カウンセラー・レッド
『もしかしたらオイラはやべーやつと組んでしまったかもしれない』byレッド
『んじゃあ早速だが、今からウィルにはゴブリンを狩ってきてもらう』
「……は?」
体が動くようになったウィルがさっさとこの暗闇から脱出しようと思っていた矢先に、その出鼻を挫くようにレッドがのたまった。
『お前の身体に起きている自食作用な、そんなに長く続かないんよ。だから身体が動いている間に効果が切れた後に備えなきゃ駄目なんだ』
レッド曰く、自食作用という現象は元々、体内で余分あるいは不要になった肉の元を分解し、エネルギーとして再活用する現象の事を指すのだという。
そして今のウィルのように身体が飢餓状態に陥った時にも自然発生して、その危機を一時的に凌ぐらしい。
『普通は数時間程は保つんだけど、オイラが強引に起こしたとか他諸々が重なったせいで今回は一時間も保たないと思う』
「ちょっと待て。いや、ちょっと待て。」
ツッコミどころ満載なレッドの説明に、ウィルは思わず口を挟んだ。
「自然発生するなら、何故お前がその……おーとふぁじー? を強引に起こしたんだ? お前が余計な事をしなければもっと時間ができたんじゃないか?」
『正確にはワザと時間を短くしたんよ。ウィルの身体はちょっと癖が強くて……あー、有体に言えば燃費が悪いんだ。ウィルの場合、自然発生する自食作用だと延命はできても満足に身体は動かせないんだ。だから時間を短くする代わりに一度に得られるエネルギーを多めに調整したんだ』
「なるほど。まだちょっと理解が追い付かないけど、短い制限時間は俺の為だという事は分かったよ。それよりも気になるのは、その短い時間を費って何故ゴブリンなんか狩らなきゃいけないんだ?」
『だから最初に言ったぞ? 自食作用が切れた後に備える為だって』
その言葉を聞いて、ウィルは思わず瞑目する。自食作用は飢餓状態を補う為のもので、今の自分の体がまさにその状態である事は先程まで地を舐めていたウィル自身よく分かっている。
飢餓状態、つまり空腹を満たす為に必要な行動は言うまでもなく、食事なのだ。
つまるところ、そういう事なんだろう。
「……レッド、本気で言ってるのか? この際、人型だとかクソ不味いとかで食べ物として見られてない、見れないって事は置いておくとして、そもそもゴブリンの肉って有毒だったと思うんだけど?」
『大丈夫だって。オイラの時代から変わっていないのなら、ゴブリン肉は死にはしない程度の毒性しかないはずだ』
それは大丈夫とは言わないだろう。
「おいレッド忘れたのか? 俺は出来損ないの呪い子だぞ? 魔力持ちみたいに魔法で解毒なんてできないし、『毒耐性』だとか『悪食』のような便利なスキルも持ってないし、あえて毒物を食べたってそれを習得できないんだぞ?」
魔力を持つ者は多くの恩恵が受けられる。
魔法、魔術具、人権など“持たざる者”であるウィルにとってそれがない事で苦労した記憶は枚挙に暇がない。
『スキル』もその一つだ。魔力を保有する人間に起きる魔術現象で、特定の経験や実績を積んだ人間に対して関連した“特性”が付与される現象だ。
基本的にスキルは一生もので、例えば剣術の鍛錬を一定時間熟せば『剣術』のスキルが付与され、付与された以降は鍛錬を放棄してもその技術が一定水準を下回る事が無くなる。
言うなれば魔力から与えられる努力に対するご褒美であり、経験や実績の証なのだ。
当然、魔力を持たないウィルがスキルを持つ事はありえない。
仮にウィルに魔力があれば、ゴブリン肉という有毒、或いは不味い物を食したという経験を積んだ事により、毒物の影響を受けない『毒耐性』のスキルや、味を気にせず食べ物を食べられるようになる『悪食』といったスキルを身に着けられる可能性があるのだが。
「スキルも無しにゴブリン肉を食えとか正気の沙汰じゃないんだけど……」
『でも、お前がここまで来た時の様子を聞く限り、他に食えそうなものなんて無さそうに思うんだけど?』
そうなのだ。
レッドの指摘通り、この隠し部屋にたどり着くまで蝙蝠一匹見かけていない。
食えそうな物と言えば、来た道を戻った先に大量にいるであろうゴブリンしかいないのだ。
そしてそれを自覚した時点で、ウィルは自分の中でゴブリンを食わないという選択肢を、泣く泣くであるが消していた。
のだが……。
『背に腹は代えられないだろう?』
「たしかにそうだけど、お前から言われるとなんかすげえムカつく」
ゴブリン狩りを進言した張本人の高みの見物具合に、どこか釈然としないウィルであった。
『……お? この先の角を曲がった先に数体いるな』
方針が定まった以上遊んでいる時間は無く、ゴブリンを狩るべく隠し部屋を出たウィルは、先刻自分が逃げ出してきた道を辿っていた。
辿ったといっても歩いてきた経路を全て正確に覚えていたわけではない。
元々ウィルは夜目が効く為ある程度暗闇でも視界は確保できる。
しかし、流石に光源が全く無い中で得られる視覚的な情報は限られている。更にこの遺跡は迷宮と呼べる程では無いが四方に伸びた廊下が幾つも交差して入り組んでいて、そう容易く把握できるような構造ではなかった。
それでも迷わず奴らがいる場所の近くまで来られたのは、ここの構造をレッドがある程度知っていた事と、ゴブリン達特有のものであるあの悪臭による所が大きかった。
(本当に? よく分かるな?)
いつどこにゴブリンが潜んでいるか分からないので、発声せずに念じてレッドに問いかける。
悪臭が強くなりすぎて前後不覚になりかけているウィルとしては、本当にゴブリン達の居場所を把握しているなら頼もしい限りではあったが、根拠もなく彼の情報を鵜呑みにできるほど信用するには、まだまだ時間が足りてなかった。
『まあな。と胸を張りたいところだけど、実はこれお前のお陰なんだぞ?』
(俺の?)
『そう。お前の身体って本当にスペック高いんだな。お前の五感で得た情報をオイラがお前の脳の一部を借りて解析演算したら、オイラ達の現在地とあいつらの居場所すぐに把握できたわ』
そこはかとなく上機嫌なレッドの口調とは裏腹に、ウィルの頬は引き攣る。たしかに先程はいくらでも身体を貸しても良い、などと言ったものの、流石に無断で好き勝手されるのは勘弁してほしかった。
けれど、移動にそこそこ時間が掛かり、制限時間が迫っていることは気にとめていた為、
(……色々と言いたい事はあるけど、時間が無いから一つだけ。俺の五感って言うけど、俺自身暗くて見えないし臭すぎて訳分かんない状態なんだけど、そんな俺から一体何が分かるっていうんだ?)
後で盛大に文句を言うことを誓いつつ、今は我慢して必要最低限な情報だけを得られるよう尋ねる。
『これはウィルに限った話じゃないんだが、生物ってのは普段その能力に制限が掛かっている事が多いんだ』
レッド曰く、普段知覚できる情報と実際に得ている情報には大きな差があるらしく、また思考の源である脳も日常においてその使用領域はごくごく限られたものだという。
『オイラはただ、ウィルが普段が使ってない部分の脳を使って、普通は感じられない情報を処理しているだけなんよ』
(だけ、と言うには随分ととんでもないような事のような気がするんだけど?)
『まあ、たしかに。普通の人間なら負荷に耐え切れずに脳が熱暴走して血管という血管がブチ切れて頭の穴という穴から血を噴き出して死んじゃうからなあ』
(思っていた以上にとんでもねえしロクでもねえ!?)
何てことを無断決行してくれたんだと非難の気持ちが高まると、それを察したのかレッドは少しバツが悪そうになる。
『あー……勝手にやったのは悪いと思うけど、ちゃんとウィルの身体が耐えてくれると確信があったというか何と言うか……というか、そのうちオイラが助けなくてもこれが出来て当たり前のようになってもらうつもりだからな』
レッドが何を言っているのか、本気で分からなかった。
(……いくら何でも無茶苦茶だ。そんな事、俺ができるわけがない。仮にできるとしても、お前、俺を化け物にでもする気なのか? 何をふざけた事を言って――)
『ふざけてなんかないって! あーもう、変に物分かりが良いかと思えば妙な所に拘りやがって……逆に考えてみろ。魔法が使えない、弱っちい人間の呪い子であるお前がこのままこの世界で生き残っていけると思うか? それこそ、普通の人間として生きる事をやめて化け物になるくらいの覚悟が必要だ。違うか?』
レッドの言葉に反論しようとして、ウィルは思い止まる。
たしかにその通りなのだ。
他の人間は魔法で大抵の事は片手間にこなせるような事を、ウィルは数倍の努力と時間を以って遂行しなければならない。
そして時間と努力で埋められる穴を、この世界は許容してくれない。普通であろうとする努力なんて認めてくれない。
そもそもこんなところに来てしまったのだって、普通の人間ならば、余程の不幸でもないと起きえない事なのだ。
独りでゴブリンの群れと遭遇し、あまつさえ遅れを取ってしまうなんて事態になるなんて。
もしレッドの言うように、魔法でなくとも敵を事前に余裕を持って察知する力を持ってさえすれば、こんな状態は容易に回避できたであろう。
魔法などという、ウィルにしてみれば不正のような力に対抗するには、それこそ人間の――元よりまともな人間扱いなどされた試しも無かったが――その範疇から外れた存在にでもならなければ、先の未来は見えないだろう。
(それは……たしかに、そうかもしれない。だけど、でも、俺は呪い子で……)
『だから、オイラがお前を手助けして、お前を変えてやるよ。心配すんな。成り行きとはいえオイラが見込んだ男だ。魔法もスキルなんて使えなくても他の人間と同じ、いやドラゴン以上の化け物にだってなれる。それだけの力がお前にはある。オイラが保証してやる』
(……何を根拠に)
自分に期待を抱かせるようなレッドの言葉に対し反射的に否定を唱えようとして、途切れる。
それは最期まで自分を愛し、気にかけてくれていた義父でさえ言ってくれなかった言葉だった。
義父が教えてくれたのは、力不足な己の力量を正確に見極め、受け入れ、折り合いを付けて生きていく事だった。自分で自分を傷つけないよう、自身を過信し期待し過ぎない様にするという、自己防衛の手段だ。
周囲からだけなく自身でその存在価値を日毎削っていくような中で、終ぞ誰も、自分でさえ掛けなかった励ましの言葉を、レッドはただ何の気負いも無しにウィルに言ったのだ。
『根拠ならこれからいくらでも見せてやるよ。だから気を取り直してお前を食おうとした連中を、逆にさっさと食い返してやりにいこうぜ?』
相も変わらず頭の中に響く能天気な声。その声を聞けば聞くほどに鬱屈していた自分の精神が救われていくような気がしてウィルは泣きたくなりそうな気持ちになる。
一方でたったそれだけの事で自分というものが容易に動かされてしまった事に、自分自身が酷く単純で簡単にレッドの手の平の上で踊らさているような錯覚に気恥ずかしさと多少の苛立ち混じった感情も湧いてきて、生まれてこの方感じた事の無い感覚に陥った。
(…………)
『ん? どしたん?』
(いや、何というか……やっぱりお前って人をムカつかせるの上手なんだな)
『チョイ待て!? どうしてそうなるんだよ!? オイラ今、結構良い事言っていたはずだよな!?』
励ましていたはずの対象からの理不尽な物言いに、レッドの叫びがウィルの脳内で反響するのだった。
理性的なようで、色々拗らせヤンヤンなウィル少年。
彼と一体化したレッドにしてみれば、若い割にはクレバーで現実に則した話が通じる一方で、物事をとことん悲観的に捉えて『最良の可能性』を挑戦する前に自ら諦めて捨ててしまう困った少年であるウィル。
埋没した遺跡の中で見つけた共生対象となり得る少年に、これ幸いとパッと同化した事を少し早まったと思ったり思わなかったり。
ウィルが上昇志向を持ってくれなきゃ同化したレッドも苦労し続ける羽目になるので、これからも彼のカウンセリングに四苦八苦しながら、ウィルを取り巻く環境改善の為に働きかけていくと思われます。
2018年1月18日。文章を少し簡素化しました。




