先立つもの 5
その夜、千円払って宿をとるか思案する必要は無かった。
本日の客室はこちらで御座います。
まず、素敵な石壁。
そして、素敵な石床。
堅牢な扉は鉄格子で出来ております。
更に装飾品として魔法封じの宝玉付き手枷が貸与されています。
乱暴に牢へ放り込まれた体勢のまま、力が抜けて動けない。
どうもこの枷が魔法だけでなく魔族としてのオレの動きを封じてしまっているようだ。
無実を主張したいがまともに呂律が回らないし、視界も聴覚もぼんやりと覚束ない。
同房の囚人達の会話をなんとか聴き取ると、こんな話をしていた。
「こいつ、シルバータグの獣人を殺そうとしたらしいぜ。」
誤解だ。
あのアホ犬が勝手に盗み食いした挙句倒れたんだよ!
っていうか、あいつシルバータグだったのか。
「シルバーを倒したのか?!見かけによらない凶悪な奴だな。」
頬にざっくり刀傷のある強面のおいちゃんがびくりと壁際まで下がりました。
さして広くない牢で大の字に寝そべるオレと、壁際で小さくなる他の囚人さん達。
絵柄がおかしい。
「あれ、魔法封じだろ?大丈夫か、あいつ。」
「ああ。いきなり暴れ出したらどうしようか。」
そういうあなた方こそ危機一髪な黒髭氏もかくやという人相ですよ?
オレ、朝まで無事でいられるだろうか。
無事なような無事でないような。
何ごとも無かったが、冷たい石の上で硬直していたおかげで身体中がギシギシしている。
牢からずるずる引きずり出され、小部屋で椅子に座らされる。
ううう。
カツ丼が出てきたら自白してしまうかもしれない。
そこへアホ犬がへらへらと入ってきた。
罵倒してやりたいが手枷のせいで体も口も動かないのが惜しい。
「だからちょっとした誤解なんだ。だいたい木タグ如きがシルバーの俺様をどうこう出来るわけがないだろう。」
一生懸命に聞き取ると、そんな言い訳をしていた。
憲兵と犬男がもだもだやっているが、そんな事より枷を外して欲しい。
脱力感が半端なくて辛い。
あーもう、早く釈放してくれないかなー。
誤認逮捕を認めない憲兵と盗み食いを認めない獣人のおかげで前科者になってしまった。
保釈金と身元引受人をアホ犬が負うことで釈放されたのは午後も遅くなってからだった。
手枷はやっと外れたが罵倒する気力もない。
泊まるあても無いので仕方なく再びギルドに戻ると受付のお姉さんが奥を指差した。
「ギルド長が話をしたいって。」
「今ですか?」
「今ナウ直ぐに。あんたもね。」
しおしおに尻尾を垂らしてついてきていた犬男にも言う。
はあ。
「このアホタレが!」
「キャウンッ。」
胸がすくとはこの事だ。
ギルド長の容赦ない鉄拳制裁に、駄犬が股ぐらに尻尾を挟み込んでプルプルしている。
「災難だったな。だがトールさん?あんたも悪いんだぞ。虚偽申請なんぞするから。」
おっと、色々バレているらしい。
髪を脱色したぐらいでは分かる人には分かってしまうということか。
「すみません。先に世話になった人のところで、魔族なことはなるべく隠した方がいいと忠告されたんです。正直、自覚もなくて。」
「幼生体のくせに達者だな。やはり転生者か。」
「は?え?オレみたいなの、他にもいるんですか?」
「ああ、いるぞ。目の前に。」
ギルド長の姿がぐにゃりと歪んだ。
無精髭にがははと笑うのが似合うような感じだったおっちゃんが、物凄い美形の青年に変わってしまった。
「痛って。ちょっと失礼。」
やおら上着を脱ぎ出す。
おー、見事なシックスパック。
と。
翼?
「変幻が長くていつも忘れんだよな。」
蝙蝠のような翼が背ではたはたしている。
「ええっ?!」
首をぐねって自分の背中を覗いてみるが、翼、無いよな。
「ああ、それはあんたが幼生体だからだ。割と生まれたてだろ?」
「この世界に来て一ヵ月程です。」
「はっ。そりゃああれだな。苦労したろう。」
「今なお絶賛苦労中です。山中に放り出されて遭難するかと思いました。」
「魔獣の棲から誕生したのか。よくひと月で街まで出て来れたな。」
ちょっとおお!!!
閻魔様、ひどっ。
それからギルド長、アレクセイさんが色々な事を教えてくれた。
二百年ぐらい前に書かれた『転生魔族のための生活読本』なんていう本もくれた。
食材の項をチラ見したがホゲが無い、とか、ホゲに似たホゲがある、とか書いてあり、どうやら著者は地球出身者ではないようだ。
アレクセイさんも地球や平行宇宙の出身ではないそうで、成体になったら翼の生えた美形に変わるのかと質問したら爆笑された。
翼は後付けでも、その高貴な容姿は自前ですか。
オレのような扁たい顔の奴は見たことがないそうな。
だからすぐに転生者だと察したらしい。
とほほ。髪色以前の問題か。
「呑気だな。だいたい容姿なんざ、魔力が上がればいくらでも変えられる。」
「えー。じゃあその貴族顔は作り物ですかあ?」
「いや、自前だが。しかし顔が良くったって、あまりいい事はないぞ。転生の理由はストーカーに刺されたんだ。」
「それはお悔やみ申し上げます。で。…オレのストーカーは何とかしていただけますのでしょうか。」
部屋の隅で正座していた犬男がでかい図体を一層縮こませた。
「あー、それな。」
美青年から再びむさ苦しいおっちゃん姿に戻ったアレクセイさんがぼりぼりと頭を掻きながら悪い笑みを浮かべた。
「同族のよしみで手は貸してやりたいんだが、あんた前科者になっちまったろう。ギルド長としてはここに滞在させる訳にいかないんだよ。そこで、だ。」
ひしひしと嫌な予感がします。
「ルーザンの森に新しいダンジョンが発生したんだが、そこのバカ犬とコアの破壊に行って来てくれ。なあに、一応は俺が鍛えたシルバーだ。あんたに危険はないよ。え?断る?それは仕方ないなあ。木タグ、返納して貰おうか。」
「と、登録料の返金は…。」
「しねーよ?びた一文。」
「……。」
先輩魔族は泣く泣く了承したオレの肩を叩きながらがははと笑うのであった。




