君に好きだと言いたくて
「ルナ聞いて欲しい事があるんだ!!俺君の事が……」
「キャー誰か泥棒よ捕まえて!!!」
ルナとアルスの前を鞄を持った男が駆け抜けて行く。
少し離れた所から初老の女性が、道に座り込んで叫び声を上げていた。
アルスは溜め息を吐くとルナに待ってってと告げて、そのまま男を追いかけた。
勿論捕まえた、アルスは街一番と言って良いほど足が早い。
ついでにこれでもかと八つ当たりも込めて引っ叩いておいた。
アルスはぱっと身優男だが……中身も優男だ叩いてもそれ程の攻撃力は無い。
結局泥棒を捕まえて警備の騎士に引渡し、ルナの元へ戻ったが話しの続きは言えなかった。
「もう、神様に嫌われているとしか思えない……」
「通算何回目だ?」
「12回目だよ……」
飲み屋のカウンターで果物売りを営む友人のギルと、自棄酒を飲むのやはり12回目だ。
アルスは疫病神にでも憑かれているのか、それか恋の女神に余程嫌われているのか、幼馴染のルナに告白しようとする度に何事か事件に見舞われ、未だ好きのすの字も言わせてもらえないでいた。
意を決し今日こそはと思った時に出鼻をくじかれると、人間どうにもその後頑張る気になれないのが哀しい所だ。
「この間なんかたまたま赤い服着てたら、牛が突撃してきたんだよ?有り得る!?そんな事」
牛の激突の他にも、急な豪雨、迷子の子供に親と間違われるなんてものもあった。
普通に生活していてもそうそうお目にかから無い事が、ルナに告白しようとする度に起こるのだから、もう人外の何かに妨害を受けているとしか思えない。
「そこまで酷いならもう縁が無いんだよ、諦めたらどうだ?世の中女はルナだけじゃないんだし」
「俺にはルナだけだ!」
他人事だと思ってヘラヘラ言うギルを、アルスは鋭いまなざしで睨んだ。
12回も自棄酒につき合わされると友人の睨みにも慣れたもので、ギルは『はいはい、ごちそうさま』とだけ言うと軽く受け流した。
「ならいっそデートでも誘って告くれば良いんじゃないか?流石のお前も一日中邪魔されるって事は無いだろう」
呆れたようなギルの言葉では有ったが、アルスは目から鱗が落ちたような思いだった。
「その手が有ったか!!明日早速誘いに行ってみる!!酒臭いと不味いからこれで帰るわ」
友人の思わぬ提案にさっきまでテーブルに伏していたアルスは、さっさと立ち上がると自分の分だけ払って帰ってしまった。
現金なものだと苦笑いしたギルだったが、不意に本当に一日中邪魔が入ったらと考えて残った酒を一気に煽った。
気付かなかった事にしよう、そう自分に言い聞かせてギルは会計を済ませて家に帰った。
翌日アルスは早速ルナを週末デートに誘ってみた。
告白と同じく何らかの妨害がおきたらどうしようと思って身構えていたのだが、そんな事は起きる気配も無くあっさりとルナに承諾してもらえた。
有頂天になったアルスは、週末までの間暇が有ればデートプランを練って過ごした。
今まで12回も失敗しているのだ、一回や二回予定を立てた所で成功するとは思えない。
よって朝ルナを迎えに行く時から帰りの送る瞬間まで、隙あらば告白するつもりでアルスの予定は立てられていた。
そして当日、気持ちの良いくらいの秋晴れだった。
いや寧ろ夏かと言うくらい朝から暑かった……
普段良い事が無かったのに、急に良い事があると人間不安になるものだ。
アルスは雲ひとつ無い青空を見ていやな予感を感じていた。
そしてそれは残念な事に的中する事となる。
ルナを自宅へ迎えに行き、街に二人で出てきたまでは良かった。
しかし、取り合えずと喫茶店に入った途端激しいゲリラ豪雨に見まわれてしまったのだ。
前回のように、外に居なかっただけ良かったと思うべきだろうが、神様が本気を出してきたような雨に心がすさむ。
この後は近くの公園にでも散歩へ行こうと思っていたのに、雨が何時止むか分からないし公園の道もぬかるんでしまって散歩には適さないだろう。
丁度秋薔薇が見頃だと聞いていたので、そこの前で告白しようと思っていたのに大誤算である。
アルスは溜め息を吐きそうになったが、ふとこれはある意味チャンスでは無いかと気がついた。
ロマンチックな場面とは言いがたいが喫茶店でお茶を飲みながら、何気なく告白と言うのも悪くは無いのではないだろうか。
向かい側で木苺のタルトを突いているルナに向き合って背筋を伸ばす。
「ルナ、俺君に伝えたい事があるんだ……」
タルトを一切れ口に運びながら、ルナが小首を傾げる。
その可愛さに悶えそうになりながらも、アルスは意を決して叫ぶように告げた。
「俺!君の事がす…『ガシャーン』」
まるでタイミングを計るかのように、アルス達のテーブル傍で店員が金属製のお盆を落とした。
上に乗っていた水の入ったグラスは割れ、店員が謝りながらも必死に掃除をしている。
予想はしていたのだ、何かあるだろうと……
だから今日のアルスは一回で心折れる事は無かった。
店員の掃除が終わって、大変そうだったねと二人で話しながら、もう一度ルナを見る。
「さっきの話だけど、俺、君の事がす……『ドンガラガシャーン』」
ルナの背後に縦に一直線に、紫色の稲妻が見えた。
ロマンチックどころでは無い、どちらかといえばホラーだ。
アルスはそのうち外からゾンビとか来て皆逃げ出したりするんじゃないかな、なんて現実逃避してみた。
何だかここまで来ると自分がここでもう一度ルナに告白したら、本当にゾンビが出てきてパニックになる気までしてきた。
そんな非現実的な事までありえると思ってしまうほど、アルスはある意味追い詰められていた。
ルナは不思議そうな顔で『どうしたの?』と聞いてくるが、もうアルスには何でも無いとしか言えなかった。
暫くするとさっきまでの豪雨が嘘のように止み、雲の切れ間から日差しが差し込んできた。
公園は諦めて変わりに二人は街に買い物に向かう事にした。
二人で街中を歩きながら、ショーウィンドウに飾られた服や小物を眺めた。
ルナはさすが女の子と言った感じで、右へ左へ商品を眺めて回っては、あれが可愛いこれが素敵と頬を染めていた。
何件か店に入ったものの、見るのが楽しいと何を買うでもない。
これが他の誰かだったなら、無駄な事をしていると思うのだろうが、相手がルナだとそんな様子を眺めるだけで自分も楽しくなるのだから、やはり自分はルナが好きなのだと再確認した。
しかし、あの雷の後からアルスは再度告白する事ができずにいた。
自分が告白すると何かの妨害が起こる。
もうこれはアルスの中で決定事項になってしまっていた。
出来るものならルナに告白したい、しかし告白してまた何かが起こったら……
目の前の楽しそうにショッピングをするルナを見ていると、この時間を台無しにしてしまう事はアルスには出来なかった。
不意に自身の横にあったショーウィンドウに可愛らしいリボンの髪飾りを見つけアルスは足を止めた。
紫色のそれは、ルナの淡いブラウンの髪に似合いそうだと思って、アルスはルナに店の前で待って貰ってからそれを購入して戻った。
ルナの髪にそれを留めると、やはり思った通りルナに良く似合っていた。
「それ、今日の記念にプレゼント」
言っていて自分で恥ずかしくなり、ちょっと横を向いて伝えると、ルナも少しはにかんで『ありがとう』と笑った。
それを見たアルスは、やはりこの時間を壊すようなまねをしなくて良かったと心から感じた。
告白以外なら何も起きない事は、このあたりで薄々気がついていた。
そう、ルナに告白しようとするから何かが起こるのだ。
しかし告白しなければルナとはいつまでたっても友達のままだ。
そんなジレンマを抱えていたら、少し離れた所から鐘の音が聞こえた。
「結婚式だ!ねえ、アルス少しだけ見てこない?」
「勿論、良いよ」
ルナが目を輝かせながら尋ねてくるので、アルスは二つ返事で了承した。
教会はこの街には一つしか無いのですぐに分かる。
二人が着いた時には、丁度新郎新婦が教会の扉から出てきて、友人達からのフラワーシャワーを受けている所だった。
「花嫁さん綺麗、良いな……」
少し離れた所から二人でその様子を見ていたら、ルナが夢見心地で呟いた。
女の子は花嫁さんに憧れると良く言うが、ルナも例外では無いらしい。
アルスも新郎新婦を黙って見詰めていた。
幸せそうに微笑みあう姿が、本当に羨ましくて。
「良いな……俺もルナと結婚したい……」
何も考えずただその姿を眺めていたから、アルスは自分でも心の声を呟いてい居る事に気づいていなかった。
そしてまさかそれに予想外の返事か返ってくるとも、思ってもみなかった。
「良いよ」
あまりにあっさり言われたので、本当に自分の耳が聞き取ったのか、願望から来る幻聴なのかアルスには分からなかった。
ひたすら鳩が豆鉄砲を食らったような顔で、ルナを凝視する。
その顔が面白かったのか、ルナはクスクスとアルスを見て笑っていた。
「今、なんて言った?」
「だから、良いよって言ったの」
もう一度聞きなおして、同じ言葉を貰ってもまだそれが現実だと理解できず、アルスは暫く呆然と立ち尽くしていた。
そんな姿も面白いのか、ルナは尚も笑い続けていたが、やっとその笑いを収めるといたずらっ子のような笑みを浮かべたまま。
「勿論、ちゃんとお付き合いしてからだけどね」
と釘を刺してきた。
アルスは今までとは違う意味でもう言葉が出なくて、首をぶんぶん縦に振ってそれに答えるのが精一杯だった。
その後も二人で街中を歩いたり、次のデートの約束をしたりして、アルスは今日までの苦労が一気に報われたような、幸せいっぱいの気分でその日を終えた。
結局その日から付き合い始めた二人だったが、アルスには懸念事項があった。
ルナに好きと結局言えなかった事だ……
どんなに思いあっていても、一度も好きだと言えなければ愛想をつかされてしまうかもしれない。
アルスは物凄く不安だったが、次のデートの時に意を決して好きだと伝えてみた。
すると以外にもあっさり言えてしまったのだ。
本当に不思議な事だが、今までが嘘のように、付き合い始めてからはアルスがいつルナに愛を囁こうと妨害が起こる事は無くなった。
だからあれは告白するまでの事だったのだと思い、安心してアルスは幸せを謳歌していた。
油断していた、とも言う……
「……ルナ」
アルスはルナの頬に手を添えると、そっと顔を近づけた。
ルナもゆっくり瞳を閉じて、アルスを受け入れる。
二人の距離が近づいて、その唇が今にも触れそうなまでに近づく……
「わー、どいてどいて!!」
ドドドドドッーーー!!
今まで居なかったはずの子供達が、アルスとルナを突き飛ばす勢いで公園の中を走り抜けて行った。
二人とも何とも微妙な表情を浮かべ気まずそうに視線を逸らす。
こちらは通産8回目、今度はアルスがルナにキスしようとすると邪魔が入るようになってしまったのだ。
三度目あたりの時、一度は諦めようかとも思った。
いい雰囲気だったのに邪魔されると、何ともいえない空気になる。
しかし、アルスも結局諦めきれないものがあり、今に至っているのだがやはり止めておけば良かったかもしれない。
ここまで来ると本当に辛い。
健全な男子の欲望よりも、精神的苦痛が勝り今度こそ諦めてしまおうと思ったそんな時、自暴になったアルスの唇を、柔らかな何かが掠めていった。
急なそれに目を見開いて硬直すると、目の前のルナが真っ赤な顔で俯いている。
何が起きたのかやっと分かって、今度はアルスの顔にも熱が溜まった。
恐る恐るもう一度ルナの頬に手を伸ばす。
アルスは俯いていたルナの顔をそっと上げさせた。
真っ赤な顔で瞳を潤ませるルナを見詰めながら、そっと唇を触れ合わせてみた。
今度は何も妨害は起きなかった。
唇が離れた後、二人は真っ赤な顔をしながら微笑み会った。
ルナが行動を起こした後ならば、どうやら何も起こらないらしい。
自分が彼女をリードしてあげられないのは、男として何とも情けない話だ。
けれど、そんな情けないアルスを見捨てず、自分から行動を起こしてでも寄り添ってくれるルナが居てくれるから、この先どんな妨害が起きてもきっと二人で幸せになれるとアルスは思った。