其ノ壱
瑠璃の夜に啼く。
あわいが揺らいであちらとこちらを繋ぐ。
湾曲した橋が架かる。
紅も化粧も。金銀、どんな宝玉も。
魂の稀有を伝えはしない。
幕末・慶応元(1865)年。京都。
愛らしく囀る瑠璃色の小鳥は、金色の籠に入れられていた。人の手で長く保たせられる命ではないと知りながら、店の主が仕入れたものだった。樹人は鎖骨も露わな乱れた紫の単衣を直しながら、酔いが残る頭でまだぼんやりとしていた。
昨日の客は樹人に散々呑ませ、酔わせてから情事に及んだ。涼やかな風貌である樹人の、だらしのない酔眼が見たかったらしい。今は辰の刻(午前7時~9時)あたりかと思い、朱塗りの格子に手を滑らせる。客の男は樹人の上で果てたあと、他愛なく寝てしまった。
冷害に遭った農村で生まれた樹人と姉の瑠璃は、この陰間茶屋に二人して売られた。瑠璃に客を取らせまいとした樹人は、その分、自分が陰間として稼ぐと店主と約定を交わした。瑠璃は専ら下働きとして使われている。しかし時折、見目良い瑠璃に目をつける男がいて、そんな時は樹人が、有無を言わさず自分の客としてしまう。自分が色を売る分であれば幾らでも構わないが、瑠璃に手を出されるのだけは我慢ならなかった。
瑠璃の姿を探して一階に降りると、丁度、廊下を雑巾がけしている瑠璃を見つけた。
樹人に比べれば地味な色目の着物をたすき掛けして、小気味よく廊下を磨き上げている。着物の裾から雪のように白いふくらはぎが垣間見える。
「瑠璃」
愛しさの滲む声で呼べば、瑠璃が足を止めて顔を上げた。