダーンスは一言で言えば、か弱い男の子だ。
まるで女の子のような細身で優しい面立ちの、庇護欲をそそられる癒し系男子。私とは逆に男子力を乙女方向へ振り切った攻略対象である。
男らしさは少ないけども、ふんわりとした癒されるキャラクター性が人気の人物だ。
「えと、その……手紙見たわよ。私の事をあんな風に褒めてくれるなんてね」
「ええ、貴方はとても誠実で優しい人です。そして何より、美しい。知性を感じさせるいで立ちに、凛とした気品ある顔立ち。百合のように艶やかな容姿をしているのに、とても芯の強い心を持った女性。そんな人を放っておく男なんていませんよ」
「ぐふっ……」
彼の誉め言葉に心が抉られる。ごめんね、本当にごめんね。本当の私は知性なんて欠片もないの、野性なの。百合なんてとんでもない、アクとえぐみが強すぎる野草みたいな女なの。
「こんな、手紙でしか想いを伝えられない僕を許してください。ですが、貴方にはどうしても僕の気持ちを渡したかったのです。そうしなければ、貴方のように高貴な女性に失礼ですから」
「かはっ……!」
やめて、これ以上私を傷つけないで。高貴どころかタイムセールで安売りされてる豚小間肉みたいな女に引っかかったら一生を棒に振るわよ。私なんて工業廃棄物にうつつを抜かしたら最後、70年代の墨田川みたいな人生送るハメになるわよ。
「貴方が好きです、アンジェリン。僕は素晴らしい貴女に釣り合う男になると約束します、だからお願いします、僕だけの大切な女性になってください」
「ひでぶっ!(吐血)」
どうしてそんなに誠実な告白してくるのよ貴方、私に釣り合う男なんて世紀末覇者系男子しか思いつかないわよ。こんな「海賊王に俺はなる!」感満々な女を大切なんて言わないで。自分から進んで魔王の生贄になるなんてマゾ通り越して自殺志願者じゃない。
ああもう、誰か私を殺してくれ。
バニラが人気キャラであるもう一つの理由。癒し系ボイスで褒められて、励まされる女性が多いからだ。実際レースで結果が出なかった時、私はバニラルートを攻略しまくっていた。すさんだ心にイケメンの励ましボイスは効果てきめんである。
だけど今の私には逆の意味で効果てきめん、もうノックアウト寸前。自分の行いが悪いせいで心があの世へボンボヤージュしそう。
「えっと、その……貴方の気持ちは嬉しいんだけど……」
断らなくちゃ。第一私はレミリアの恋路を邪魔する悪役令嬢よ、彼女が結ばれるべき相手と交際するなんて絶対だめ。
レミリアが幸せになるためには、私が犠牲にならなきゃいけない。それが悪役令嬢の行くべき道よ。
ここは手酷く罵倒して、後腐れなくふられましょう。
「アンジェリン? どうされました」
「いやぁ、そのぉ……」
……無理無理無理、罵声なんか言えるわけない。弱い者いじめ大嫌いな奴が弱い者いじめするとか無間地獄級の苦しみなんですが。
くっそー、なんで普段は悪役令嬢みたいに振舞えるのに、どうしてこんな時だけ乙女になるのよ私。
「……そうですね、変事を急ぎ過ぎては女性に失礼です。アンジェリンの気持ちが固まったら、返事をください。それまで僕は待っています」
「~~~~~~!(声にならない悲鳴)」
ああもう紳士として完璧すぎるだろこの子。申し訳なさ過ぎて逆に男として見られないわ。
考えろ、考えるのよ小坂渚。私も彼も後腐れなく関係を解消できる方法を考えなくては。
「……って考えるまでもないか。普段の私を見せればいいんだ」
となれば早速作戦開始だ。
「ねぇバニラ。もし貴方が良ければなんだけど」
◇◇◇
私の作戦はこうだ、「自分の悪い所をさらけ出そう作戦」。
人の悪口を言うなんて、悪役令嬢になったとはいえ私は出来ない。だったら普段の私を見て貰えば絶対幻滅するだろう。
って事で放課後、バニラには一緒に過ごしてもらう。私は私なりに自由にやらせてもらうわ。そして横にはレミリアを並べておく。
あの子は私と違って淑やかだ。私が普段通りに行動すれば、彼女の純真さが際立ってより魅力的に映る。そうなればバニラは私を見限り、レミリアに好意を抱いてくれるはず。完璧な作戦だわ。
別にいいもん、男から見向きもされなくたって。私には自転車があればいいもん、マイヨジョーヌ・イエローのMBC SLR01(※1)があればいいもん、ほんとだもん。
「なんだろう、アンジェリンが涙ぐんでいるんだけど、僕何かしたのかな」
「そっとしておいてください。お姉さまは今、自分の中の女と格闘しているんです……」
分かってくれるのねレミリア、本当に大好き……。
ともあれ二人を連れて校門へ向かう。邪魔されないようエドワードは殺処分しておいたから、エヴァに協力してもらえばあとはOKね。
「お待ちしていましたアンジェリン様……後ろに居るのは、バニラ様で?」
「うん。それが何か?」
「いえ、少々お待ちを」
どしたのエヴァ、急に化粧なんて始めて。……貴方まさか。
「アンジェリン様のお迎えをする際幾度も見てまして、その……癒し系な外見に惹かれまして。恥ずかしいのでみなまで言わせないでください」
「貴方が恋心で赤らむ姿初めて見たわ。でも今回はちょっと事情がね」
かくかくしかじか説明するなり、エヴァはしたり顔で頷いた。
「賢明な判断です。アンジェリン様は黙っていれば宝飾店にサンプルとして飾れる程の美女ですが、実情は腐った牛乳ですからね。我が主と結婚するくらいなら十字架に磔刑喰らった方が天国ですよ」
「貴方みたいに切れ味抜群の罵倒が出来ればもっと話をスムーズにできたかもね」
エヴァの口撃って戦車級の威力があるわよね、貴方好きだけど嫌い。
ともかく、私はバニラに幻滅してもらわなければならない。そのために協力してくれそうだし、早速始めましょう。
「お姉さま? スカートで自転車に乗るのは厳しいような」
「確かにそうね。じゃあこんな物」
早速スカートをビリっと破いてミニにする。破いた布は襷代わりに巻き付けておけばいいでしょう。袖も邪魔だし壊しちゃお。
あとはクロスバイクに跨れば、バニラも流石に幻滅するでしょ。こんなパンチの利いたシーンなんか見たら大抵の男は引いてくはず。
「なんて、美しい所作なんだ……!」
「ほわっつ?」
「体を縛った事により強調されるボディライン。肌の露出が広がった事で、磨き上げられた肉体美が映えている……まるで生きる美術品だ」
「分かります、その気持ち分かります! 私なんかが敗れた服を着てもただの浮浪者なのに、お姉さまが着ると女神のような力強さを感じるんです!」
「あ、あはは……ありがと……」
あるぇー? なんで幻滅しないの、どうしてこんな漢くさい動作に惚れるのー?
レミリアとは変な方向で意気投合しちゃってるし、思惑が違ったわ……。
「それだけ君が魅力的という事なんだろう。さぁ! そのすらりとした足で僕を踏んでくれ!」
復活したエドワードは体をねじり切って現代アートにしとくとして、次の作戦よ。
バニラはエヴァに任せて、朝みたいに私がドラフティングで先頭を走る。全身をいからせてダンシングすれば、その猛々しさに幻滅してくれるはず。
「自転車って言うんですか? 馬とも違う乗り心地ですね、僕みたいな弱い男でも乗れるんでしょうか」
「ええ勿論。自転車はフレームが体を支えてくれますから、マラソンよりも楽に走る事が出来るのです。体力の消費も5分の1だとか」
「へぇ、エヴァさんって物知りなんですね」
ってこるぁあエヴァ! 何ほのぼのトークしてんの、私の姿見せないと作戦失敗すんでしょうが! ……目が恋する乙女モードになってるし、ダメだこりゃ。
「ああお姉さま、虎のように雄々しいダンシング、素敵すぎます……」
レミリアも私ばっかり見ているし、どうしてこんなに作戦がズレまくってんのよもぉ。
「計画と言うのは大抵上手く行かない物だよ。目的があるのならば、焦らずじっくり構えるべきだ。そう! 全身を縄で縛り上げていくかのようにじっくりと!」
追走してきたエドワードは蹴って事故らせとくとして、次の手を考えないと。
「うわっ! あ、暴れ馬だー!」
「って悲鳴?」
顔を上げるなり、我を失った馬が暴れている所を見つけた。どうやら荷馬車を引いていた馬がパニックを起こしているみたい。
進路上には……お婆さんと子供の二人が。
「間に合え!」
クロスバイクをかっ飛ばして距離を詰め、サドルを足場にジャンプする。二人の前に躍り出たら、暴れ馬を真正面から受け止めた!
「失せろ」
睨みつけて馬を大人しくさせる。全く、危ない所だったじゃない。
「二人とも、怪我はない?」
「ええ……助かりました、貴方はもしかして、アンジェリン様ですか?」
「ありがとうアンジェリン様。馬を止めちゃうなんて、覇王みたいでかっこよかった」
「ふふっ、どうも。……覇王……」
あはは……死にたくなってきた。女として言われたくない肩書だわ。
ともあれ、馬が暴れたせいで荷物がばらけてるわね。拾うの大変そうだし、手伝ってあげよう。
「およしくださいアンジェリン様、ここは我々がやりますから……!」
「ノブレス・オブリージュよ。少しやらせて頂戴」
って事でばらけたリンゴの樽を拾い上げる。持った感じ50キロって所かしら、ウォームアップ用のダンベルより軽いわね、これなら片手で持てそう。
樽の持ち主は二人掛かりでやっと持ち上げてるけど、男なのにどうしてこんなの持てないのかしら。情けない事。
両手でひょいひょいと樽を荷台に運んで、あっという間に事後処理終了。結局私一人で全部やっちゃった。
そしたら周囲から拍手が起こった。
「凄い、アンジェリン様カッコいい!」
「美しいのに力持ち……まるで金剛力士だわ!」
「最高だよアンジェリン様、よっ、我々を守る金剛力士!」
「やめて、金剛力士言われるのだけは絶対嫌!」
ってかどうして金剛力士なんて知ってるのよ! ……そーいや前、美術の時間に金剛力士像作って品評会に出したんだっけ。しかもそれが賞とって……私のせいじゃんたははのはー……。
「どうしようアンジェリン、僕、もっと君を好きになってしまったよ……馬を止める凛々しい姿、迷いなく弱きを助ける姿勢。君はまさに、現人女神だ!」
「分かっていますねバニラ様! お姉さまは美しく、逞しく、そして麗しい戦乙女なのです! この世に美と強さを兼ね備えた女性は、アンジェリンお姉さま以外ありえません!」
「そうだねレミリア、その通りだね! アンジェリンはまさに地上へ舞い降りた天使だ!」
うげー……余計面倒な事になっちゃった……。
なんで? 私嫌われようと思って行動してるのに、どうしてこんな好感度がもりもり上がってんの? レミリアと悪い方向に盛り上がっちゃって、これじゃバニラが不幸になっちゃうじゃないの。
「ならば僕が彼の身代わりとなろう! さぁ、思う存分僕に酷い事をしたまえ!」
エドワードは下水道に叩き込んでおくとして、このままじゃまずいわね……。
「エヴァ、彼を屋敷に連れていくわよ。悪役令嬢のプライドに賭けて、絶対バニラの好感度をどん底まで落としてやるんだから!」
「努力する方向が奇想天外すぎて困惑してしまいますが、心から協力させて頂きます」
※1:MBC SLR01マイヨジョーヌ・イエローとは、2011年のツール・ド・フランスで優勝した選手が使っていたカスタムモデル。
彼の優勝記念として、レプリカモデルがゼッケン番号にちなみ141台だけ生産され、その内7台が日本に輸入された。
某ロードレース漫画の主人公が乗る自転車のモデルとなっているので知名度は高いはず。
販売価格126万円。




