先立つもの 4
ギルドの扉をくぐった途端に珍獣扱いでハントされました。
「レアキャラ!ゲットだぜっ!」
どちらのサトシさんでしょうか。
「ギルド内での揉め事は出禁ですよー。」
受付に座っていたお姉さんが一応という感じで注意してくれた。
「揉めてないぞ。お前、ここに用事あったんだろ?出禁、困るよな?な?」
くっそー。
足元を見やがって。
あ、いかん。くらくらしてきた。
オレの襟首を持って吊るしている太い腕をバンバン叩いてやる。
「お?わー、大丈夫か?」
「ぷはっ。死ぬわっ。」
「悪りい悪りい。」
全く悪びれた素ぶりのない相手を見上げる。
日本人男性の平均身長はあるオレを猫掴みにして吊るすなんてどんな大男だと見てみれば軽く二メートルは超えていそうなガタイの良いにいさんだった。
この世界の男は大体オレより一回りはでかいのだが、こいつは中でもずば抜けてでかい。
がちむちマッチョでにっと口角が上がった口元。
顔からこけたらさぞ痛そうなすっきり高い鼻。
いたずらっぽく輝くトパーズ色の瞳。
俗に言うイケメンだ。
「あー、悪りい。そういうつもりで声かけたわけじゃないんだ。」
ぽかんと口を半開きにして見つめていたのを真顔で断られた。
は?
はあ?
別に一目惚れてもいねえし、その上に速攻振られたらしい。
ギルド内に生暖かい空気が流れている。
「ばっ、ばかたれ。ちげえわ。耳だよ、耳。耳が…。」
い、ぬ、み、み。
犬耳です。
兄貴の蘊蓄がうざい。
タイプは側頭部垂れ耳生えで、人間の耳の位置には揉みげが生えでいます。
尻尾?
確認しました。生えてますなあ。フッサフッサです。
がたいに似合わず落ち着きなくぶんぶん振ってます。
これ、知ってる奴だ。
ゴールデンレトリバー。
しかも躾けられていないアホな子バージョン。
「もしかして、獣人に会うの始めてなのか?耳、触ってもいいぞ?」
思わず肉球が無いか手を取って確かめていたら可哀想な感じで言われ、しゃがまれた。
げせぬが、遠慮なくなでくりまわし引っ張ってわしわししてみた。
はー、堪能。
よく猫派犬派などというが、オレは両方愛している。アメショとアフガンまじ最高。
村では山に捨てられた高級ペットがタマだのポチだのと呼ばれてごろごろしていたんだよ。
「あなた達、入り口で邪魔よー。それ以上は上に部屋をとって頂戴な。」
「うっうっ。お婿に行けない身体にされてしまった。」
受付嬢と獣人さんが見事な連携だ。
「そういう訳で、責任取って貰おうか。」
「ふざけん、」
「お前さ、…魔族だろう。」
獣人が耳元で低く囁いた。
オレの所持金は三千円である。
早急に仕事にありつかなければ路頭に迷うことになる。
餌付けたわけでもないのにぴったりくっついてくる犬男を従えたまま、受付カウンターに行きギルド登録と説明を所望する。
『トール 二十七歳 人間 男性 水魔法習得』
鑑定オーブなんてものは無く、自己申告だったのでこれで登録してもらう。
『トオル・ヤマダ 生後一ヶ月 魔族 男性 水・火・風魔法習得 ラウラ神の加護持ち』
正確にはこう申告するべきなのだろうが大仰な割に、結局はオレであることに変わりがない。
「水魔法使いですか。」
どうも魔法は習得が難しいらしく、魔法使いは前の世界でいうなら医者や弁護士ぐらいの立場らしい。オレの場合は三つ使えるから、更にパイロットの資格まで持っている感じか。
「ええ。出でよ、うおーたーどらごんっ!」
指先からしゃわしゃわと水が出る。
「…床、拭いて下さいねー。」
お姉さんの眼差しが冷ややかだ。
「はい、すんません。」
手近のもふもふで拭いておく。
「何すんだ!」
「あ、ごめんなー。モップかと思ったわ。」
「はあん?俺様の尻尾をモップだと?」
「じゃれるのは他所でやってねー。はい、ギルドタグです。登録料二千円。」
「まかりませんか?」
「びた一文もまかりません。」
うう、切ない。
ギルドの説明はちょっとでもファンタジー系のコンテンツを知っていればああアレかとデジャヴするありがちなものだった。
曰く、クエストを達成するとランクが上がる。
曰く、ランクに応じたクエストしか請け負えない。
曰く、クエストは成功すれば報酬が、失敗すると違約金がかかる。
「違約金がかかるんですか。」
「低レベクエだとかかる事が多いわねー。子守や草むしりの途中でめんどくさいからって辞めちゃう奴がたまにいるのよー。」
「なるほど。」
「逆に高レベクエだと違約金免除のクエストが多いわねー。パーティ全滅の上に遺族が違約金の清算なんて笑えないもの。」
「な、なるほど。」
そんな恐ろしいクエストもあるのか。
「シルバータグ以上になれば強制クエストがあるかわりに色々特典もつくから頑張って下さいねー。宿泊も無料ですよー。」
「おお!」
「木タグさんは一週間千円です。泊まりますか?」
「うぐぐ。」
安い。安いけど今のオレには高い!
全財産だぜ。
あ、そうだ。
「買い取りってやってます?」
「え?ええまあ。あちらのカウンターにどうぞー。」
手ぶらなオレを訝しみながら、奥のカウンターを案内してくれた。
「これ、買い取りして貰えますか?」
じゃーん。
オレが懐から出したのはあの光る葉っぱである。
モノクルを嵌めたいかにも鑑定士っぽいじいさんがうん?と首を傾げた。
「これはまた珍しいモノを…。」
やった!
珍しいを頂戴しました。
じゃかじゃんっ。一千万えーん。
コールをわくわくして待つ。
じいさんはカウンターの下から何やら分厚い本を取り出してペラペラとめくる。
「ふむ、ああ、やはり。」
「エリクサーの材料ですか?!」
「いや?」
じいさんが本の表紙を見せてくれた。
『世界食材辞典 野草編』
山菜図鑑と大差なかった…。
「おひたしで美味いんでしょうか?」
「さあ?その記述はないが。これは発酵葉だ。」
「?」
「発酵、葉だ。どんな食材でも発酵させる、美食界では幻といわれている葉だ。」
もしかして。
もーしーかーしーてー。
醤油?味噌?日本酒、キター!!!
「幻だが高くはない。一枚一万円がせいぜいだな。」
まあ、そうでしょうね。
いくら幻とはいえ菌ですから。
でもだがしかし。
「で、どうするかね?」
「ありがとうございました。売りません。自分で消費します。」
醤油ですよ?幻の調味料の素ですよ?
一万円なんかの端た金では絶対に売りませんから。
「おひたしかい?腹を壊さんようにな。」
「くいもん?俺様にも食わせろ!」
おっと。犬男、まだ居たのか。
背後から素早く手が伸び、ぱくりんこ。
は?
葉っぱ八十七枚になりました。