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魔族 4

「うっわ、びっくりさせんといて。」

 悼み、思わず目を閉じていた私の、耳許で少年が文句を言っていた。

 ひたりと首筋に石が当てられる。

 一瞬で息も吸えなくなった。

 いきなり脱力して態勢を崩したせいで、少年が石付きの首枷を取り落とした。

「ああ、もうっ。動くなよ。」

 よっこらせと緩慢な動きで少年が枷を拾う。

「次、動いたら足折るよ?」

「はいと言えるか!」

 慌てて間合いを稼ぐ。

「だから、動くなって。」

「っ!」

 一瞬で詰め寄られた。

「君も、そのなりから見るに奴隷か何かだろう?私と組め。共に逃げよう。」

 間一髪、魔法陣で彼を吹き飛ばしておいて何なんだが。

「はあ?奴隷やない、あんたらと一緒にすな!」

 軽く吹っ飛んで行った割に何のダメージも無さそうに起き上がる。

 嫌そうな顔をしてゆっくり近づいてくる少年になんとか翻意を促す。

「奴隷じゃなかったら何なんだ?その首輪は。」

「あーもう、煩いな。あんたにコレを付ければ今日はメシが食えるんだ。」

「あの泥のような奴だろう?逃げればもっとマシな物を食わせてやる。」

「え、ほんまに?」

 思案の表情とは裏腹に、ぐしゃりと膝頭が潰された。

「ぐっ、ほ、本当だ。だから、」

「何をしている。早く片をつけて、檻へ戻れ!」

 遠巻きの兵士の囲いが割れて現れた一人の男が叫んだ。

 その途端に、やる気のなさそうだった少年がにまりと頬を緩めた。

「マオス様!」

 完全にこちらへ背を向けて嬉しそうに男へ駆け寄る少年と対照的に、マオスと呼ばれた男は嫌悪の混じった表情で少年を振り払った。

 今なら。

 悪いが、私とて自分の身が惜しい。

 男に振り払われてメソメソと泣きだした少年を、今なら。

 一つ覚えの炎の魔法を、その背に撃ち込む。

 また、手加減は一切しなかった。

 若い命を奪ってでも、私が私として自由に振る舞えるこの機会を、逃したくない。


 私は、魔族だ。



 まざまざと覚えている。

 異様にすばしこい少年が、迫り来る業火の気配に脚を踏み込み躱そうとして。

 背後に男がいることに気づき逡巡する。

 庇うようにひたりと止まった少年を、苦々しい顔で睨んだまま。

 男は少年をつき飛ばし、ーーー消え失せた。


 どういう関係かは知らぬが、少年が男を庇い動かぬだろうという計算はしていた。

 だけれども、あの害虫を見るかのようなあからさまな嫌悪の念を浮かべていた男が彼を庇うとは。

 つまりはあの非道な人間よりも、非情に少年を殺戮しようとした私の方が。

 これで誰も私を美しいとは言うまい。

 こんな下衆な男を。

「うわあああああああっっっ!」


 空気が、変わった。


 少年の悲痛な慟哭が響き渡る。

 何だこれは、と思う間も無く。

 額にぱっくりともう一つの目を見開き、その金色の三つの瞳すべてからぼたぼたと涙を零しながら。

 さっきまでは人肌だった身体にびっしりと鱗を生やして。

 鋭く鉤爪の伸びた手で。

 変貌を遂げた少年が居並ぶ兵士達を八つ裂いてゆく。

 逃げなければ。

 恐怖にじんわりと痺れる脳が、じれったい程ゆっくりと身体を動かす。

「何で逃げへんの。」

 咎める言葉の返答を待たず、少年の鉤爪が私の両腕を鷲掴みにした。

「あんたは恩人やから。」

 そのまま腕が握り潰された。

「酷いことしとうないんやけど。」

 絶叫を上げる前に喉笛も切り開かれる。

「なあ?なんでマオス様殺したん?」

 ぼろぼろ泣きながら、私を虫けらのように嬲る。

 鉤爪が私の顔もずたずたにする。

「あの人、おかんみたいな人なんや。」

 いや、どう見ても男だったが?

 八つ裂きにされながらそんなしょうもない事を考える私は、やはりもう、人ならざる生き物になっているのだろう。



「気がついた?」

 光がふわりと喋った。

 私が夜だの闇だのの麗人に例えられるなら、彼は光としかいいようが無い。

「もう、大丈夫だから。大変な目に遭ったね。」

「また、死んだのか。」

 神、にしては表情豊かな男がくすりと笑った。

 あどけなくも艶めかしい、ぞくりとする微笑みだ。

 私も笑い返したが、きっといつもの冷ややとか儚いなどと言われる顔になっていることだろう。

「また?ああ、転生魔族なんだ。大丈夫、生きてますよ。」

「なんだ、あんたみたいな綺麗な者は初めて見たから天上に来たのかと思った。」

「あー、ごめんなさい?たまに言われる。」

 たまに言われるのか。

「光も全開で眩しいですよね。ええと、もう大きな傷は癒したので後は普通の治癒にする?」

「含みのある言い方だな。」

「多分、これ以上関わると縁が出来てしまう。魔族と天人の縁は、それはもう、腐れ縁?」

「意味がわからぬが、ご迷惑がかかりそうだな。もう、充分だ。恩にきる。」

「あ、」

「あ。」

 他意なく感謝を述べただけのつもりが、契りの言葉になってしまった。

 何か、理を超えたモノで私と彼が繋がってしまったのを悟る。

『この子の面倒、頼みますわよ。』

 そんな声が聞こえた気がした。

「君ねえ。はー、まあ、こうなったら仕方ない。その脚も生やすよ。」

「生やす?」

 感覚が無い脚を見ると、最初に握り潰された脚がなくなっていた。

「他の傷はねえ、それは深かったし、痕も残っただろうけど治る傷だった。だけど、ソレは。ボクでは奇跡に頼らなければ治せない。女神様に頼れば頼るほど、ボクは浮世とかけ離れる。迷惑かけると思うけど、よろしくねー。ボクはルキウス。皆は光の天人と呼ぶよ。」

 私が迷惑をかけられる方なのか?

 成る程、この顔と、あの顔で連めば厄介事が二倍、いや十倍増しになるか。

 そういえば。

 ルキウスは私の顔について何も言わない。

 まだ傷が残っているのかと、さわりと撫でた。

「大丈夫、顔なら真っ先に治したよ。」

「…それだけか。」

「鼻でもひとつ足りなかった?それとも低すぎた?人並、あ、魔族並みには治っている筈なんだけど。」

 人並だって?

 初めて言われた言葉がじわじわと染み渡る。

 くすぐったい喜びを味わう私に小首を傾げつつ、ルキウスは輝きの中から取り出した本を無造作に開き、何やらひそと囁く。

 脚が生え戻った。

「顔も、治しておく?」

「いや、いい。充分だ。ありが、」

「うん。大丈夫、君は綺麗な魂を持っているから。」

 はっ。

 ついに魂までお綺麗ときたか。

 貴様に一体私の何が判るというのだ。

 先に喜びを覚えていた分、別にルキウスに他意は無いのだろうが騙されたと感じて唇を噛み締める。

「緋色に逞しく燃えているよ。ちょっと、泣かないでって。大丈夫、外面もそこそこだよ。ボクの横でも見劣りはそうはしないから。」

 外面?!見劣り?!

 ついぞ言われたことのない台詞に、あっけにとられてルキウスを見れば、確かにそこには神々しく蕩ける極上の生き物がいた。

 成る程、上には上がいるものだ。

「誰がそこそこだ!」

 安堵と照れ隠しにとりあえず、殴っておいた。

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