異世界へようこそ 2
えーと。
…。
……。
行間を読むに長ける方なら絶句具合を察して欲しい。
晴れてリア充の仲間入りをしたのなら夢枕に現れるべきは可愛いガールフレンドだろう。
だがしかし。
彼女と同じところは髪と目の色だけという髭面でギョロ目のむつごいおっちゃんが、どどーんと目の前に鎮座している。
えーと。
間違い無く閻魔大王と書かれた冠を被ったおっちゃんが手繰っていた書類からようやく目線を合わせて来た。
「**県**郡大字小字**村出身やまだ とおる、満二十七歳で相違ないな?」
「あ、はい。山田 通です。」
漢字で表記するとどんな田舎者だと大抵失笑されるのだが、ちょっとの雨でもすぐ土砂崩れだなんだと孤立集落になる実家に居れば親の願いがひしひしと伝わるいい名前だと思っている。
おかげで都会に出られたしね。
「先ず、おぬしは死んでおる。」
「…はあ。」
「地球上の高等生物はほぼ壊滅した。」
「はあ。」
「人間種は全滅だ。」
「あー、はい。」
壮大な告知に理解が追いつかない。
「一度に全滅したので、それぞれ信ずる神仏に分けて処置しているのだが、まあ、日本人は厄介でな。」
「はあ。」
「安産出産は土地神で、結婚は天使を使役する神に誓い、祖先は極楽へ送る。途中旅行など行こうものなら何の神殿でも有難そうに拝みたおし、なんなら水たまりにすら賽銭を投げ込む。」
そーですね、としか言いようがない。
「とまあ、何処でも決裁出来るのが都合よくもありつい後回しになってしまった。」
「はあ。」
閻魔様はぐりとした眼の狭間をくっと揉んでから、はーとため息をつき、更に肩まで揉む。
「あのう?」
「おう、そうであった。おぬしが最後だ。何か希望はあるか?」
希望、と言われても。
ああ、そうだ。
「今日、あ、昨日になるのかな?オレ、私は初めて彼女が出来たんです。」
閻魔様はぺろんと紙をめくる。
「そのようだな。」
「今週末には初デートなんです。」
「動物園。」
「はい。カピバラが見たいと。なので天気にして下さい。」
むう、と閻魔様は上を向いた。
「おぬしは、死んだ。」
「…実感がありません。」
「おぬしの彼女も、死んだ。人類は絶滅した。」
「…夢、ですよね?」
「現実だ。一度に全滅したので極楽も地獄も満員でなあ。やむなくおぬしは異界へ行く事になる。輪廻があるから良いだろうと総受け入れ人数を低く設定した神々がいてなあ。全く。そういう訳でなるべく希望は叶えてやるので、どんな世界が良いか述べよ。」
深呼吸した。
「えー、オレは死んでいてこれから異界転生するという事でしょうか?」
「おお。飲み込みが早くて助かるぞ。」
にこにこと閻魔様があご髭を撫でた。
「どーも。」
異界転生か。ふう。
「では平行世界でお願いします。なるべく近い感じのところで。」
「すまん、満員御礼だ。」
おお、平行世界あるのか!
しかも、満員って…。
「平行世界の八割が同じ人類滅亡路線で希望者が溢れていてなあ…。」
閻魔様が遠い目をしている。
いったい地球に何があったのだろうか。ものすごく気にはなるが、先ずは自分の先行きだ。
「では、顔も頭脳も金運も女運も良い五男坊に転生お願いします。出来たら戦争の無い平和な世界で。」
「どちらかならあるな。宇宙戦争末期で星がばっこんばっこん爆破されておる世界の五男だが四男までが戦死していて、」
「そこはイヤです。嫌、です。」
「では、戦争など一度も起きたことのない世界はどうだ?若干文化レベルは落ちるが。」
「まさか、石器時代以前ではないですよね?」
閻魔様の視線がしばし彷徨った。
閻魔様が嘘をついたらどうなるのだろうか。
「…他に希望はあるか?」
嘘をつくかわりにスルースキルを発揮された。
「程よい所でお願いします。」
「うむ、おぬしは本当に話が早くて助かる。」
再び笑顔に戻り、卓上に山と積まれた紙束からがさごそ何かを探すこと数分。
「おお、この世界はどうだ?魔法が使える。」
手元の薄っぺらい冊子を見せながら閻魔様が言った。
表紙はエルフの魔女っ子と青年勇者がドラゴンと闘っている絵柄だ。
まさかの勇者転生キタ!
「こほん。あー、変身しますか?」
「そこはそれ、修行あるのみ、だ。」
あ、視線がうろついている。
別に光って変身したいわけじゃないからいいんだけどさ。
「えーと、米、味噌、醤油はありますか?」
「動植物層は地球以上に豊かだ。味噌、醤油は無いが麹菌はある。」
醸せとおっしゃるのですね。
「地域規模では小競り合いもあるが概ね平和で気候も温暖だ。」
「温暖なのは有難いですね。そこでいいです。」
「うむ。おぬしであれば大丈夫だろう。」
おー。転生チートで勇者無双か。
「では、特別にギフトだ。」
よし、ばっちこい。
「縁が切れてしまう身内から。『翁の忍耐』、『嫗の知恵』、『厳父の稼ぎ』、『慈母の胆力』、『賢兄の雑学』、そして『恋人の絆』。更に輪廻外特別手当の『故里の記憶』と非選択特典の『神との対話』を授ける。では達者でな。」
「え、ちょっ、」
「おお、そうだ。わしからも手間がかからなかった褒美にこれをやろう。」
手元にあった冊子を無理矢理押し付けられる。
詳細説明、は無いんですね…とほほ。
「以上、これにて閉廷!」
野太い声が響いた途端にぴかーっと視界が発光し。
家族や出来たばかりのガールフレンドのぶんぶんと手を振る姿が朧に浮かんで、意識とともにすーっと消えていった。