異世界へようこそ 5
親切なおっちゃん、ダニエルさんがオレと大して歳の変わらないアラサーで、村一番の美人を嫁にして八人の子持ちでど貧乏な為、正月三が日が過ぎて早々に行商に出た、という奥さんの惚気八割込みの話を聞いているうちに村が見えてきた。
隣に街がある為に普段はそこそこ往来のある道なのだそうだが、誰も歩いていないのは、今が正月だったかららしい。
この国、グランダル王国では正月休みが暮れから合わせて十日あるそうで、明日ぐらいから奉公先へ戻る者達で賑わうという。
ダニエルさんが働き者で助かったよ。
ぽつぽつとメルヘンな家が建つ村の端にダニエルさんの家があった。
「とーちゃん?どうしたの?」
玄関先で遊んでいた子供達が団子になってダニエルさんへ飛びついた。
「イノシシを捕まえたんだ。ベン、グレッグに手伝いを、アンナはライナー先生に往診をお願いしてくれ。」
「とーちゃん、怪我したの?」
アンナちゃんが心配そうに聞く。
「大丈夫。とーちゃんではなくて、こっちのトールさんの脚を診てもらいたいんだ。」
なんと、ご親切に。
ライナー先生がちちんぷいと唱えたら怪我が回復、という事もなく、普通にズタボロの脚に薬を塗られて包帯を巻かれた。
回復魔法は神官ぐらいしか使えず、多額のお布施も必要らしい。
回復薬もあるにはあるが、これも高価なので平民では命に関わるような怪我や病でないと使う者は居ないとの事だった。
オレも文無しだしな。
治療とも言えない治療を受けているうちに、庭先に出したイノシシは着々と解体されている。
「ダニエル、この人うちで預かろうか?」
ライナー先生が申し出てくれた。
ダニエルさんも泊まって良いと言ってくれたが正直家族が多すぎて泊まれる場所などなさそうだったので助かる。
ダニエルさんも苦笑して頷いた。
「じゃあ、頼みます。トールさん、後で肉を届けるな。」
「ありがとうございます。」
毛布を手繰り寄せ、寝返りをうつ。
頭がズキズキと痛んでそれ以上の惰眠を阻止してきた。
「目が覚めたか。」
声がかかった方を見たらライナー先生が茶を飲んでいた。
カップを渡されて相伴にあずかる。
どうやらライナー先生の家にたどり着いた途端にほっとして寝込んでしまったらしい。
軽い脱水症状だったのか茶を飲んだら頭痛は治まった。
すると、俄然腹の虫が大合唱を始める。
「まあ、顔ぐらい洗っておいで。」
くつくつと笑ってライナー先生が指差す方へ行って用足しと洗面をする。
蛇口をひねると水が出た。
水道が普及しているのかと感心したが、後で聞いたら水獣石と魔具の高級な設備だった。
「あれ?足も治っている…。」
「ああ、それなんだが。」
少し気まずそうにライナー先生が切り出したのはダニエルさんが届けてくれた肉をそのまま街の肉屋に売り捌いて、回復薬を買って来て貰ったという事だった。
疲労からか傷の悪化が思ったより酷く、種族も魔族らしいということでライナー先生も診断に迷って、結局命あってのものだねだろうと薬を買うことにした、との事だった。
「すまんな、勝手をして。」
「いえ、助かりました。」
「代わりにと言っては何だが、怪我や症状が治っただけなので体力が戻るまではのんびりここにいるといい。」
そう言いながらドロドロの何かが盛られた皿を渡してきた。
「絶食が続いていたからな。まずはこれからだ。」
「頂きます。」
………。
食べ物に文句は言いません。
言いませんが。
苦行であった。
空腹は最大の調味料と言うらしいが、その空腹をもってしても不味いモノは不味い!
おっと、本音が。
ダニエルさんの弁当は美味かったのできっとこの病人食が不味いのだろう。
ライナー先生の料理スキルのせいでないことを祈ろう。
「いい食いっぷりだな。お代わりあるぞ?」
にこにこと先生が小鍋にまだ二皿分は残っているドロドロを差し出してきた。
腹は空いています。います、が。
「いや、そんなに食ったら先生の分がなくなりますよ、ははは。」
「何言ってる。この粥は病人用だ、こんな不味いもの食えるか。」
「…あー、はい。それじゃあ頂きます。」
先生、不味いって言っちゃってるし。
「正直、これ、美味くないです。」
「だろうなあ。味見してびっくりしたわ。」
「…さいですか。…せめて、ハチミツか砂糖はありませんか?」
「**糖ならあるぞ。」
ん?
「ホゲ糖?それ何ですか?」
「知らないのか?**の樹液を煮詰めた奴だ。」
出された物を舐めてみると、ほんのりハーブっぽさのある砂糖だった。
メイプルシュガーみたいなものらしい。
ひと匙かけてから食す。
あー。
ドロドロがとろとろに変換されました。
糖分上等。
「先生、これ、パンを水煮した奴でしょう?せめてミルクかコンソメで煮ましょうよ。鯉の餌じゃないんだから。」
「お、おう。」
「ダニエルさんから聞いているかも知れませんが、オレ、記憶が無いんです。なので色々教えて下さい。代わりに居候の間は家事全般やります。先生、独身なんでしょう?」
「う、うむ。」
「家事は割と得意なんですよ。特に料理は。」
少しばかり盛っておく。
「それは助かるな。嫁に先立たれ、娘に嫁がれてからはろくな物を食べていないんだ。」
おっとっと。
交渉成立いたしました。
もともと療養を勧めてくれてはいたが、これで当面の居候先は確保出来た。
次に確保すべきは、このぼろぼろのパジャマに代わる服と靴だな。




