異世界へようこそ 3
そこは夜の森の中だった。
若干肌寒いものの凍えるほどでは無い。
しかし獣の気配もするし、更には何故かパジャマに裸足という姿で非常に心許ない。
手に持っているのは閻魔様から渡された小冊子のみ。
異界に転生、した、のか?
夜目は利く方だとはいえ、こう暗いと動きまわるのは危険だ。
当たりをつけた大木の根元へ半ば這うようにして潜り込み、夜明けを待つ。
かさかさ鳴る落ち葉や小枝の音に怯えながら武器がわりの石ころと木の枝を握りしめて息を潜める。
緊張に疲れ果て、思わずうつらとしたあたりでようやく空が白み始め何一つ事態は変わらないのにほっと息をつく。
新しい朝がカムヒア。
よし。閻魔様、神さま、仏様。心機一転、頑張りたいと思います。
朝焼け滲む空に向かって手を合わせた。
『その意気や良し。ヤマダトオルよ、我が世界に歓迎しよう。』
は?
なんか聞こえてきた。
…幻聴か?
ぴこん、と脳内にダイアログボックスが出現する。
<『賢兄の雑学』
脳内に意図しない言語が再生される主な理由
1.ストレスや疾患など本人要因による幻聴
2.薬物や幻惑など外部要因による幻聴
3.テレパシー、神託など脳内に直接送信される情報の音声補完認識>
これは、あれだ。
賢兄というか、おたく蘊蓄者の兄貴の仮想込み雑学って奴だ。
で、この場合は三番推しで。
ぴこん、と入れ替わりにまた別のダイアログ。
<『神との対話』
太陽神ラウラとのコンタクト達成
ラウラの加護LV1を取得>
『では、良き人生を』「待って下さい!ラウラ様っっ!!!」
失礼ながらも被せ気味に返したのが功を奏したのか、消えかけた気配が戻った。
「あの、ですね。せめて、人里がどちら方面かだけでも教えていただけませんか?お願いします!」
ここで縋らずしていつ縋る、とばかりに拝み倒す。
だって、裸足にパジャマですよ?
早速顕れたチートは兄貴のおたく蘊蓄スキルですよ?
で、どうしろと?
お供えひとつ無かったけれども当方の必死さを汲み上げてくれたようで、苦笑まじりの咳払いが聞こえてから光が一筋、右手奥の方を照らし消えた。
お言葉はもうかかることはなかったのでオマケなのだろう。
もう一度深々と太陽に一礼をした。
さて。
明るくなったことだし、とりあえず目指す方向もわかったので行動開始としよう。
まずは、靴。
その辺りの蔦や木の皮を使って草履を編む。
嫗の知恵とかがぴこん、となるかと思ったけど普通に編み方は知ってるしな。
ナイフひとつ無いので出来はイマイチだが、裸足よりはマシだろう。
夜を共に過ごした木の枝を今度は杖にして下草を掻き分けながら慎重に進む。
蛇に噛まれたくないからな。
熊、がいるかどうか分からないが、熊避けに歌も歌っておこう。
マイファーストソングの菓子パンヒーロー。
それに有名アニメのお散歩する奴。
その後もくそ兄貴おススメのあがるアニソンベストというどうでもいい情報に晒されながら歌う、歌う、歌う。
戻れる世界も待つ人も居ないらしい。
身ひとつで、この先どうなるのか。
歩く、歩く、歩く。
ぴこん。
<『翁の忍耐』
疲労心労を半減する>
じいちゃん、凄いスルースキル持ちだったんだな。
耳が遠いだけかと思っていたよ、ごめん。
気づけば流れていた涙をごしごし拭ってから、また歩き、歌う。
途中、<『慈母の胆力』 空腹耐性三日>がぴこんした。
ああ。かーさんのダイエット、いつも三日坊主だったな…。
でも、みんな、ありがとう。
オレ、頑張るから。
うん。
光り輝く草を見つけた。
<『厳父の稼ぎ』 鑑定 レア>を信じて収穫した。
とーさん、グッジョブ。山を脱出出来たらこれを当座の生活費に充てたいと思います。
入れ物用に籠でも編むかと考えたら収納スキルが発動した。
これは便利だ。
中に何か入っていないかと期待マックスで在庫リストを開けたが、今入れた葉っぱらしきものが八十八枚。
じいちゃんのスルースキルが発動した。
はあ。
パジャマのポケットに突っ込んであった閻魔様の小冊子も収納しておく。
今更ながら素っ裸で転生?していなかっただけでも幸運だったのかと思う。
上を見ればきりがないが、足るを知れば結構生きやすい。
流石に脚は傷だらけだし虫刺されも随分あるが、一応は五体満足だ。
昼間は蒸すが、かわりに凍死する程冷える事もない。
喉は乾くが、豪雨に曝されることもない。
怖れていた獣や魔物も出てこない。
始めに手にした枝杖と投擲石ころを拠り所にひたすら歩いた。
かーさんのダイエットスキルが無効になる直前、不意に森が切れて道があった。
よろよろと座り込み、この世界の人間とのファーストコンタクトを待つ。
ラウラ様、どうか親切な人と巡り合わせて下さい。
せめて、盗賊や人攫いとかは勘弁して下さい。
あと、なるべく早めでお願いします。
腹、減った…。