一網打尽
次週から定期更新予定は土曜日にズラす事に決めましたので、お知らせさせて頂きます。
不可解な事ばかりだが、それについて考査するだけの余裕は今のウィルには無かった。
狭い廊下ものともせずにオークスケルトンの巨体が接近してきて、見ているだけで潰されそうになる。
背後には逃げ道など存在せず、後退し続ければあっという間に廊下の突き当たりに追い込まれてしまう。
なのでどう考えても無謀だったが、この巨大な骸骨戦士に挑みかかる以外に選択の余地が無かった。
スケルトンになったオークは、余計な肉体が無くなった分動きは軽妙であり、また体を省みない無茶苦茶な怪力で大鉈を振り回してくる。
その風切り音だけで背筋に寒気が走る程の脅威さを感じさせる。
だが、逆に言えばそれだけであり、動き自体は生前そのままの大振りなものなので回避や隙を見て懐に潜り込むのは、実はそれほど難しい事ではない。
問題はその後である。
(ダメか!)
何度か懐に入り込んでヒト型スケルトンから奪った剣で斬りつけてみるものの、歯が立たない。
ただでさえ骨に刃は通りにくいのに、頑丈なオークのソレにボロの剣では弾かれて、その刃が欠けるだけだ。
(やっぱり金棒じゃないと……!)
重量級の武器は機動性が皆無で使いにくいと思っていたが、当てれば容易く損傷を与えられていた事を鑑みると存外に楽な得物だった事をウィルは痛感していた。
その金棒は原型は保っているが壊れかけで、この巨漢を打ち砕く程の一撃に耐えられるかどうかかなり怪しい。
そうなれば、懐に飛び込んだままほぼ無手の状態となってしまう。
外したら即死、と言うほどではないが中々に危険の大きい賭けであった。
(とはいえ、このままじゃ絶対に死ぬ)
やらなきゃどうにもない。
使い物にならなくなった剣を苦し紛れに投げつける。
そのままオークスケルトンの頭に当たるが、相手は特に意に介する事なくウィルへの攻撃を続ける。
(無反応かよ)
元より期待していなかったとはいえ、無力感に襲われて嫌な気分になる。
気を取り直し、金棒の柄に手を這わせ再びオークスケルトンの懐へアプローチを掛ける。
振り回される大鉈の軌跡を目で追いつつ、機会を見計らって飛び込み、横殴りに金棒を叩きつけた。
「……くそっ!」
叩きつけた途端、いつもの手応えを感じる前に渇いた破砕音を立てて金棒が完全に折れてしまう。
当然、オークスケルトンは無傷。
賭けは、負け。
そして負けた以上、相応の代償が持っていかれる。
すぐにそこから脱出しようとするも、それよりも先にオークスケルトンが動く。
いや、正確にはオークスケルトンが動いたのではなく、ソレは蠢いた。
先日ウィルが破壊した方とは反対側、肋骨としての形を保っていた骨々が独立した生物のように鎌首を持ち上げた。
「っ!?」
『なに!?』
直後、肌を刺すような、あの危険を報せる感覚に襲われ、オークスケルトンの肋骨がバラバラに伸長して、槍のように尖った先端がウィルへと撃ち出された。
咄嗟に身を捩って回避しようとするも、さすがに距離が近過ぎてかわしきれず、横っ腹と片大腿が貫かれる。
「~~~~っ!」
走る激痛に、思わず声にならない悲鳴が漏れる。
そこへ更にあの大鉈が叩き込まれる。
串刺し状態で身動きが取れなかったウィルができた事は、手にしていた折れて使い物にならなくなった金棒で受けるだけ。
その防御はほぼ一刀両断だけは回避したというだけで、ウィルの体は大岩が直撃したような衝撃で吹き飛ばされ、廊下の壁を突き破ってその先にあったとある一室まで転がされた。
『ウィル!』
「……うるさい。そんなに叫ばなくても聞こえてるよ……」
なんとか立ち上がろうとするものの、脚に力が入らず、中々立てない。
「レッド。俺の体、どうなってる……?」
『えっと……刺されたところの傷はどっちも深いけど、かろうじて重要な血管やら内臓は外れてるから大丈夫。ただ、あばらが三本逝ってて他の骨も結構な部分ヒビ入ってる』
なるほど。つまるところあのオークスケルトンには見事に意趣返しされてしまったという事か。
外傷部分は自分が止血するから出血で命に関わる事はないとレッドは言った。
『あと、ふとももの方は筋肉へのダメージが結構デカイから、歩くだけならともかく走るのは無理だと思う……』
「そうか……それにしてもさっきのは一体なんだったんだ?」
あんな風に体の一部が独立した生物のように動き、武器のように変形して襲ってくるなど、スケルトンに限らず聞いた事がない。
強いて言うなら動き自体は触手を持つ魔物に特徴は酷似していたが、直前に斬り付けていたウィルの手応えからしてどう考えても普通の骨のはずだった。
完全に意識の外からの攻撃で、危険察知自体はできていたが回避は全然できなかった。
『オイラも知らん。というか、リッチが率いるスケルトンの群れと仮定したとしても、想定外の事が多過ぎる』
異常な事ばかりでお手上げ状態だとレッドが嘆く。
「異常な事ばかり……あーもう。昨日からずっとそんなんだな」
悪態をつきつつよろめきながら立ち上がる。壁に叩きつけられた時の衝撃で肩の傷口も開いてしまったらしく、ズクンズクンと痛み、嫌でも呼吸が乱れる。
止血だけはレッドが頑張ってくれているのか、特に包帯に異常はない。
『言っておくけど、オイラの止血は応急処置だかんな? あんまり無理して傷口広げられたらさすがに追っつかなくなる』
「分かったけど、別にしたくて無茶してるわけじゃないからな……」
避けられるものなら避けていてる。
「それより、ここは?」
周囲を確認すると、見覚えがあった。
最初にこの建物を調べていた時に見つけた部屋の一つで、ここも食糧庫だった。
いくつも棚が並んでいて、更にそこには中身の詰まった麻袋が所狭しと並べられていて、全部引き摺り出すにはかなりの労苦が必要そうだった為、バリケードの材料としては諦めていたものだ。
ユウを閉じ込めた地下室は樽が置かれていて液体系を保存していたようだったが、ここは麻袋で管理するものを中心に置く場所だったらしく、少し確認したところ豆や塩と思しきものばかりだった。
大半がカビに覆われていたり、腐敗が進みすぎて原型を留めていなかったが。
そうこうしているうちに先程ウィルが通った(開いた)穴を押し広げるようにしてオークスケルトンが部屋に入ってきた。
アンデットなので当たり前なのだが、生気の無いその姿からは感情らしいものは一切見て取れないが、ウィルに対する殺意は漲っているようであった。
「アンデットの癖にやる気満々だな……」
『どうする? 打開策なんて本当になんも思いつかないんだが』
レッドの声にあまり力が入っていない。おそらく今、本当にどうしようもない状況なのだろう。
ウィル自身、今の窮状を打破するアテなんて欠片も無い。
けれども。
「どうするも何も――」
オークスケルトンが突撃してくる。
「――生き延びてみせる、よっ!」
それをギリギリまで引き付けて、ウィルは横っ飛びに避け――ようとしたけれど、痛みで脚が引き攣って無様に転がる。
回避自体は成功して、大鉈は空振りしてウィルの背後にあった棚を叩き割った。
置いてあった袋も引き裂いて、中から大量の中身が――豆の類だろう――ザラザラと音を立てて零れた。
「少しでもっ! 長くっ!」
言う事を聞かない脚を叩いて無理矢理立たせて、そこから少しでも距離を取ろうと足を引き摺る。
すぐにオークスケルトンが追いすがってくる。
「死んで、たまるかっ!」
追撃を阻む為に、すぐ傍に有った棚を引き倒す。
棚はオークスケルトンに直撃するが、やはりダメージは無さそうだ。
先程と同じように棚にあった袋が破けて中身が露出する。
サラサラと砂のような音を立てて、白い煙が上がる。小麦粉だろうか?
『! ウィル! この辺の棚全部倒せ!』
「……? 分かった」
レッドの声に力が戻った。
何か思いついたらしい。
何をしようとしているのか見当も付かないが、今更レッドにそれを問う必要は、意味は無いだろう。
遮二無二にその辺の棚を倒すと、壊れて載っていた袋が破けて甘ったるい匂いを放ちつつ、中身が吹き出した。
『粉物が入ってる袋、片っ端からアイツの顔面目掛けて投げつけてやれ!』
簡単に言ってくれるレッドだったが、中身がぎっしり詰まった袋はかなり重い。平時ならともかく、今の体では先程自分でするなと言った無茶な事だ。
けど、それでもやれというのだから、それをする必要があるのだろう。
「りょーかい」
床に転がった麻袋を引っ掴むと、勢いをつけて投げ飛ばす。
途端、ケガを負った所を中心に全身に痛みが走り、ぐっと思わず苦悶の声が喉の奥から漏れ出た。
『ウィル』
「……必要なんだろ?」
なら、やりきる。
ここを切り抜けられるというなら、どんな痛みでも死ななきゃ安いものだ。
目につく麻袋を片っ端から掴んで、オークスケルトンへ投げつける。
重量はあるからか、さっき投げた剣に比べれば相手は少し怯んだ。
だけどあくまで多少というだけで、前進を阻止できるわけでもないし、勿論ダメージが入ってるようにも見えない。
むしろ、舞い上がった粉塵で暗い視界が更に悪化し、加えて息をするのも躊躇うくらいで、こっちの状態を悪くしてるようにすら感じる。
レッドの止血が間に合わなくなってきたのか、傷口からの出血も酷くなる。肩に巻かれていた包帯も、いつの間にか赤く染まっていた。
「これが最後……!」
やがて、周囲の床に投げられる麻袋が尽きた時、体力もいよいよ限界を迎えたらしく、脚に力が入らなくなってカクンと膝が地面についた。
オークスケルトンは、特に変化はない。
ウィルの限界を悟ったのか、歩を緩めて悠然と近付いてきている。
もし表情があるならば、今はさぞ下卑た笑みを浮かべている事だろう。
『最後の賭けだ。お前の親父さんの形見、あの魔剣を起動してみろ』
レッドからの指示は続いていたが、最後の最後で不可能なオーダーが出される。
(魔力もないのに、どうやって? それにこの場所じゃ魔法は……)
『魔力ならあるだろ。鉱竜の魔晶石。それに、オイラの考えが正しければ魔法じゃなくて魔道具だから使えるはずだ』
魔法も魔道具も同じじゃないか? と思ったが、既にその問答をする時間も惜しいくらいに状況は差し迫っていた。
『急げ!』
(言われなくても!)
懐から形見のナイフと鉱竜の魔晶石を取り出し、両方合わせて強く握り込む。
(これでアイツがやったみたいに刃が伸びるはず――)
その瞬間、目の前が閃光に包まれたかと思うと、全身に衝撃が走ってウィルの意識が一瞬で刈り取られた。
次に気が付いた時、ウィルの視界には散乱した瓦礫の山が映り、全身あらゆる所からの痛みによって目が覚めた。
どこかの壁を背にもたれ掛かっているみたいで、体にうまく力が入らない。
(……あ? なに、これ?)
『起きたか。せっかくだからもう少し寝て休んでとけば良かったのに』
頭の中に聞き慣れた声が響いて、少しの安心と、何が起きているのか把握しているからか落ち着き払ったその様子に若干の苛立ちを覚えた。
(……レッド?)
『そう怖い顔すんなって。何が起きたかちゃんと説明するから。とりあえず今の状況だけど、一応あのオークスケルトンはどうにかできたぞ』
それが本当なら喜ばしい事だが、にわかに信じがたい。
(どうやって?)
『えっとな、ウィルは“粉塵爆発”って知ってるか?』
知らなかったけれど、その語感から何が起こったのかウィルは大体察した。
『とりあえずその爆発でオークスケルトンは吹っ飛んで、ついでにこの建物も破壊した時の破片でここに侵入してきた他のスケルトン達も一網打尽にできたっぽいな』
周囲を見ると、見覚えのある材質の瓦礫と、骨が散らばっていた。
粉塵というからには、おそらく直前で撒き散らしていた麻袋の中身が原因でこんな惨状を生み出したのだろうが、あんな事をするだけでこれほどの爆発が起こるというのは不思議な話だ。
(なるほど……その一網の中に俺も入ってる点以外は理想的な結果だな)
『そう言うな。オイラだってこんな一か八かな賭けしたくなかったわ』
レッド曰く、かなりギリギリだったらしい。
『粉塵爆発の原理は知ってたけど、実際に起こった所なんか見たこと無かったから成功するかどうか怪しかったし、点火に使った親父さんの形見の魔剣も、魔晶石に残った魔力で動くかどうか微妙だった。うまく爆発が起きてもあの骨共を倒せるのかも未知数で、ぶっちゃけウィルが死ぬ可能性も十分あったから、結果だけで言うならかなり良い方だと思う』
(……かなり危うかったんだな俺)
自分は大分運が良かったんだなと一瞬思ったウィルだったが、よくよく考えてみれば運が良ければそもそもこんな目には遭ってないはずなので、不幸中の幸いと言った方が正確か。
その幸いも、元々ボロボロだったところに更に爆発をモロに喰らってと、なかなか悲惨で泣けてくるが。
『とにかく最悪な状況からは一応切り抜けられたんだから、ちょっと休んでおけ。増えた出血も今さっきようやっとの事でまた止めれたけど、体力的にはもう限界一歩手前くらいだからな』
(また自食作用はできないのか?)
『できなくはないけど、アレは要は体力の前借りするだけからな。下手な事するより現状維持に努めた方がまだ長く動けると思う』
少なくともこの後の見通しが立たないと動くべきじゃないと言われる。
『体力補充する食料確保のアテ、数は減らしたはずだがまだまだ残っているだろうスケルトン共の処理手段、床下に閉じ込めたあの子をどうするか、考えなきなゃならん事が山積みだ』
レッドに今ある問題点を並べ立てられると、状況が全然良くなっていない事がよくわかる。
むしろ、怪我を負った分だけ悪くなっているか。
(……何やってんだろ俺)
カッとなって、嫌いな奴を助けようとして、それで死にかけて。
なんとか死ぬのは避けたけど、こんなにボロボロになって。
散々アイツの事を馬鹿だと言っておきながら、これじゃ自分の方がよっぽど大馬鹿者――。
『反省するのは結構だけど、それで自分を貶めるなよ』
ウィルの思考を把握できるレッドにピシャリと注意された。
『言うまでもないがお前の体は今かなり弱ってる。そういう時は思考が悪い方向に働きやすい。そんでそういう事を考えてると不思議と体の方にも悪影響が出るもんだ』
(……そうは言うけど)
この状況で他にどうやって気を紛らわせればいいのか?
さっきまでは目の前の事に集中していれば良かったが、こうしていざ休息の時が訪れたら、考え事をする以外無いではないか?
『だーかーら! どうせ考え事するなら何か良いことでも考えろって話だ』
(……良いこと?)
『そうだ。例えば、この件終わったらあの鳥殺しを干したものをたらふく食べるとかさ』
なるほど。それならたしかに少しは気分が上向きそう――。
(……いや、駄目だ)
『は? なんで? 好きなんだろアレ?』
(アレは好きなんだけど、同時にあの馬鹿の顔が浮かんできて気分が……)
『えぇ……一応、現在進行形で助けようとしている相手なんだろ? こんなに体張っておいて今さらそんな事言うんか?』
だから、自分は自分で考えていた以上に馬鹿だったのではないか、と落ち込んでいるのではないか。
そんな感じで自己嫌悪に陥っているウィルだったが、そんな風に自らを省みる時間も長くはなかった。
――ズン。
と、体の奥に刺さるような地鳴りが唐突に響いた。
「……今度は、なんだ?」
『さあな……ロクでもなさそうなのは確かだが』
地鳴りは徐々に大きくなる。
ウィルは、つい最近似たような感覚があった事を思い出していた。
「……なんか、鉱竜に突進された時みたいな揺れ方な気がする」
『あー、なるほど。たしかにそうだな』
フッと周囲が暗くなる。夜とはいえ月明かりはあったので、視界はまだ確保されていたはずなのだが。
嫌な予感というか、ほぼ確信に近いものを覚えつつ視線を空へ向ける。
そこに在ったのは、月明かりを遮る巨大な頭骨。
形状としては異形で、少なくともさっきまで散々見ていたヒトやオーク、獣の類ではない。
もっと言えば、直前に想起させた鉱竜のような竜とも違う。
文字通り、化物としか言いようがない、正体不明な巨大生物のスケルトンだ。
「……まさかとは思うけど、これがリッチとか?」
『いや、親玉としての風格はバッチリだけど、リッチはヒト型だから……』
一つ確かなのは、眼球が存在しない二つの窪みをしっかりウィルに向けられていて、明らかに捉えられているという事だ。
――見られている。
(今度はコレをどうにかしろってか? 勘弁してくれ……)
既に体力も、武器もない。
この状態で今からこの大物を相手をするというのは、さすがに不可能だ。
自らの生を諦めるつもりもないが、完全に万策尽きていた。
どうにもならない無力感に襲われていると、化物の口が開いた。
『ずいぶんと暴れてくれたな』
割りとよくある粉塵爆発による事態打開。(なお主人公も被害に遭う模様)
そろそろウィルをいじめるのを切り上げようと思いますので、次々回くらいで一連の戦闘を終結させる予定です。




