手遅れ
概要:ウィル、人間やめるってよ
『まったく……そんじゃあこの後の手筈を確認すんぞ?』
道すがらゴブリンをどう狩るか話し合っていた事を、レッドが溜息混じりに確認していく。
そもそも狩りと言う以上、ゴブリンの息の根を止めなければならないのだが、その具体的な手段が今のウィルには思いつかなかった。
当初、ゴブリンを狩ると決めた時は義父の形見のナイフを使うつもりだったのだが。
(あれっ!? 無い!)
最後に使ったのは森でゴブリン達に襲われた際に抵抗した時だったのだが、昏倒させられた際に落としてしまったらしく、いくら探しても慣れ親しんだ感触が手に当たる事はなかった。
(……とうとう最後の形見もなくしちゃったか)
安物とはいえウィルにとっては唯一品であった為、酷い喪失感に襲われたが、現実は待ってくれず悲しんでいる暇はない。
いくら魔物で言うところの低級であるゴブリンとはいえ、流石に無策無手での相手は難しい。
レッドは『いや別に力でゴリ押せばいいんじゃね?』と相変わらず訳の分からない事をのたまったが、ウィルとしてはそうはいかない。
勝算もなく身を危険に晒すのはただの死にたがりでしかないのだから。
『オイラがお前の脳をちょいちょいっと弄ってやって、いくらか制限解除すれば素手でも大丈夫だと思うんだけどなあ』
(さらっと恐ろしい事を言うのはやめろ!)
レッドの事も無げもない言い様だが、その声で先程『普通の人間だったら頭がパーンして死んでた』と言われた衝撃もまだ冷めてないのだから、そうそう受け入れられるはずがない。
無論、いよいよ他に手が無いのだと現実が突き付けて来たのであれば、ウィルの方から進んで“博打”をする羽目になるのだろうが、いずれにせよリスクがあるのならばその選択肢は後回しで良いだろう。
『しかし、他に武器らしい武器なんて持ってないんだろ?』
(……いや、あのナイフだって本来は採取用だ。要は傷つける目的に合えばなんだって武器になる)
ある事を思いついたウィルは、自分が付けていた外套を外して広げてみる。
外套の内にあったはずの服はゴブリン達の暴力を受けた際につけられたと思われる傷や穴で酷い状態だったが、外套には目立った傷はない。
安物で防寒機能は低かったが、どうやら丈夫さに関しては掘り出し物だったらしい。
(これで視界ごと奪って絞め殺すとかどうだ?)
『え。なにその発想怖い』
相手の顔面を遮った上に、大声を上げられて仲間が呼ばれる事も防げる一石二鳥の良い案だと思ったが、何故かドン引きされてしまう。
(無断で人の脳みそ弄り回す奴に比べたらよっぽどまともだと思うんだけど?)
『オイラは自分の見た目からしてまともじゃない自覚はあるよ。何が怖えって、十三の少年が戦いをできるだけ避けようとして不意打ち前提で相手を暗殺しようとする考えをパッと思いつく所だよ!』
発想がエグイ、考え方が子供じゃなくて暗殺者のソレだとかクレバー過ぎる等と意味不明な文句を垂れるが、実行する本人であるウィルが考えついた事とレッドが他の代案を出せなかった為、狩り計画は不意打ち外套絞殺で決定した。
(問題はどうやってあいつらの隙を作るかなんだけど……)
『それならオイラに良い考えがある』
レッドによると最初に出会った部屋のような隠し部屋、隠し通路がこの建物のあちこちに存在しており、それを利用すれば良いとの事。
『近づいて来たかどうかはオイラが教えてやるから、そうしたらバンっと出て襲えばいい。簡単だろ?』
(ああ。それにしても、なんで隠し扉がそんなにあるんだ?)
『元々ここはとある貴族の魔術具研究用に造られた場所でな。よくある話だろ? 安全の為にそういうのが必要だったんよ』
(魔術具研究……お前もその作品の一つって事か?)
『ん? ああ。まあ、そんなところだな』
レッドの案内に従い、指定された壁を探ってみると先程と同じように回転式の隠し扉がすぐに見つかった。
『んじゃあ、おびき寄せるとしようか。適当に物音を立てれば多分来るだろ』
(うまくいってくれると良いんだけど)
ほうっ、と息を吐いてから拳を握って壁に叩きつける。
音は思っていたよりも出なかったが、静寂が支配するこの空間をかき乱すには十分に響いて、すぐにウィルは隠し扉の先に滑り込んで、そのまま扉を閉めた。
(どう?)
『…………お、来たぞ』
ゴブリンの聴覚がどれほどのものか知らなかった為不安だったが、物音だけで問題なくおびき寄せられたらしい。
しかし、
『ちょうど今、扉の近くまで二体来てるな』
(なんだって?)
引っかかるかどうかばかり気にしていたウィルは、二体以上引っかかる事は意識の外に置いてしまっていた。
(二体か……いけるか?)
二体共に狩れるかどうかといった問いに対しては、これは容易だ。不意打ちで一体どうにかして、残りと一対一の状況に持ち込めれば、さすがにウィルでもなんとかなる。
問題なのは仲間を呼ばれず迅速に倒せるかどうかである。
まともな武器もないこの状況では、いくら不意打ちでもゴブリンを即死させる程の技術はウィルは持っていない。
仲間を呼ばれてしまって囲まれれば、先刻の二の舞となるのは火を見るよりも明らかだった。
『おい。この後解体とかの事を考えるとそう何度もおびき寄せるだけの時間はさすがに無いぞ?』
(いやしかし……)
もう少し、もう少しだけ待とう。
動かないウィルに掛けるレッドの声にやや焦りが含まれ始めている事に、時間の余裕が無い事を悟ったが、それでも可能な限り後顧の憂いは断ちたい。
(ここで焦って失敗するのも馬鹿だろう? 次のお前の合図でこの隠し部屋に引きずり込む。だからギリギリまで見極めてほしい。頼む)
『……はあ。普通、子供の方が焦るもんだと思うんだけどなあ』
仕方なし、と言わんばかりに溜息をつかれ、それきりレッドは静かになる。どうやらウィルの意向に沿ってくれるらしい。
隠し扉にひたりと手をあてたままじっと動かず、ひたすら待つ。
暗闇の中に長時間置かれたせいもあってか、自分で決めたにも関わらずやけに長く感じられる待ち時間に焦れそうになる。
そんなウィルの判断と忍耐にに対して、運命の神とやらがいるのであれば微笑んでくれたのだろう。
『今だ!』
レッドからの合図に、隠し扉を開いて飛び出す。
ゴブリン達は戻ろうとしていたらしく、一体は既に廊下の角を曲がっていった所で、もう一体がウィルに対し背を向けていた。
素早く手にしていた外套を後ろからゴブリンの頭に被せると、じたばたと抵抗する体躯を隠し部屋に強引に引きずり込む。
『ドア閉めろ!』
レッドの指示に両手が塞がっていたウィルは、なんとかゴブリンを羽交い絞めにしつつ背中で押して回転扉を閉める。
暴れるゴブリンを押さえつけたままだったので物音を立ててしまったかもしれなかったが、最早ウィルにそこまで気にする余裕は無かった。
(こ……の……っ!)
ぎりぎりと外套で背後から首を締め付ける。初めは出鱈目に暴れていたゴブリンだったが、窒息の危機にその両手が自然と首元に伸びていた。
もう少しだ、とトドメを刺そうとウィルの両手に更なる力が籠った。
その時だった。
――ビリッ!
(!?)
ゴブリン達の暴行にも耐えていたはずの外套がまるで紙か何かのようにあっけなく裂けてしまった。
別に強靭な魔物の皮できたわけでもない外套である為、力の入れようによっては裂けてしまう事だって十分ありえる事だし、おかしな事ではない。
けれども、こんな事が起きない為にウィルはあらかじめこの外套を力いっぱい引っ張る等して強度の確認をし、更に巻き易さと強度向上の為に外套は二重に折ってゴブリンの頭に掛けていた。
多少破けたり解れる事はあっても、完全に真っ二つに裂けて相手を突き飛ばすような形で解放するような事はなかったはずなのだ。
しかし現実はそうはならず、たかがゴブリン一体を相手に、念を入れて隠し部屋から不意打ちをしてまで狩ろうとしたウィルの計画は、あっさりと崩れてしまったのだった。
『呆けてるんじゃない! 早くそいつを黙らせろ!』
一瞬とはいえ目の前の出来事に棒立ちになっていたウィルだったが、レッドの檄に弾かれたように薄汚い緑色の亜人へ飛び掛かる。
戒めから解かれて今にも仲間へ救援を求めようとしていたが、幸いにも先程の首締めで多少なりとも弱っているらしく、ゴブリンは壁にもたれるようにしてゲッゲッと短くしゃがれた咳を繰り返していた。
大声を上げられては元も子もないと、ウィルはゴブリンの口元へと手を突き出し掴みかかる。
――パキャン
その口を塞ぐようにして掴んだ瞬間、耳慣れない破砕音と、ゾワリと悪寒の走るような手応えに、ウィルは驚いて思わず突き出していた手を放して引っ込めてしまう。
見ればゴブリンの醜悪な顔面は無残に変形し更に見るに堪えない様相を晒していた。
耳や鼻、目といった穴という穴からてらてらと赤黒い液体を垂れ流し、ビクンビクンと痙攣して事切れていた。
「…………え?」
え?
何が起きたのか把握できず、再び茫然としていると頭の中でレッドの声が響く。
『うわっグロ……まあ、元々殺すつもりだったから問題ないと言えば問題ないけど、まさかこいつも首絞められた後に顔面粉砕されて死ぬなんて思わなかっただろうな……南無』
直前までとは打って変わってまるで他人事のように落ち着いた様子のレッドに、止まっていた思考が少しずつ動き出す。
(…………なあ、レッド。お前、何かしたのか?)
今まで生きてきた中で自分が多少筋力に恵まれている事は自覚していた。
しかし、かと言って曲りなりにも握力だけで生物の骨を砕いてしまう程の怪力を今まで発揮した事は無く、すぐにこの異常事態に説明ができそうな、或いは原因そのものとしか思えない存在に対して問いかけた。
『失敬な。オイラ、今回は何もしていないぞ?』
(本当か? また勝手に俺の脳の……制限? を解除したとかそういった事が原因じゃないだろうな? そうでもないと俺のこの馬鹿力が説明できないんだが……)
『確かにウィルが急に怪力を発揮したのは脳のリミッターが外れたせいだけど、オイラが外したんじゃないぞ? その証拠に、ほら鼻血』
レッドに言われて気づく。ゴブリンのものではない自分の血が、いつの間にか鼻からツーっと垂れていた。
『ウィルが自分で無理矢理外したから、身体に反動が出てるんだ。オイラがやってたらそんな事にはならないぞ?』
(俺が? 自分で?)
『無意識の内にな。ほら、火事場の馬鹿力って言葉を聞いたことないか? 想定外の事態にウィルが咄嗟に動こうとして身体が限界に近い力を発揮したんよ』
(そう……なのか? …………いやいや待て待て)
レッドの説明に納得仕掛けて、慌ててウィルは首を振った。
(それはおかしい。俺が慌てたのは間違って外套を引き裂いたからだ。いくら安物とはいえいつもの調子ならそんな事にはならない。多分、俺がその制限とやらを解除していたのはゴブリンの首を絞めている時か、それより前だ)
ウィルの指摘にレッドは『ん? そういえばそうか?』と少し考え込む。
『…………ん~、そうだなあ。多分なんだけどウィルの力が目覚め始めたんだと思う』
出たよ“力”。
優先順位があった為今まで押し殺していた興味や疑問だったが、こうも何度も仄めかされるといい加減我慢できなくなる。
(最初に会ったあの部屋でも言ってたけど、俺の力って一体何なんだ? 魔力って言ってたけど魔法どころか魔術具さえ使えた試しが無いんだけど? 仮に本当に俺に何か力があったとして、どうしてこう急に変な事が立て続けに起きてるんだ?)
『正確には魔力とはちょっと違うんだけど、まあ魔力の代わりにその親戚みたいな力をウィルは持っているんよ。だからウィルは魔法も魔術具も使えない。急に変化が起き始めたのは……多分オイラがさっきの脳の制限の一部を解除した時、一緒に他の部分も緩んじゃって色々と箍が外れやすくなっちゃったからだな。きっと』
(オイ待て最後ォオォッ!)
なんだよ外れやすくなっちゃったって! それってつまり結局はレッドのせいって事じゃねえか!
勝手に自分の身体を弄繰り回されていた怒りをぶつけるウィルだったが、彼はまだ知らない。
これはまだほんの始まりに過ぎない事を。
レッドが話していた“化け物”になる事が決して比喩表現ではなく、言葉通りの意味である事を。
ウィルが既にこの時、人間の範疇を踏み外してしまっている事を。
意味なく嫌われる呪い子という存在にはもう戻れない。
本当の意味で世界中の人間を敵に回してしまったかもしれない事態に陥っている事を。
全ては、もう手遅れである事を。
新年あけましておめでとうございます。
年末年始忙しく、この後もしばらく忙しくなりそうですが、のんびり更新していきたいと思います。
さて自分の頭がパーンする事を恐れていたら気付いたら相手の頭をパーンしていたポルナレフ状態のウィル君です。
レッドとしてはウィルの馬鹿力は別に驚くことではない(流石にいきなりゴブリンの頭を握り潰したのには驚いてますが)ので、そんなことよりさっさとゴブリン肉食って元気になってくれって思っています。優しいですね。
ちなみにこの後の食事シーンですが、描写したものを知人に読んでもらった所「逆飯テロとかこんなん誰得だよ!」と突っ込まれたので、次回はじめに食後の感想をウィル君にダイジェストで語ってもらう程度に留める事にしました。
期待している人がいるとも思えませんがグロを期待していた方はすみません。そのうちバトル展開があるので、そこでは今回程度ではありますが多少はスプラッタな事になるとは思うのでそれまでお待ちください。
2018年1月18日。文章を少し簡素化しました。