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伝説のコッペパン 5

 手に汗をかき滑るビニールを必死に握りしめる。

 くしゃくしゃに歪む結界から時折足がはみ出しそうになり、短足に産んでくれた母に感謝する。

「具体的にはどう助ければ良いのかしら?」

 オレの状況、見てますよね?

 この有様で論理的な思考が出来るとでも思っているのでしょうか?

「なんでもいいがらだずげで…。」

 涙と鼻水となんだったら失禁もしているかもしれない。

 笑う奴はここに来て代われ。

 熊の比じゃないからな?

 赤竜の時は腕に抱いたカティが居たが今は守らなければならない存在もいない。

「だずげでぐだざいー。」

「そうしてやりたいのは山々なのですが…。」

「わたくし達もただの分身体ですのよ。」

「困りましたわね。あら?」

 のんびりとした物言いの女神様ごとついに宙空へ放り出される。

 ブルーシートが夜風に乗ってふうわりと漂い。

 オレは放物線を描きながらあんぐりと大口を開けて待ち構えている魔獣の元へ。

「とおっ!」

 勇ましい掛け声と共に横蹴りをされて放物線軌道から外れる。

「とととととーるぅ、だ、大丈夫!おおお俺様がまままま守ってやるからな!」

 べしゃりと顔面から着地して悶絶しているオレを背に庇いガタガタ震えながら抜剣しているのはシグだった。

 尻尾は股をぐるりとくぐり、耳は頭に張り付いてその存在が確認出来ない有様で。

 だんっ、とティラノ型魔獣がこちらに向き直ったとたん、シグの足元にじょわりと水溜りが出来た。

「め、女神様!武器を下さいっ!」

 腰が抜けてストンと座り込んだシグに顔面の痛みを忘れて叫ぶ。

 にまあと笑った魔獣が再びあんぐり口を開く。


 ところで。

 オレは自衛官でも警察官でも無かった。

 裏稼業従事者でもなく、至って普通のサラリーマンとして過ごして来た。

 従って。

 オレが咄嗟に脳裏に思い浮かべた武器は、剣でも槍でも無く。

 拳銃などの銃火器でもなく。

 子ども探偵が容赦なく発射する、アレだった。

「おっちゃん、…これ、死ぬよな?普通。」

 象よりでかい魔獣にも即効の麻酔針でした。

「何々?ソレ。腕時け、」

「なんでもありません。」

 目敏く手元を覗き込んできたカティからさりげなく隠し、収納する。

「それより、こいつ寝ているだけなんでトドメを刺して下さい。」

「か弱い乙女に殺生させるのー?酷いわねっ。」

「どこがか弱いんですか?」

「あたしだけ手を汚すの?」

「オレはシグを洗うんで。代わりますか?」

 まだ放心状態のシグを指さしたらサクッとティラノの心臓部に剣を突き刺さしやがりました。

 魔獣が塵と消えてそこそこ大きな魔石と鋭い鉤爪が二つドロップする。

 それを横目に見ながらオレはサーラ神に頼んで風呂の用意だ。

 シグにかこつけて一緒にひとっ風呂浴び、洗濯済みの服に着替える。

 いや、冷や汗で濡れただけでオレはちびって無いからな?

 まだ股に巻き込んだままのシグの尻尾は頑なに巻いたままなので仕方なくオレのトレーナーをだぶりと被せてみせると、いつのまにか戻ってきていたヒルダさんの鼻息が荒くなった。

 シグたんがめろめろに可愛いのは同感だが、怯えるからやめてやれ。

 ぎゅうとシグがしがみついて可愛さのあまり鼻血が出そうだ。

「ところで、さっきからどすどすと不穏な地鳴りがしているのですが?」

「え?ま、まさか。」

 さあーっと蒼ざめたヒルダさんが宙に逃げようとするのをガシッと捕獲する。

「逃げる前に魔方陣描いて下さいっ!」

「ま、ま、魔方陣っ?え、今?」

「今っ!じゃないとご飯抜き!」

 薄情にもカティはルキさん抱っこでさっさと避難済み。

 オレはヒルダさんが半べそで描き始めた魔方陣にシグを下ろし、女神様への願い事を唱える。

「フローラ様、一キロ外周に濠を掘って下さい。ブルトーザーとか要らないんで、魔法でお願いします。それから内側に生垣で防壁を作って下さい。」

「畑作ってキャベツ育てるのでは駄目かしら?」

「それでどうやってティラノを止めるんですかっ。」

「あら、そういう事?」

 むしろどういう事だと思ったのか問い詰めたいが、今はそれどころじゃない。

 先の魔獣を倒し空白となった縄張りに、四方から新たな魔獣がどすどすとやって来る。

 間一髪で間に合った濠の向こうに足止めされた魔獣達が、お互いに気づいて咆哮を上げる。怪獣大戦だ。

 ありがたい。そのまま潰し合ってくれ。


 やがて夜明けを迎える頃。

 ふらふらになりつつも勝ち抜いた一匹がオレに目をつけニタリと嗤う。

 オレもニヤリと笑い返し、鼻面に麻酔針を撃ち込むと、存外可愛い丸っこい目がパチクリと一度だけ瞬き、どうと横倒しに倒れた。

 その心臓に、ざくりと剣を突き刺す。

 すぐさまサラサラと巨体は塵に還り、ごろんと魔石がドロップする。

 そして、もう一つ。

「もしかして、宝箱?」

 弁当箱ほどの大きさの箱が現れた。

 宝箱、と呼ぶにはやけに実用的な感じの箱でイマイチ確信がもてない。

 鑑定スキルで見つめてみる。

 おお、宝箱だ。

 しかしちっさいな。

 炎斬剣とかは間違いなく入っていない。

 中に入っているものは、と鑑定しかけて苦笑する。

 そんな事は開けてみれば分かる事で。

 むしろ開ける時に罠や呪いがかかっていないか鑑定すべきだな。

 再度鑑定、宝箱。

「トールっ!何が入ってるんだ?弁当か?肉か?パンか?」

「あ、待て!」

 止める間もなくシグがぱかりと開ける。

 …待てが出来るならアホ犬とは言わないか。せめて、お手ぐらい仕込むかな。

 幸いな事に罠などは無かったようで、シグが不満そうに中身を覗きこんでいる。

 オレも覗きこんで、首をかしげる。

「パンだ。」

「えーと。鑑定、伝説のコッペパン。味は普通。」

「もぐ、…不味い。」

 いきなり食べたな、シグよ。

 伝説の、というからには何か特別な効力があったりは、…『ごく普通の伝説のコッペパン』って意味がわからん。

「ヒルダさん、何かよく分からないものがドロップしたんですが鑑定して貰えますか?」

 半分シグが食べちゃったけど。

「ヒルダさん?と、カティも?」

 ヒルダさんが号泣していて、何故かカティも横で地団駄を踏んでいる。

「そ、そんなにパンが食いたかったのか?」

「そうではないと思いますよ?その、宝箱が。ボクでも聞いた事がある伝説の宝箱じゃないかな。」

 降臨したルキさんが白魚の手で弁当箱をひろいあげる。

「それが?」

「心澄みやかなる者、望みしは与えられん。ホゲの匣。」

 肝心のところがホゲですが。

「伝説では願いを唱えながら開くとなんでも願いが叶う匣だそうですよ?」

「…パンって言いながらシグが開けた。」

「パン…。」

「パン。」


 その後、半日カティから説教をされた上、炎斬剣を持たされてシグと二人で魔獣退治に特攻させられました。

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