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聞こえちゃいけない声が聞こえる気がした。 前篇

 耳をつんざくようなブレーキの音。しまったと思う暇もなく、体がぶわり、と浮かぶ。

 全てがスローモーションに見えた。

 歩道を渡ろうとしていた人の驚いた顔や、慌ててスマホを取り出してどこかに電話をかける人たちの声。トラックに乗っている運転手さんの顔は、わたしからだと見えない。

 死ぬ間際には走馬燈が見えるって言うけれど、わたしはなんにも見えなかった。死ぬ前に思い出したいほど、強い思い出はわたしにはまだなかったみたいだ。


「間宮……!!」


 わたしを呼ぶ悲鳴が聞こえたような気がしたけれど……誰の声だか思い出せないまま、体がリバウンドする。

 聞こえちゃいけない嫌な音が響いたけれど、不思議と痛みはなかった。ただ、鼻をかすめる生臭い匂いで、頭の片隅で冷静に思ってしまう。

 わたし、死んじゃうんだなと。


****


 ツンと鼻の奥が痛くなり、次に入ってきた薬の匂いに、わたしは目を薄く開いた。天井は白いし、寝かされていたベッドも、ベッドの周りを囲っているカーテンも、全部白かった。

 ここどこだろうと首を動かそうとして、首から嫌な音が響いたのに顔をしかめて、思わず手を伸ばして気付いた。

 首は固定するようにギブスが巻いてあったんだ。これじゃなかなか首を動かすことは困難だ。しかも痛い。

 仕方なく、枕元を手繰り寄せてみた。テレビで病院が映るシーンには、ナースコールを押す場面もあったと思う。どこかにナースコールはないかなと探してみて、手がカチリとスイッチを見つけ出した。わたしは迷わず押してみると、すぐにこちらにパタパタとサンダルの足音が響いてきた。


「泉ちゃん! 聞こえますか?」


 ナース服のお姉さんがすぐに来てくれたんだ。わたしはぺこりと頭を下げたくとも下げられない首を、仕方がないから揺らしてみる。


「はい」

「すぐにお母さんに連絡しますからね!」

「あの、今って何月何日ですか?」

「今は五月二十一日。あなたが病院に運ばれてきて、丸一日寝ていたんですよ」


 そう滑らかに説明してくれたお姉さんは、すぐにナースセンターのほうに帰っていった。

 ひとり残されたわたしは、昨日のことをどうにか思い出そうとするけれど、頭をあのとき強く打ち付けたせいか、全然思い出すことができないことに気付いた。

 学校帰りに、トラックに跳ねられたような気がするけれど……その前後のことは全然思い出せない。

 わたしが意識を戻したことで、すぐにお母さんは飛んできてくれた。お母さんは目に涙をいっぱい溜めて「このお馬鹿!」と言ってくれるのが申し訳なく思いながら、お姉さんに車いすに乗せられて、病院であちこち診てもらうことになった。

 CTスキャンにレントゲン。あと触診で数か所ペタペタ病院服の上から触られて、ときどき「痛い!」と悲鳴を上げた。

 車に跳ねられて、打撲している場所は数か所あったみたいだけれど、体自体は特になんの問題もないらしい。

 ただ、わたしは自分でも不可解だったので、問診で連れてこられた場所で、お医者さんにトラックに跳ねられた前後のことを覚えていないと言ったら、目を少しだけ丸く見開かれてしまった。


「今が西暦何年か答えられますか?」

「えっと……」

「学校の名前と、学年」


 まるで記憶喪失の人にどうこう質問しているみたいだな。そう思いながら答えてみるけれど、抜けている記憶が特に見当たらない。何個か簡単な質問に答え終えてから、先生は「恐らくですが」と付け加えてから、教えてくれた。


「記憶喪失だと思います。泉さんはトラックに跳ねられたことで、脳震盪……激しく脳が揺れました。その際に記憶が飛ぶことがありますが、脳自体にはなんの問題もないために、一時的なものですよ」

「そう……なんですね」

「はい。念のため、一日様子を見てから退院しましょう。体もあちこち打ち付けていますからね」


 そう先生に言われてから、わたしは「ありがとうございます」とお礼を言って、そのまま車いすに乗せられて病室へと戻っていく。

 一日入院することはお母さんにも伝えられたけれど、普段は授業が詰め込まれている中、いきなりなにもない時間を持たされても、どうやって暇を潰せばいいのかがわからない。

 病院内はスマホを使える場所が限られているからと、お母さんにスマホは持って帰られてしまったから、学校の友達に無事を知らせることもできないし、委員会を休むって連絡もできない。

 せめて本の一冊でもあればいいんだけれど、病院の図書スペースは週に一度しか開いてないらしく、開いているのは昨日だったらしい。残念。

 そうなってしまったら、もう寝る以外にやることがなくて、わたしはベッドに横になるしかできなかった。体が痛くて、なかなか寝返りも打てない。ギブスは明日取るらしいけれど、体に青痣が残ってしまったら嫌だなあと思う。体育のときに変な気を遣われてしまったら、こっちだって困ってしまう。

 わたしの病室は四人部屋で、わたしみたいに交通事故で運ばれてきた人がひとりに、検査入院している人がひとり。あとのひとつは空きベッドになっていたけれど、その内埋まるだろう。

 カーテン越しに、ナースのお姉さんやお医者さんが他の患者さんの診察をしている声を耳にしながら、わたしはとろんとまどろんでいる。

 ときどき寝て、ときどき起きて。ぼんやりとしているのを繰り返していたら、カーテン越しにだんだん空が黄味がかってきていることに気付いた。

 学校ももうそろそろ授業が終わるのかな。委員会のこと、なんて説明しよう。そう思っていたとき、カーテンがシュッと開いた。

 お母さんはもう着替えを置いて帰ったと思うけれど、誰か来たんだろうか。わたしは目を細めてカーテンの開いた方向を見る。


「間宮、大丈夫か?」


 わたしは目を丸くする。

 敷居のカーテンは半開きになっているけれど、誰もカーテンを開いちゃいないし、誰も立ってはいない。

 でも、男の子の声がする。少しだけ甲高くって、どうしてか耳に残る声。


「間宮?」


 男の子の声が、大きく響く。

 ……ちょっと待って。どうして誰もいないのに、男の子の声が聞こえるの?

 目を大きく見開くけれど、やっぱり誰も立っていない。

 単純にわたしが見えていないだけなのかと思って、「いたたたた」と首を動かすけれど、カーテンの向こう側は、ひとつ開いているベッドを除いて皆敷居のカーテンを閉め切ってしまっている。今、この病室にはわたしたちしかいないはずなんだ。

 その、はずなんだ。

 わたしの頭は、真っ白になった。

 病院で、いないはずの声が聞こえるって、つまりは。


「おい、まみ……」

「い、いやぁぁぁぁぁぁぁぁ……!!」


 真新しい病室だから、あまり気にしないようにしていたけれど。でも。

 わたしはパニックを起こして大声を上げてしまったら、パタパタとサンダルの足音が近付いてきた。

 誰もいないはずなのに、男の子の声が聞こえるって、なに? これはわたしの妄想? 幽霊の声? どういうこと?

 本の読み過ぎなのかもしれないけれど、交通事故が原因で霊感に目覚めるとか、手垢がついたお約束じゃないの。

 しかもよりによって、病室でそんなもの持たされても、困るよ……!!

 ひとしきり叫んだら、だんだん頭に酸素が回らなくなってきて、そのまま疲れて意識が遠のいていく。


「ちょっと泉ちゃん!? いきなり悲鳴を上げてどうしたの!?」


 ナースのお姉さんに声をかけられたけれど、もう意識が遠くに追いやられてしまったわたしに、返事をする術は失われていた。

 ぷつんと、意識は途切れてしまった。

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