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瑠璃草子  作者: 九藤 朋
3/13

其ノ参




挿絵(By みてみん)




 店主の許可を得て(かみ)七軒(しちけん)にある円月屋を出ると、軽く汗ばむくらいの陽気だった。今出川通七本松から北野天満宮に至るまでの通り沿い、上七軒は京都最古の花街である。祇園や先斗(ぽんと)(ちょう)に比べると地味だが、西陣の旦那衆の遊興地として発展してきた。


 白い鳥が空を舞っている。鷺だろうか。つつつ、と青に白い軌跡を描く。樹人と瑠璃の二人は人目を惹いた。樹人は瑠璃を守るかのように、無遠慮な視線を完全に無視して、瑠璃の手を取っていた。握る掌と掌の温度が通じ合う温もりに、樹人は満足する。目指す小間物問屋は千本今出川にある。瑠璃と樹人は大路小路を抜けながら、店を目指した。


 途中、町屋の玄関先に咲く朝顔の青と赤が可憐だった。

 この時代にはもう品種改良が進められた花は、夏を体現するように楚々とした風情だ。


 小間物問屋・淡路屋に入ると、店の中はひやりとして心地好い。番頭が瑠璃たちに気付き、にこやかな笑顔を浮かべて寄ってきた。


「おいでやす。何かお探しで?」

「珊瑚の簪はありますか」

「珊瑚ですか……」


 華月やあゆ、他の円月屋の女たちの使いになることもしばしばである樹人に対する番頭の態度は丁寧で、しかしそこはかとなく値踏みするようなところがあった。瑠璃は樹人と番頭の遣り取りを耳で聴きながら、目は並べられた櫛や簪に彷徨っている。季節ならではの透明感ある涼しげな品が多く、金魚模様の玻璃の玉簪、鶴と亀を象った鼈甲の櫛、舞妓相手であろう淡く優しい色合いの、つまみ細工の花房の簪などが置かれていた。


「こちらなんかどないですやろ」


 番頭が差し出した小粒な珊瑚の簪を、吟味するように樹人は眺めた。血赤珊瑚程に赤くはないが、濃い桃色で、決して質が悪くないことが解る。


「幾らですか?」

「五朱(約三万円)になります」


 瑠璃は上げそうになった声を慌てて押し留め、樹人の着流しの袖を引いた。樹人は頓着しない。


「ください」


 にこやかに言う樹人に、柔和な笑顔で番頭も応え、樹人から銀を受け取る。東日本は金、西日本では銀が多く用いられていた。


 店にふと射した影が、来客を告げる。

 相手を見た途端、番頭の顔つきが畏まった。


挿絵(By みてみん)


「新撰組の巡察だ。変わりはないか」

「へえ。ご苦労さんどす」


 若く緑の流れる黒髪を結わえた隊士は、引き結んでいた朱唇を、瑠璃たちを見ると綻ばせた。


「瑠璃。樹人。買い物か?」

「はい。七瀬様。お仕事お疲れ様です」


 瑠璃の労いに七瀬(ななせ)(なぎさ)は白い歯を見せる。

 一番隊に属する七瀬は、円月屋を贔屓にする客の一人である。実のところ、素性は女性なのだが、訳あって男装し、新撰組に所属している。そうは言っても誤魔化せない事柄はある。月の障りがある数日は、円月屋の瑠璃の元で過ごしている。瑠璃は客は取らないが、七瀬だけは別格としており、それは店主の公認し、また、喜ぶところであった。瑠璃もまた、陰間茶屋にいる面目が立ち、そのことを抜きにしても七瀬に好感を抱いていた。


 七瀬がすい、と樹人の横に立つ。女にしては長身の部類の七瀬と樹人の背は同じくらいだ。


「『魔弾』に気をつけろ」

「魔弾?」

「元長州藩士・尊皇攘夷の過激派だ。剣のみならず銃も使うのでついた異名だ。円月屋には津蔵坂が出入りしているだろう。奴を狙っている」

「…………」

「面倒に巻き込まれないようにな」


 低い声でそう忠告すると、七瀬は店の入り口で待機していた新撰組の仲間の元に戻る。新撰組隊士は複数人で行動するのが原則だ。


 瑠璃と樹人も、後を追うように店を出た。瑠璃の髪を珊瑚の簪が彩っている。樹人は、瑠璃に珊瑚が殊の外、映えることを喜びながら、一方でややげんなりしていた。あの喧しい津蔵坂のお蔭で、尊皇やら何やら、樹人には凡そ関心のない物事にかかずらうことになりそうなのが億劫だった。




 三条大橋の河原、男はリボルバー式の銃・コルトM1851の銃身を磨いていた。人を殺傷する武器が美しいのは自然の理。それが男、『魔弾』の考えだ。磨く手をぴたりと止めて、素早く振り向きざまに発砲する。

 するりとした影が出てきて、両手を上げてにい、と笑う。即座に銃を懐に仕舞い、抜き打ちで斬りかかる『魔弾』と相手の刀が激しくぶつかり合い火花が散った。ぎゃりぎゃりと耳障りな音が鳴り、どちらからともなく刃を弾き、間合いを取る。


「剣呑、剣呑」

「――――『猫』か」

「はあい。『猫』ざんす」

「無闇に殺気を撒くな。弾が勿体ない」


 く、く、と性別不詳の、『猫』と呼ばれた忍びは咽喉の奥で笑う。


「それは、お前さんの未熟さね。あたしのせいじゃあないね。坊やたちは千本今出川の小間物問屋に行ったようだよ」

「津蔵坂は」

「来るんじゃないのかい、今夜あたり。円月屋にご執心の女が多いらしい。それと」

「何だ」

「新撰組一番隊の隊士・七瀬渚もあそこの上客だ。かち合えば少しばかり、面倒だねえ」

「七瀬渚。流派は」

「小野派一刀流」

「悪くない」


 『魔弾』の満足そうな顔を、『猫』は乾いた目で見ていた。


 


七瀬渚:七瀬渚さん

『魔弾』:魔弾の射手さん

『猫』:ねこまんまさん


友情出演してくださいました。御礼申し上げます。

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