エルフという輩 4
字面に著せばヒルダさんの雌叫びに等しいが、実際は更に騒々しく猛々しいものだった。
鳥。
そう思っていた生き物が隠れ場所もない岩壁にしがみつくオレに咆哮を上げながら舞い近づいて来る。
斜陽に照らされたその体躯はルビーの如く緋色に輝いている。
オレが可食かどうかを品定めするその瞳は縦虹彩の金色で、まるでシャイロックさんの目のようだーーー否、シャイロックさんら竜人が竜人と呼ばれる所以。
「ど、ど、ど、ど、ドラゴン!?」
森で熊に出くわしたら死んだふり、などと言うが、ロッククライミングで竜に出くわした時はどうすればいいのだろうか?
答え。
死にものぐるいで逃げる。
逃げられれば、だが。
先に登りきったシャイロックさんが竜めがけて岩を投げてくれる。
腹が減っているのか竜は一向に諦めず、鼻息がかかる距離まで幾度も迫る。
ヒルダさんやルキさんも小石を投げて来るが、こちらは容赦なくオレにも当たるので辛い。
「トールっ。右によけろ!」
切羽詰まったシグの声を頼りに指先がかろうじてかかる程の窪みにしがみつく。
ザクッと、それまでオレのいた岩壁がえぐれ崩れた。
赤い閃光が獲物に逃げられ怒りの咆哮を上げる。
何竜だか知らないが、絶対三倍早い奴だろ!
引き続きオレは風前の灯で、シャイロックさんの岩石落としだけが頼みの綱だ。
「がっ!」
頼まない方のヒルダさんだかルキさんだかの石つぶてが背中に直撃した。
オレには弾幕いらねーよ、なにやってんの!
背に引っかかった石つぶてが重い。
指が限界だ。
「何やってんの!さっさと手を離してっ。」
石つぶてが喋った。
「か、カティ?」
「飛翔魔法は出来るわねっ?あたしの魔力を使いなさいっ!」
『アギャアァァァっっ!!!』
ひぃぃぃっ!飛翔魔法?えっと、飛ぶ、魔法。
脳内兄貴がここぞとばかりに魔女っ娘達の飛び交うイメージを展開する。
箒もステッキもライフルもねぇよ!掃除機でもいい?意味わからん。
道具の要らない飛ぶ奴、ええっとー、
「トールっっ!」
「あ、」
カティがオレを掴んだまま岩壁を蹴る。
指が、宙を掻く。
自由落下のオレ達の上で再び竜が憤怒の咆哮。
ストレージからエリクサーを取り出しつつ、カティの魔力を奪う。
ここは風魔法か。
いつぞやシグと仲良く地面に激突したおぞましい記憶。
そういえばあの時もカティに落とされたな。
下から大地が、上から竜が迫り来る。
どうしようどうしようどうしたらいい?時間が足りない!「時よ、止まれ!」
アメイジング。
竜の顎門はすぐそこに、滴る涎が丁度オレに垂れたところで。
無意識に抱きしめていたらしいカティが腕の中で意外に可愛らしい顔をして驚いている。
竜の向こう、山頂では剣を抜いたシグもまた宙に飛び出し、ルキさんが翼を広げながらそんなシグに手を伸ばす。
シャイロックさんはヒルダさんを蹴り飛ばした姿で固まり、ヒルダさんは蹴り出されて此方へ落下している最中。
オレも宙空で硬直したまま、そんな彼らを眺めていた。
その間もカティから魔力が流れ込んで来る。
魔石とは比にならない濃厚で芳醇な、魔力。
恍惚と酩酊に溺れてしまいそうな。
駄目だ。
このまま魔力を奪い尽くせば再び時が動き、オレ達は竜に喰われる。
あるいは。
その前に、オレがオレでなくなる。
そ、そうだ。
飛翔術。
翼を生やすイメージで、トール行きますっ。
大丈夫、オレは多分ニュータイプ。
時よ、動け!
おーい、時間よ、動いて下さーい。
止まった時間の中で、どういう仕組みかカティの魔力とオレの思考だけが動いている。
そして。
その他は止まっている。
声が出ない。
この世界の魔法って、音声展開だったよね。
あとは魔方陣だっけか?
いずれにしろ、身体が動かないとどうにもならない。
え?もしかして、詰んだ?
魔王の魔力は一体どれだけあるんだろう。
紅色に染まっていた筈の世界が脳内で極彩色に蕩けてからどれくらいの時が過ぎたのか。
オレのささやかすぎる走馬燈は今世分も前世分もとっくに終わってエンドマークすら消えて久しい。
魔王がオレの中に満ち満ちて、爆ぜてしまいそうだ。
それとも、薄く薄く伸び広がり、どこまでもカティを包み込んでしまおうか。
そうだ。
腕の中のこのひとを守るためにも。
オレの中に取り込ンデ。
この美味イ魔力を。
誰ニも渡サヌ。
オレハ。
誰?
ダ
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.
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レ
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.
.
.
『っはー。まあ、ピンチなのは分かるけどさー。竜如きでいちいち時を止めないでくれないかなー。パン咥えた女の子ど衝突したいっていう願い事はアレだけど、こういう時こそ、神頼みって奴。わかる?か、み、だ、の、み。』




