少年は大航海へ旅立たない-4.9-
頬を赤く腫らした少年と、浜辺に向けてあっかんベーをしている少女が1艘の船に乗っていた。
「流石にここまではマネージャーも来れないでしょうね。泳いできても、船の方が速いし」
カナエは両拳を腰に当てて仁王立ちをする。鼻息を荒くして、満足気なご様子だ。
タクヤは櫂を漕いで船を沖へと進める。
「何でマネージャーから逃げる必要があるのさ?」
タクヤが疑問を口にすると、カナエはタクヤの方を一瞬振り返り、また船の後方に目線を戻した。
「私が何で逃げてるかなんて、あんたに関係ないでしょ?」
カナエの不遜な態度に、タクヤはムッとした。
「ここまで助けてあげたじゃないか。カナエさんには、僕に説明する義務があると思うけど。」
タクヤがカナエの背中を睨んでいると、カナエがタクヤの方に向き直った。
そして、軽くため息をついた。
「はぁ......別に逃げてる訳でもないのよ......これは何というのかしら。私は普通のことをしているだけなのに、向こうが勝手に私を縛ろうとしてくるのよ。」
「ステージ衣装を着て、僕の船に乗り込むのがカナエさんのいう普通なの?」
タクヤがそう尋ねると、カナエは意外そうな顔をした。
「あら、顔の割りに厳しいことを言うのね。」
「顔の割りは余計だよ......それにどこをどう見てもカナエさんは逃げてるよ。逃げてなきゃ、あんな爆速のバイクでマネージャーから追いかけられたりもしないし、この船にも乗り込んでなかったろ?」
タクヤが呆れた様にカナエに言い放つと、カナエはまじまじとタクヤの顔を見つめる。
タクヤは気恥ずかしくなって、顔を伏せた。
「なんだよ。そんなに見るなよ。」
「いや、あんたって出会った時から思っていたけど、全然私に緊張したりしないのね。大抵の男子は私と喋るのに、ひどく興奮しているものだけど.....」
「......僕はミナミちゃん一筋だからね......それに出会い方がこうでなければ、僕だってもっと緊張してるとは思うけど。」
間近に見ている彼女はテレビで見ていた彼女と違って、ヒステリックに怒ってばかりいる。今、見ている彼女が、アキシロ カナエ本来の姿であることは、疑いようがないとタクヤは思った。
ふーん とカナエは呟く。そして、あっ と声を上げた。
「あれ、あんたってもしかして私のファンだった?」
タクヤは首を横に振る。
「いや、そんなことはなかったよ。というか話の流れ的にそれはないの分かるでしょ?」
カナエは頭の後ろに手を当てて擦っている。
「いやぁ、ファンの子に素の自分を見せちゃって幻滅させてたら、悪い事したなぁと思って。.......まあ、そうじゃないなら別にいいや」
「......まあ、ちゃんと幻滅はさせてもらったけどね......。」
タクヤがそう言うと、カナエは少し眉を歪ませた。
「女の子なんて、素は皆こんなもんよ。きっとあんたの好きなミナミちゃんだって、裏では結構エグイこと言ってたりするわよ」
タクヤはミナミちゃんのことを知りもしないのに、勝手なことを言うカナエに嫌悪感を覚えた。
「ミナミちゃんはそういうの僕に隠したりしないから。.....カナエさんみたいに外面だけ良くしている様な人とは違うよ。勝手なこと言わないでよ。」
「アイドルなんだから、外面良くしなくてどうするのよ。こっちは厚い皮を顔に張り付けて、皆が期待する様に振舞ってやってるんでしょ?」
両者睨みあう。船の上の雰囲気はあまりいいとは言えないようだ。
少年は大航海へ旅立たない-4.9- 終