そして伝説の彼方へ 4
トンネルを出てみたら大雪だったり、目が覚めたら昆虫になっていたり、場面転換とともに人生には何らかの転機が訪れるのが通説だ。
魔法陣に意識を飲み込まれたオレは冥府の只中に居た。
なるほど、天界があり神が実在するこの世界だ。
地獄や冥界に相当する場があっても不思議は無い。
「えーと。」
左前の白装束、額には三角の鉢巻。
目の前には地獄絵巻が広がっていた。
「鬼のパンツは虎じま、だっちゃ?」
金棒を持った赤鬼と青鬼が行く手に待ち構えている。
「何というか。…随分古典だな。」
水音に背後を振り返れば、さほど広くもない川が流れている。
三文銭は持っていなかったが既に渡り済みだったか。
そもそも転生を言い渡してきたのも閻魔様だったし。
あれ?もしかして元の世界に戻ってきたのか?
後ろの川を渡れば。
「まさかの夢オチ?」
「ねぇよ。」
不意に声をかけられて地獄を再び振り向けば、懐かし、くはないが馴染みのあった光景はすっかり消え失せて、代わりに荒涼とした砂漠が広がっていた。
そして。
風貌で言えば、緑騎士団の団長の方がよほど『らしい』姿だろう。
見事なヤンキー座りで眉間に深いシワを作り下からオレを睨みつけている。
世に楽しみは何一つ無い、そんな不機嫌な声色で。
でもオレはこの人の屈託無い笑顔を知っている。
「しまった。最後のドラゴンステーキ、カティが食べたんだった。」
「ああん?」
ただでさえも鋭い眼光が更にギラリと光った。
お、目を見開くと昔の美少年の面影が、えーと。無いな。どう見ても柄の悪いおっさんでしかない。
時は無慈悲だ。
「勇者さん、ですよね?いった!いきなり殴らないで下さい!」
「うるせえ。魔族に勇者呼ばわりされたくねぇ。」
「じゃあ、えーと。月神さん?いでででで!」
「殴ってねえぞ?」
「こめかみぐりぐりもやめて下さい!」
「柔い奴だな。何故分かった?」
「声ですよ。加護くれましたよね?こめかみなんて鍛えようがあるんですか?」
「しらね。」
ぷい、とオレの肩にもたれかかったままそっぽを向く。
異形の人間。
多様な種族がいるこの世界でも、彼の姿は稀なのだと今では解る。
漆黒の魔族と対をなして存在するかの如く。
虚空にポカリと浮かぶ月を名乗るそのヒトは。
「白い。」
思わず口に出た。
「ああ?」
案の定、喧嘩上等な相槌が来る。
「あ、すみません。見事な白髪ですね。」
ただ白いだけではなく、薄っすら発光までしている。
「テメエ、生まれたてだろうが。何故俺が、」
「オレが?」
「俺が、………………勇者だって知ってやがるんだ?」
葛藤が長くてオレも貰い赤面しそうだよ!
自分で勇者と名乗りを上げた月神様は相変わらずそっぽを向いたままだ。
「コレですよ。閻魔様がおまけにくれたんです。」
エルフ姿のカティとまだ年若い勇者がドラゴンと闘っている表紙の奴だ。
キラキラの瞳で剣を構えている人が、今はやさぐれ感半端ない。
「…これ、読んだのか?」
「まあ、一応は目を通しましたが。」
土地勘も世界観もないまま仕様書を読んでも正直よく分からなかった。
今なら少しは理解出来るのだろうか?
「あ、魔法の所は読み込みましたよ。魔力が少ないから役には立ちませんでしたが。」
「これは、エルフの古老クラスの知識だぞ?」
「…凄いんですか?それって。」
「…エルフどもに会っているんだったな。アレでも凄えんだよ。」
ものすごく不本意な顔付きで肯定する。
「はあ。」
納得はいかないが、異を唱えても仕方ないので頷いておく。
「えーと。大変失礼ですが御尊名を伺ってもよろしいでしょうか?」
「やだ。」
即答かよ。
「じゃ、勇者さんいだだだだ!だって月神様と呼んでも怒るじゃないですか!」
「名前なんてどうでもいいだろ。ここには俺とテメエしか居ねえんだ。」
「それだ。ここ、どこですか?」
「…………俺んちだ。」
砂漠しかありませんが。
この人、完全にコミュ障だよな。
「えーと。…御招きにあずかりまして?恐縮です。」
「くっそ魔王が送り込んできやがった。」
「カティのせいかー。」
あの人、ほんとろくなことしないな。
「結局、オレはどうなったんです?」
「生身の奴がここに来れるわけねーだろ。」
「薄々そんな気はしていましたよ、畜生め。ここは冥府という奴ですか。」
「針山とか血の池とか妙なモンを作るんじゃねーぞ。」
「いや、別にオレが作った訳では、…作れるのかな?」
「やるな!」
「痛いですって。じゃ、オレは何をすればいいんですか?」
このだだっ広い砂漠の砂掃除とかなら嫌だな、と思った途端に手に箒と塵取りが現れた。
そして即座に勇者に蹴りを入れられた。
「不可抗力ですよ!」
「うっせえ。いつまでも居座るんじゃねえよ。早く消えろ。」
「また転生ですか?多くは望みませんが容姿端麗頭脳明晰家柄金運女運のいい感じにお願いします。」
「シネ。」
死んだらここに戻って来ちゃうんじゃないかなぁ。ははは。
「ここは託児所じゃねえんだよ。魔族ならとっとと魔王のところへ戻れ。」
声音は不機嫌なまま、手が伸びてくる。
また、ど突かれるのかと身構えたが何故だか優しく頭を撫でて。
油断したら、砂にぐいと押し付けられ埋め込まれた。
く、苦しい!




