光明はあれど希望にはならず
戦闘に突入して一時間。
スケルトン達の迎撃は想定していたよりもずっと簡単で、しかしかなり苦しいものだった。
やること自体は至って単純で、スケルトン達がバリケードを乗り越えてきたところのタイミングを見計らって、鬼の金棒で薙ぎ払う。ただそれだけだ。
まだ肩の傷が完治していないので後手に回る事もあるが、その時は蹴り飛ばしてしまえば問題なかった。スケルトン達は軽いので、バリケードの向こう側にまで吹っ飛ばすのもそう難しくはない。うまくいけばその一撃で倒せる事もある。
加えて脆いので金棒で殴ってしまえば全身の骨は容易にバラバラにできる。簡単に倒せる。
だが、脆すぎるが故に金棒の大振りでは衝撃を伝えきれず、骨一本一本の破壊までには至らない。
レッドが言っていたアンデット特有の復活を防止するには、折を見てバラバラになった骨を踏みつけるなりして破壊せねばならず、これが地味に力の要る作業で、骨が折れるのはウィルなのかスケルトンなのか、よく分からない。
また、一体ずつ倒すのは順調でもその数は多く、終わりが全く見えてこない。
倒した数は既にウィルが事前に視認していた二十、三十は余裕で超えている。当初は見ただけで厳しいと思われた数だったが、事が始まれば呆気なく消化できてしまった。
にもかかわらず、この建物に入り込んでくるスケルトンが途切れる気配がない。
「多すぎっ……!」
スケルトンを廊下の壁に叩きつけながら悪態をつく。
ゴブリン達の奇襲を受けた時よりも敵の数や質は上回っていたが、それでも保っているのはレッドが直前になって指示した廊下に立て籠る態勢のおかげだ。
が、それでも際限無く襲ってくるスケルトンの相手をしなければならない現実は変わらず、休憩どころか一瞬でも気の抜けない状況が続きジリジリと体力や精神力が削られていく一方だ。
「スケルトンってゴブリン達より少ないとか言ってなかったっけ!?」
『んな事言ってねえよ。オイラは無制限に殖えないと言っただけだ。つか、スケルトン達の総数は分かんないんだから覚悟しとけって言ったはずだぞ?』
だから見通しが甘いと言っただろ? とレッドの呆れた声が頭に響く。
「ああ、それはもう嫌と言うほど思い知ってるよ! 後で反省でもなんでもするから、今この状況どうにかする方法なんか思い付かないのか!?」
『そう簡単に思い付いてたら嫌味なんか言わねえよ……』
ため息混じりにボヤくレッドだが、一つ気付いた事があると言ってくる。
『あのスケルトン達、妙に統率が取れているんだよな』
この建物になだれ込んできたスケルトン達だったが、ウィルが立て籠って迎撃している廊下には無秩序に突撃してくるわけではなかった。
廊下の幅を見て、充分に剣や槍を振り回せる空間を確保できるよう、一度に突撃してくるのを一体から二体に絞ってバリケードを乗り越えて来るのだ。
他の大多数は、大人しく待機とまではいかないがある程度列を作って、ウィルがスケルトンを倒す度に順次先頭が新たに突撃してくるのだ。
「そう言われれば……でも、それに何の問題が?」
理由は分からないがこっちが処理しやすいなら良いのではと思うが、レッドは『そんな単純な話じゃない』と苦々しく答える。
『たしかにスケルトン達を処理しやすいのは一見こっちにとって良いように思えるが、こっちは有限の体力で向こうの圧倒的な物量を迎え撃たなきゃならないんだ。厳しくても向こうが数押しで強引に突っ込んできてくれた方がまだ勝算が出るんよ』
こちらはただでさえ足りないスタミナなのだから、僅かでも少ない消費・短い時間でより多くのスケルトンを処理しないと希望が出てこない。
苦しくてもスケルトン達が多少強引に突っ込んできてもらった方がまとめて薙ぎ倒せて効率的なのだが、このままだと十中八九先にウィルのスタミナが切れておしまいになってしまう。
「……もしかして詰んでる?」
『もしかしなくてもウィルがあの子助けるのを選択した時点でほぼ詰んでるんだよ。それが想定外の要素で更に絶望的になってるだけ』
レッドは頭が痛いと言わんばかりに唸り声をあげる。
その間も次のスケルトン達か突撃してきたので、横薙ぎに金棒を振るって蹴散らす。
この重い金棒を振り回し続けるのも中々しんどいのだが、剣等と違って当たりさえすれば相手は即座に沈黙してくれるのはありがたい。
『さっきも言ったけどよ、そもそもスケルトンが、アンデットが自分の損害を考えて動く事自体ありえないんだよ』
アンデットは通常の魔物や魔獣と違って一般的な生物とはかけ離れた特徴を示す。
その一つが自己維持と負荷無視という矛盾した行動原理が両立している事で、自分達が動ける状態を維持する為に生物を襲うのだが、同時にその為に体が損壊する事を意に介さず動くのだ。
「そうは言ったって現にこうして行儀よく並んで突っ込んできてるんだけど?」
『そう。だから多分こいつら束ねてる頭が居るはずなんだよ』
スケルトン達を束ねる頭? それはつまり、いわゆる“リッチ”というやつが居るという事だろうか?
『多分な。そうじゃないとこの統率された行動に説明がつかない』
リッチは平たく言えばアンデットの上位種だ。
一般的には長期の存在維持に成功したゾンビやスケルトンが至る存在で、周辺の下級アンデットを下僕として使役できる他、生前以上の魔力を持つ事で知られる。
リッチに率いられたアンデットの群れは人間からは災害とみなされる程で、一般冒険者では手に負えず、軍隊が動員される事も珍しくないという。
「なんか、時間が経てば経つ程厄介な可能性しか出てこないな……」
『いや、たしかに厄介だが、これに関してはオイラ達にとっては悪い事ばかりじゃない。なにせリッチさえ倒せば相手にしなきゃいけないアンデットの数は激減するからな』
リッチさえ倒してしまえば襲ってくるのはその近場にいる個体のみとなり、倒さなきゃいけない数はその群れの四分の一程になるはずだとレッドが言う。
『リッチは単体なら鉱竜よりも弱い。なんとかなりそうだろ?』
「それは良い話だな! で? どうやってその親玉リッチを見つけ出すというか、探しにいくんだ?」
現状この場に釘付けなので、敵の親玉すら探しに行くことすら叶わない。
『まあ、無理だな。とりあえずひたすら耐えて向こうが痺れを切らして御大将自らお出ましになるのを期待するしかない』
結局ダメなんじゃないか。
せっかくの僅かに差した光明なのに示した当人から秒でその芽を摘み取られるという、なんとも意地の悪い話である
『せいぜい派手に暴れて埒が明かないと思った向こうに出てきてもらう事を祈るしかないな』
「つまりやる事は変わらないのか」
『まだ可能性が出てきただけマシだと思うぞ? 正直なところ、この戦闘が開始するまで逃げる以外何も思いつかなかったからな』
そもそも戦う事自体が愚策だと言われ、同じ教えを言っていた義父の顔がふと脳裏に過ぎる。
思えば、今のウィルは義父と同じ事をしていた。
足手まといを庇うことに身体を張り、命を懸けていた。
こんな事を、あの人はずっと一人でしていたのか、と。
そんな余所事に思考が取られたせい、というわけではないはずだが、どういうわけか一瞬だけ集中が途切れたタイミングでスケルトン達の攻勢に異変が起きた。
ずっとヒト型のスケルトンが長々と列を作っていたのだが、人外の骨格がそこに混じり始めたのだ。
「っ!」
四足歩行で、体高からしておそらくイノシシかオオカミだろうと思われる骨が、ヒト型とは比べ物にならない速度で突っ込んでくる。
ヒト型はよじ登るのに手間取っていたバリケードも、四足歩行の安定性を活かして苦も無く通過し、ほぼ減速なしだ。
ヒト型と同じようにタイミングを見計らって金棒を振るうも、素早くステップを踏まれ回避される。
かなり鋭い身のこなしで、自らに掛かる負担が殺しきれなかったのか、脚の先の骨が取れ、そのまま転倒して動かなくなる。
マヌケにも自爆して沈黙する動物型スケルトンだったが、そのシュールな光景に反してウィルの背に冷や汗が滲んだ。
(マズイ……一体だけならまだしも、こんなのが急に増えたら……!)
直感的に覚えたその危惧は、程なくして現実になる。
当初、突撃してくる二体ずつのスケルトン、その両方が動物型に切り替わった。
急に相手の移動速度や平均的な体高が変わったので危うくなったが、慣れてしまえばなんとか対応できた。
が、動物型二体同時の処理が安定しかけた矢先、今度はヒト型と動物型の組み合わせで突撃してくるようになる。
これが決定的だった。
速度も違えば体高も違う。通常ならばそんな二つの存在が連携を組んで襲ってくる事などありえない。何故なら足並みが揃わないと結局一対一を繰り返すのと変わらず、簡単に各個撃破されてしまうからだ。
例外としては一部召喚魔法の使い手は自らが召喚した異種族と連携を組むが、それも結局一方が一方に合わせるから上手く行くのだ。そうでなければどうあっても無理が出てくる。
ところが、このヒト型と動物型のスケルトンペアは、どちらもそれぞれが全力で動いているのにも関わらず、絶妙な連携で攻撃を仕掛けてくるのだ。
それぞれ攻撃の速度・高さ・角度・強度が違い、タイミングが悉くずらされるので酷く見切りにくい。
背の高いヒト型を注視すれば視界から外れた動物型の素早い動きが捕捉しきれないし、かと言って動物型に意識を割けばより致命的な武器による一撃を行ってくるヒト型の後手に回らざるを得なくなる。
加えて、金棒の大振りで一気に倒そうとすれば動物型に躱され、ならばと動物型を先に仕留めようと振りを小さくすればヒト型に間合いを詰められてしまう。
一応こちらの防御・回避に関しては直前で察知できるのでなんとか捌けるのだが、こちらから反撃する機会は完全に失われてしまった。
結果、元々追い込まれていたとはいえ一応は迎撃の態勢は作れていたものが、一気に崩れて防戦一方となってしまう。
「ぐっ……!」
ウィルは元々、数押しの敵は苦手だ。
とはいえ、怒りに囚われて多少判断力を鈍らせていたものの、苦戦する事は承知の上で覚悟を決めて臨んだ。
だが、しかし、上位個体に率いられた魔物の群れがここまで厄介という事を知らずに決断したのは、早計だったことには間違いなかった。
(くそ! やっとこの金棒の重さにも慣れてきたのに……!)
手にしている得物は相変わらずの重量だったが、この終わりの見えない抗戦の中で段々と振り回すのが苦では無くなっていた。
あのままスケルトン達がヒト型のみで襲ってくるのだったらもう少しだけ余裕があったのに――そう思ったウィルだったが、それすら自らの破滅への予兆であったことを思い知らされる事になる。
『金棒が軽く……? ちょっと待てヤバい!』
「えっ!?」
『金棒の耐久性が限界に近付いてる! このままじゃ使い物にならなくなるぞ!』
レッドからの警告を聞いた途端、これまでいくら雑に扱っても傷一つ付かなかった金棒が、その突起の一つがポロリと欠けた。
得物に優しくなかったツケがここで回る
まだもう少し追い込めそうなので、これからもっとウィルを追い込みます。




