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幽霊が彼氏面してくるような気がした。 前篇

 ギブスを外してもらって、検査を行ったけれど、やっぱり異常は見つからなかった。打撲で青あざはできてしまっていたけれど、これくらいだったら一週間くらいで消えると先生が教えてくれた。

 その間、わたしはずっとそわそわしているのに、お母さんは怪訝な顔でこちらを見てくる。


「どうしたの、泉? さっきからずっときょろきょろして。明日から学校行ける?」

「行ける……けど、うん」


 まさか言えない。見えない男の子に取りつかれているのかもしれない、なんて。

 今はレンくんの声は聞こえない。でもレンくんのことは声以外でいるのかいないのかわからないから、黙り込まれてしまったら、もうどこにいるのかなんて判別できない。

 だから注意深くあちこちに耳を澄ませてみるけれど、あの独特の高めな男の子の声が耳に入ることはなかった。

 わたしがそわそわきょろきょろしているのを、お母さんは溜息つきつつ言った。


「まだ体のこととか色々気になるなら、学校休んでもいいのよ?」

「行けるよ! 本当に大丈夫だから!」

「そーう? なら、別にいいんだけどね」


 久しぶりのTシャツにジーンズの普段着に着替えて、病院を出る頃になったら、すっかりと夕方になってしまっていた。

 レンくんの声は聞こえなかったけれど、どこかで見ているのかもしれないと思ったら気が気じゃなかったけれど、もう声は聞こえないから大丈夫かなと、そう思い込むことにした。

 四日ぶりの家に戻ってくると、四日ぶりにスマホを弄る。

 メッセージアプリには、わたしの退院祝いがあれこれと入っていたので、ひとつひとつに返信していく。

 あと図書委員の先輩に、入院していたことと、当番休んでごめんなさいのメッセージを入れたら、すぐに返信が来た。


【間宮さん大丈夫? 無理してるならしばらく休んでもいいよ?】


 先輩にまで心配されちゃったなあと、わたしは首を捻る。

 トラックに跳ねられても、打撲以外はピンピンしているのに、皆が皆、過保護なくらいに心配してくれるんだから申し訳ない。

 わたしはそれに【大丈夫です。今週は休まなくってもいけます】と返信してから、鞄に明日の授業の教科書とノートを詰め込む。

 皆が心配するようなことなんて、なにもないのになあと、そう思いながら。


****


 その日は天気もよくって、まだ夏服の季節じゃないのに、冬服だとちょっと汗ばむくらいに太陽がまぶしい。

 わたしはいそいそといつもよりも早めに起きて、学校に向かった。

 グラウンドのほうを見れば、もうサッカー部が朝練をしているのが目に入る。朝だから本格的な練習はまだできないらしく、体操と走り込みだけだけれど、サッカー部の人たちがゴールポストまでダッシュで走る練習をしている。

 近くのベンチにはマネージャーとコーチらしい男性。そしてネットの近くにはわらわらと女の子たちが立って見守っている。

 うちの学校は、今年のサッカー部は強いらしくって、夏の大会への出場権が決まっているとか、プロリーグから声がかかった選手がいるとかで、ちょっと盛り上がっているみたいだ。文化系のわたしにはちょっとわからない世界だけれど、なんかすごいなあと思いながら、それを遠巻きに眺めている。

 ちらっとネットのほうを見ると、一生懸命カメラで写真を撮りながらメモの走り書きをしている絵美ちゃんと、グラウンドをうっとりと見ている沙羅ちゃんが目に入った。

 絵美ちゃんは新聞部だから、大会前のサッカー部の取材だろう。あの子は新聞記事で大会にも提出しているから、その作品づくりも兼ねているのかもしれない。

 沙羅ちゃんはというと……サッカー部の花形ストライカーの滝くんを見に来ているんだと思う。身長も高くって、スポーツ刈りも似合っている。おまけに顔はちょっとした俳優よりも整っているものだから、サッカーに全然興味ない子でも顔を一度見に来るくらいだ。まあ、あんまり一部の女子がライブ会場みたいに叫んでうるさくて集中できないってことでトラブルになったこともあるから、朝の基礎練以外は他の場所に練習に行ってしまっているし、サッカー部関係者以外は立入禁止になってしまったから、朝練以外は練習するのを見ることもできなくなってしまったけれど。

 わたしはサッカー部の練習をぼんやりと眺めているところで、ようやく沙羅ちゃんがネットの向こうから視線を移して、こちらに手を振ってきた。


「おはよう、泉ちゃん。体調はもう大丈夫?」

「おはよう。うん、もう大丈夫」

「おっはよー。サッカー部も最近はいろいろ情報規制で大変だからねえ。せっかくコンクールで賞獲れそうなネタが揃ってるのに、なかなか記事書けなくって大変だわ」


 絵美ちゃんはそう言いながら、笑ってカメラをネット越しに向ける。

 シャッターの光もサッカー部がうっとうしがらないようにと、なかなか使えないみたいだから、こちらはこちらで苦労しているみたい。

 やがてグラウンドで基礎練をしていたサッカー部がコーチに呼ばれてなにやら集合しはじめた。そろそろ朝練も終わりで、解散するんだろう。

 わたしたちも邪魔にならないように、そろそろ帰らないとなあ。既にネット越しで見物していた子たちも捌けはじめたのを感じながら、わたしも教室に向かおうとしたとき。


「間宮!」


 声がかけられたのに、わたしは思わずビクン、と肩を跳ねさせる。

 わたしが思わず固まったのに、沙羅ちゃんと絵美ちゃんがきょとんとした顔をこちらに向けてくる。


「泉ちゃん?」

「どしたの、急に固まって」

「えっと……あの、ね」


 わたしは口をパクパクさせる。ふたりとも、さっきの声に関してなんの反応も示していない。

 今まで、声をかけられたのは一対一のときだったから、こんな人前でしゃべったこともなく、わたしの顔は火照ったり血の気が引いたりを繰り返す。

 仕方なく、わたしは軋んだ音を立てる体を無理矢理動かして、回れ右をする。


「さ、先。教室に行くね……」

「ええ? うん」


 絵美ちゃんは生返事をし、沙羅ちゃんは気を遣わし気に「大丈夫? 一緒に教室に行く?」と尋ねるけれど、沙羅ちゃんはもうちょっと滝くんを見てたいだろうから、それは申し訳ない。わたしはブンブンと首を振る。


「大丈夫……だよ」

「そう?」


 ふたりが心配しているのがわかるので、わたしは必死に笑顔をつくると、足早にグラウンドから遠ざかる。

 玄関で靴を履き替えてると「そんな無視すんなって」と声をかけられる。

 やっぱり、レンくんだ。

 まだ予鈴が鳴るには時間があるけれど、玄関は人通りが多い中で声をかけられても、どう返事をすればいいのかわからない。そもそも見えない彼に返事をしていたら、変だって思われてしまう。わたしは早歩きでできるだけ人気の少ない道を選んで歩くけれど、レンくんは「待てってば」と声をかけてくる。

 ようやく移動授業以外だと使わない階にまで差し掛かってから、わたしはようやく振り返った。


「あの、わたし……皆の前で話しかけられると、困るから……」

「ええ? そんなに困ることか?」

「変だって、思われちゃう!」

「んー……そっか、間宮は俺が見えないんだもんなあ。でも別にいいじゃん。変だって思わせといても」

「あなたはいいかもしれないけど、わたしが困るから……」


 レンくんは苦情を言っても、ひょいひょいと避けてしまうし、わたしが嫌がっているということがどうにも伝わっていないような気がする。

 わたしも、なにがどう嫌とか、言わないと駄目なんだけれど……見えないレンくんだとわからないような気がする。

 レンくんは「んー」と間延びした声を上げると、やがて息を吐き出す。


「そこまで変って思われること、嫌がることか?」

「嫌がるよ……だって、わかんないことって、変だって思うもの……」

「そっかー、それは全然思ったことがなかったわ。うん、ごめん」


 拍子抜けするほどあっさりとした謝罪に、わたしはますます目をパチパチさせてしまう。


「あのう……」

「でもさ、他人って変って思うほども、人のことなんて気にしないと思うけど。俺もぜーんぜんわかんねえし」

「そう、かもしれないけれど……」


 ずいぶんと自信満々な人だ。見えないのに自信にあふれるってどういうことなんだろうと、矛盾しているような、してないような。

 わたしは思わずむずむずしてしまっていると、レンくんは「それじゃ!」と声を上げる。


「それじゃ、またな!」

「え、またって……」

「またあとで!」


 それだけ言い残して、レンくんの声は聞こえなくなってしまった。

 なんなんだろう……わたしは思わずヘナヘナと階段に座り込んでしまった。

 幽霊にしては、ずいぶんと湿っぽくないし。透明人間にしては、ずいぶんと自信満々だし。いったいレンくんってなんなんだろう。なによりも見えない人からは、こちらから声をかけることだってできないし、口を開いてくれないといるのかいないのかだってわからない。

 ……もしかしなくっても、わたしたちのよくわかんない関係のイニシアチブは、レンくんにあるんじゃあ。

 そう考えたら、どうしたら正解なのかがわからなかった。

 無視する? 黙っておく? そう楽なほうに考えてみるけれど、それも申し訳ない気がする。

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