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呪い子・忌み子・鬼の子

概要:ウィルの正体について

「おえっ……」

『吐くなよ? 吐いたら本当に死ぬからな?』


 ゴブリン肉という控えめに言って“食料”とはほど遠い物を臓腑に収めたウィルは現在、心身ともに絶賛修羅場中であった。


 何がヒドイかと言えばまず第一に挙げられるのは、調理器具の類が一切無いこの現状である。

 火どころかナイフすら無いウィルが取れた行動は、ツンと鼻をつく生の汚肉の皮を剥ぐ為に初っ端から齧り付くという、原始人ですら正気を疑うであろう野性的なものだった。


 また、そのニオイもさる事ながら舌に触れたその物体について味覚が伝達したのは“苦み”である。

 苦み、と表現はできたが、一部の薬草から知覚できるソレとは一線を隔てるもので、味については頓着しないはずのウィルが即座に拒否反応を示して嘔吐く代物である。


 そのくせ、肉はグニグニと妙に歯応えが強く、いつまでも口腔内に留まり続けてその顎を麻痺させるように破壊的に蹂躙し続けた。

 その火も通さなかったものをどうにか喉に通したウィルを次に襲ったのは、強烈な腹痛・吐き気・悪寒といった、典型的な食中毒の症状である。


 控えめに言って服毒自殺と言っても過言ではない苦痛なのだが、これが生命維持目的の為に行っているのというのだから笑いたくなる。


 実際、ヒクヒクと痙攣しながら自嘲するように笑みを浮かべて苦痛を誤魔化していると、『ゴブリン肉に笑気作用なんてあったっけ?』などと他人事のようにたまうレッドにウィルはそこはかとない殺意を抱いたのだった。


「うぐ…………これで本当に体力が回復するのか? むしろより死に近づいた気が……」

『たしかにこれが普通の人間なら差し引きマイナスの結果になる所なんだけどさ。ウィルの身体は生命力が強いから毒の自浄作用速度の方が勝って、最終的に毒以外の可食部分のエネルギー摂取量を上回る()()なんよ』


 …………はず?


「……ちょっと待って。もしかして、こんだけキツイ思いをした上に死ぬ可能性があったのか?」

『そりゃあゴブリン肉にどれだけの栄養が含まれてるなんてオイラ知らないし、毒のダメージに摂取エネルギーが釣り合いが取れない最悪の可能性は当然あったぞ』


 しれっと語られた衝撃の事実に絶句していると、レッドは『言っとくけど』と言葉を続ける。


『食わなきゃ確実にウィルはオダブツだった。それは確かだ。そして他に食べるものはここには無かった。だからこの食事は最優先に行うべき最善の事だった。オーケー?』

「…………釈然とはしないけど理解はしたよ」


 体調自体は悪化していたが、その一方で身体に活力が戻ってきている実感がウィルにはあったので、憮然としつつも頷いた。

 しかし、確かにレッドが言ってたように悪い事にはならず徐々に事態は打開できてきているのだが、自分に色々と隠しておきつつ、しばらくしてから不意打ちのように都合の悪い事を暴露され続けるのはさすがに心臓が悪い。


「その代わりいい加減俺の力とやらについて洗いざらいちゃんと説明してくれないか? いくら俺が考えている以上に自分の身体に力があったとしても把握できてないのは……何というか、気持ち悪いというか不安な感じがする」

『洗いざらいは難しいな。ちょっと教える事が多過ぎる。でもまあ、腹ごしらえもしたから余裕もできたし、そうだな。ちょっとオイラの時代と事情が違うみたいだからまずその辺から話をしようか』


 んー、そうだなあ。と説明の算段をつけたらしいレッドがその口火を切った。


『まず、ウィル。お前は周囲から“呪い子”と呼ばれて周りから厄介者扱いされているって事で良いんだよな?』

「……ああ」


 改めて確認されて今までの周囲からの扱いが脳裏を過ぎり、先程食したゴブリン肉の味が口内に戻ったような錯覚を振り払うように首肯した。


『そういう扱いをされる子供は『忌み子』って言ってな。昔からいたんよ。多くの場合は先天的に特殊な生まれの子供を気味悪がって疎外したんだ。双子だったり、アルビノって言って異常に色白だったり。一番分かりやすいのは障害持ち……手とか足とかなかったりとかな。とにかく見た目からして特殊で“周囲と違う”っていう子供の事をそう呼んだんよ』


 人は、他者の自分とは違う所に強く注目しようとする。


 何故なら本来人間は社会を形成しなければ生きてはいけない弱い存在だからである。

 だから自分と違ってより多くの事をできるように見える有能な人間を尊び、味方にする事で生活を豊かにしていこうとするし、逆に自分よりも劣っているものが多く見える人間を自分の足手纏いにならないように疎外して距離を置こうとする。

 生きようとする為、その重要な役割を担ってもらえる仲間となりうる者を常に見極めようとするのだ。


 だから、『違う人間』は良くも悪くも注目を集める。

 そして自分が価値を見出せない、理解が及ばない存在に対しては殊更に疎外し、迫害しようとする。


 例えば、手足が無い者は、自分よりできない事が多い、不自由で劣っているような存在に見えるかもしれない。


 例えば、白髪赤目といった人間離れした容姿の者が居れば、似てはいるけれど人間とは違う気味の悪い生物に見えるかもしれない。


 同じように、獣のように一度に複数産んだ、或いは生まれた親子は人の皮を被った別の生き物のように感じるかもしれない。


「そして、俺みたいに周りと違って魔法が使えない人間は呪われているように見えるって事?」

『この話で重要なのはこの手の話は基本的に迷信。いずれも他の人から見ただけの判断や先入観でしかない、ってとこだな』


 レッド曰く周囲との差で苦労はあるはずだが、本来は生物として生きるだけなら平等である。

 一般的な同じ生き方はできないかもしれないが、そのやり方によっては普通の人間とそう変わらないし、或いは非凡な才能だって発揮する可能性だってあるらしい。


「俺にも、そんな非凡な才能というのがあると?」

『いや、逆だ』

「逆?」

『オイラの時代より少し前くらいだと、多分ウィルこそ一般的な人に見えると思うぞ』

「? どういう意味だ? 魔法が使えない奴が一般的な人に見えるはずが――」

『だから、逆だったんよ。昔は()()()使()()()()()()()()()()()()()()()()んだ』


 その言葉にウィルの頭が殴られたような衝撃が走った。


『“魔力が使える魔法使い”っていう存在はオイラが生まれる数百年前から現れ始めて、ちょうどオイラの時代には魔法を使える奴は半分を超えて、使えない奴は急速に減っていってたな』

「……昔は、昔の人は魔法が使えないのが普通だったのか?」

『ああ。原因は分からないけど、魔法使いはある時からチラホラ確認されるようになって、時間が経つにつれどんどん増えていった感じだな』


 レッドの話に頭がついていかなくなる。


(昔は……魔法が使えない方が普通だった? 俺は昔の人と同じってこと? なんで? なにが? どうして?)

『それでだな。オイラの時代にも一応、今のウィルと同じように魔法が使えない奴の蔑称があってな』

「……俺と同じ?」

『ああ。オイラの時代には“オニノコ”って呼ばれてたな』


 聞き馴染みの無い語感を発する言葉に説明を求めると、すぐに答えてくれた。

 鬼というのは遠い東の国にいるという人外の事で、力が強く、魔法とはまた違う不思議な力を操ったのだという。


『魔法が使えない代わりに鬼の子はみな共通してやたら身体が丈夫で力が強かったり、成長が早かったり……まあ簡単に言えば肉体的に非常に優れていたんだ』

「使えない代わりって……そんなにすごかったのか?」

『よくお母さんのおっぱいを飲むとき、まだ歯もないのに乳首を嚙み千切っちゃう事故が多かったらしいぞ?』


 ぞっとしない話である。


『それでこの話で重要なのはな、たしかに魔法は使えなかったんだが、魔法使いがいなかった時代の人間と比べると()()()()()()()()()()()()()って事なんよ』

「? どういうこと?」

『どういうことか? と言うとだな――あー、ちょっとどう説明したら良いか難しいな――えっとだな。簡単に説明するとだな、当時の鬼の子を不要だと言って排除しようとした魔法使い達を返り討ちにした挙句、最終的にその時の魔法使い側の親玉と対等な立場で友達になって、鬼の子の実力というか価値と言うべきか、そういうのを世界に知らしめた奴がいたんだよ。うん』

「なんか急に話のスケールが大きくなった上に内容がふわっふわになったな」


 途中まで真剣味が伝わってくる調子だったはずが、急に世界とか親玉だとか具体性の無いものになってしまいウィルはコケそうになる。


『だから言ったろ簡単に、って。正直これをしっかり話そうと思うともう一体ぐらいゴブリン食ってもらわないといけなくなるけどいいか?』

「よし分かったその話はそのままでいい」


 話の詳細とゴブリン肉回避ならば、即座に後者を選ぶ程度にはウィルの舌には先の食事が尾を引いていた。


「けど、その話が本当なら……なんで今の俺が呪い子なんて呼ばれているんだ?」


 しかし、話の詳細は一先ず置いておくとしても、その内容に関する疑問はさすがに聞き逃せない。


「俺みたいに魔法が使えない奴でもそれに匹敵する力が持っているって話が広まったなら、どうして今の俺がこんな事になっているんだ?」


 第一“鬼の子”なんて言葉聞いたこともないし、ウィル自身呼ばれた記憶がない。

 レッドが嘘を言っている様子もなさそうだが、また何か重要な事を隠しているのではないかと勘ぐってしまう。

 しかしレッドは今度こそ何もないらしく。


『それなんよ問題は。オイラの記憶が正しければ結構民衆レベルで鬼の子の大暴れの話が浸透していたはずなんだが、ウィルの話を聞く限りそんな様子が欠片も無いんだよなあ……』


 レッド自身かなり気になる謎だったらしく、ひとしきりウンウン唸った後、『……まあ考えても仕方ない事だよな。うん』と話を変えた。


『それで本題。鬼の子であると思われるウィル、お前が持っているだろう力についてだ』


 ようやくずっと気になっていた謎が解明されると、聞き逃すわけにはいかないとウィルは無意識に拳を握り締めて頭の中の声に傾注する。


『端的に言えば純粋な生命力。これが最低でも一般的な人の倍はあるはずだぞ』

「…………? うん? それで?」

『他の人との違いはそれだけ――あっ、ちょ、待ってくれ! 無言でオイラの本体掴むのやめてくれ!』


 散々お預けされていた謎。

 自分が持つ魔力に代わる力とやらに知らない内にどこか期待していたらしく、生物なら皆等しく持っているであろう生命力などという肩透かしも良いところな回答に、耳にぶら下がっている金属塊に思わず手が出る。


「生命力なんて生き物ならみんなもってるものだろう? そんなのが人より多いからって何になる?」

『説明! ちゃんと説明するから! だからその手を離して!』


 レッド曰く、そもそも魔力というものは生物が本来持っている生命力が変質したものであるらしく、“便利な魔法”は使えないものの、純粋な力としては魔法使いが行使する魔力と同等の潜在能力を有しているのだという。


『他にも純度の高い生命力が体に廻っているだけで色んな恩恵があるぞ!』


 一般的な魔法が使える人間に比べ、鬼の子が優れているであろう点が列挙されていく。

 基礎的な身体能力。五感。思考能力。傷病に対する高い自己治癒能力。純粋かつ潤沢や生命力を用いた鬼術(きじゅつ)――


「鬼術?」

『魔力じゃなくて本来の生命力を用いた超自然的な現象を起こす技の事だよ。魔法程万能でもないし地味で活躍の場も限定的だけど、使えればそれなりに便利だぞ』

「例えば? 何ができる?」


 術、という言葉に何故か惹かれる物を感じ、更に詳しく聞こうとする。

 幼い頃から魔力を持たない事を理由に徹底的に迫害された彼にとって、魔法という事象に対し渇望にも似た思いを持ってしまうのは仕方ない事である。

 仮に劣るとしてもソレと近い事ができるようになる可能性に食いついてしまうのは。至極自然だろう。


『お? おお!? 今までに無く食い付きが良いな!』


 これまで常に「必要があるなら」と自分の感情を出さず何事も理性的な様子だったウィルが、うって変わって好奇心を剥き出しにした事にレッドは驚いた様子だったが、同時にどこか嬉しそうな声であった。


『あー、こういうの見るとまだウィルが子供だって実感してすげーホッとする』

「質問に答えてくれないか? 俺がそんなに生命力を持っているのなら、その鬼術って奴の一つや二つくらいすぐにでも使えるようにならないのか? この際、その鬼術っていうのを実感できるならそんなに大したことじゃなくても文句は言わないよ?」

『うーんそうだなあ。今のウィルでもすぐに使えるようになりそうで、それでいて鬼術を実感できそうなのか…………あ、そうだ』


 何やら思いついたらしいレッドが、期待に満ちた声でウィルに告げた。


『せっかくなら、ここの研究所の奥に隠されてる武器を取りに行ってみないか?』

「隠されてる武器?」

『ああ。ちょっと遠い場所に隠してある上に封印されているからさっきの狩りには使えなかったけど、ここから出るには武器が必要だろ? 手に入れるにはある鬼術が使う必要があるからちょうど良いと思うんよ』


 レッドの提案に「武器か……」とウィルは少し顔を曇らせる。


 ウィルは基本的に今まで特定の武器を携帯した事は無い。

 何故なら人より力が強かった為に得物を使用するとすぐに壊してしまう事が多く、基本的には戦いからは逃げる事に注力していたからだ。


 縄張り習性を持つ相手にはそれでどうにかなっていたしがしつこく追跡してきてどうしても戦いが避けられない時は、人間が相手ならその武器をなんとか奪って済ませていた。


 勿論ウィルだって護身に備えておきたかったが、彼にとってたいていの武器は物持ちの悪い消耗品であり、仮に遺跡から出土した状態の良い優れたものであっても、数の多いゴブリン達を切り抜けるのにアテにできるものではなかった。


 しかし、


『心配しなくてもお前が使っても壊れるような代物じゃないから安心しろよ』

「! えっ!? なんで……」

『言ったろ。オイラの時代にはまだ鬼の子がそこそこ居たって。武器に限らず色んな道具を馬鹿力ですぐにダメにする奴が多くてな。だから何でお前が躊躇したのかぐらい察しがつくんよ。それでな、この研究所は元々そういう鬼の子でも使える魔術具を作る為に作られたんだ』


 その証拠にオイラだって魔力無しに動いているだろ? というレッドの言葉に、そういえば最初にゴーレムだと名乗っていたなとウィルは思い出す。スライム的な見た目といい、やけにフランクで自然と会話できているものだからすっかりその意識は無くなっていたが。


「じゃあ――」

『行こうぜウィル。新しいお前の相棒を迎えによ?』


 期待による高揚という今までに感じたことのない心臓の高鳴りに、レッドと出会ってから、否、義父が亡くなってから初めてウィルの表情は自然と解れるのだった。

ゴブリン肉で下げてからウィル君のモチベを期待で持ち上げさせてはしゃぐ回。

ようやく年相応な姿を垣間見れてレッドおじさんにんまり。

まあ、二人にはもう少し色々と苦労してもらう予定ではあるのですが。(爆)


次回ぐらいからようやく主人公に都合の良いファンタジー要素に触れていけそうです。


2018年1月18日文章を少し簡素化しました。

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