自称ゴーレムなスライム
概要:ゴーレム(スライム)が仲間(寄生)になります。
(は? はあ?)
『ああ。よかったまだ生きてる。オイラはレッドっていうんだ。見た目スライムっぽいけど、こう見えてゴーレムだから。そこんところよろしくな~』
頭の中に響く能天気な男の声に、ウィルの脳内が困惑で溢れかえる。
『おまえは何て言うんだ?』
「……いうあ」
ウィルだ。
と、困惑したまま素直に答えようとするも、舌が回らずうまく発音できない。
思っていた以上に身体が衰弱している事に愕然としていると、レッドと名乗ったゴーレム(?)が首を傾げるようにふにょんと身体が傾斜する。
『へえウィルっていうんか。なんか死に掛けてるみたいだけど何があったんだ?』
話せなかったのに自分の意思が伝わった事にウィルが驚いていると、その驚きに反応するようにレッドが『ん? あ~』と説明を始める。
『今お前の脳みそにオイラの体で作った神経を直接繋いでいるんよ。だから喋んなくてもお前の考えた事が伝わるし、オイラの考えた事がお前にも分かるんだ。……あ、心配しなくてもお前の体には害が無いから。あったとしてもせいぜい今オイラがお前の身体を乗っ取れる状態だってことくらいだから』
(滅茶苦茶害あるじゃねえか!?)
心の中で思わずツッコミを入れると『そうそう。そんな調子で心の中で喋ってくれた方がオイラも分かりやすいわ』と、そのアホ面が容易に想像できるようなヘラヘラとした口調で笑う。
『心配しなくても今のウィルの状態だとすぐには乗っ取れないから安心しろよ』
(いや、乗っ取りだなんて物騒な言葉聞かされた直後に安心なんてできるか!)
『いやいや、本当に今のオイラには無理なんよ。体はともかく、ウィルの精神って頑丈なのな。割と命が危険な状態なのに、全然恐がったり、絶望していない。これじゃあオイラが強引に入る隙間なんてないんよ』
本当に不思議そうなレッドの指摘だが、ウィルの方も何言っているんだコイツ? と思う。たしかにここ数年いつ死んでもおかしくないような日常が続いたものだから恐怖などの感情がマヒしている可能性は否めないが、希望なんて何一つ感じていない絶望状態であると、ウィル自身そう考えている。
しかしレッドは。
『でも全然ヤケクソになってないじゃん? 感情に任せて泣いてもいなければ、自分の身の不幸を呪ってもいない。普通なら鼻水だらけで泣きわめいて、恨み言オンパレードな呪詛を唱えながら死んでいっても全然おかしくないだろ? 特にお前みたいな子供なら尚更じゃんか』
(子供? 俺が?)
『あれ? まだ十五いかないくらいだと思ったんだけど、違ったか?』
違わない。確かにウィルの年齢は約十三歳だが、街などではこれくらいの年ぐらいから独り立ちする人間は少なくなく、子ども扱いされる事はない。
現にウィルも直近で人と会った時に子供扱いは既にされていなかった記憶がある。
『もしかして今成人年齢下がってんのか? あー、じゃあ子供扱いするのはまずかったか? すまん。馬鹿にしたとか、そういうんじゃないから勘弁な~』
相変わらず軽い調子の口調だったが、直接繋がっているというのは本当らしく、レッドが本気で申し訳ないと思っているのがウィルにも分かった。
それは義父が死んでから以降、ほぼ人の悪意しか受けてこなかったウィルにとっては久しく向けられていない感情であり、決して不快なものではなく、むしろ好意的にすら受け取れるものだった。
また、身動き一つ取れない状態で“どうにでもなれ”と腹が決まっている事、自身を排他対象とした同じ人間相手ではなく、妙にフランクな自称ゴーレムなスライムであったの事も、ウィルの警戒心を解いた要因と言えよう。
(…………いや、別に)
先程まで抱いていたはずの強い警戒心があっけなく絆されている事に気付かず、いつの間にかウィルはかつての義父と同じように、“普通の会話相手”の範疇に、この異形を含めていた。
(小さい時から、普通の子供として扱われる事が無かったから戸惑っただけだよ。そんな素直に気遣われる事も無かったから妙な気分なんだけど、でも、悪い気はしない)
『そうなのか? ならいいんだけどさ……でも、やっぱりウィルのそーいう所って年不相応だよな。思春期っぽくないっていうかさ』
レッド曰く、ウィルは見かけよりも大人びている。いや、そんな表現では生温く、達観、悟りを開いている、老成している、そんな印象がするのだという。
(さすがに老成しているまで言われるのはムカつくものがあるけど……まあ、同年代に比べたら苦労としている自覚はあるよ)
『今死に掛けているのも、その“苦労”が原因か?』
(まあ、そんなところだよ)
他にする事もないという事もあってか、ウィルは自分の過去を次々とレッドに教えていった。ロクな思い出は無く、中には苦痛でしかない記憶もあったが、それでも回想が止まる事は無い。
ウィル自身どうしてこんなことをしているのだろうと疑問に思わなくはない。
レッドは落ち着いていると言っていた自分の精神状態だが、やはりどこか自暴自棄になっているのではないだろうか? と思わなくもなかった。
粗方ウィルが自分語りを終えると、先程まで穏やかだったレッドの思念に険しさの色が滲んだ。
『……ふーん。今そんなことになってんのか』
(レッド?)
『ウィル。確認するけど、今この建物は遺跡になっているのか?』
(他の遺跡を見たことが無いから分からないけど、こんな場所を他になんて説明すれば良いか知らない)
『ふむ……非常用の施設維持装置が起動した形跡もないという事は……そして外では魔力持ちが異常に優遇……』
レッドの断片的な思考がウィルに流れてくる。
一体何を考えているのか魔力絡みの事に関して素人であるウィルにはさっぱり分からないが、とても高度な知能は感じられた。
見た目は低級魔物であるスライムだが、本人が言うように高度な魔道具の代表格であるゴーレムなのかもしれない。
『……よし。なあウィルもう一つ聞いていいか?』
(なんだ?)
『ここから生きて出られる方法があるってオイラが言ったら、どうする?』
(? 教えて欲しいに決まってるけど?)
何を当たり前のことをと思っていると、レッドが念を押すように言葉を重ねる。
『本当にそう思ってるのか? さっき教えてもらったお前の生い立ちを聞く限り、ここでこのまま朽ち果てるっていうのも一つの選択じゃないのか? 生きる意味なんて感じた事ないんだろ? オイラが感じるに、お前は死に対しても恐怖を抱いていない。だからこんな状況を落ち着いて受け入れているんだろ?』
(怖くないわけじゃない。死にそうな経験何度もしてるから慣れてるだけ、だと思う。死ぬのは嫌だ。生きるのが辛くて死にたいって、死んだ方がマシって何度も考えた事はあるけど、本当に心の底から死ぬのを望んだ事はない)
ウィルにとっては生きる事に何の期待もない。
自分の人生に価値なんてあるなんて思ったことは一度も無いのだから。生きる意味なんて、考えた事すらない。
けれど死ぬのは嫌なのだ。絶対に、何が何でも生きていきたいのだ。
そこに崇高な目標も、大いなる野望なんてものはない。
ただいつも体の、心の奥から沸き上がる欲求、衝動。
それだけがウィルの生きようとする動機であり、そこに理屈はない。
そう伝えると、レッドは少し困ったようだった。
『まるで獣だな。まあ、これまでの境遇とお前の魔力の性質を考えたら仕方ないのだけども……』
(は? 俺の魔力? 何を言って――)
『おっと。ここから先は有料だぞ。ウィルにはオイラの要求を呑んでもらう』
(要求?)
『代わりにお前という人間の使い方を補助輪付きで教えてやんよ。そうすりゃここから出る事も、出た後の生活もかなり楽になるぜ?』
自分は呪い子で、魔力なんて持ってないぞと反論しようするが、それを遮り更にいきなり“要求”なんて言い出した目の前の人外にウィルは怪訝に思う。
けれど、レッドからはウィルがこれまでに向けられてきた、あらゆる生物からの悪意といっても良い様な不快なものは感じられない。
むしろ、義父を思い出させるような懐かしさ――気遣い、あるいは好意的なもののような、居心地の良さすら覚えるものさえある。
だからであろうか、慎重なウィルにしては、さほど抵抗感もなくすんなりと腹は決まった。
『いいかちゃんと聞けよ? オイラの要求は――』
(分かった。要求を呑もう)
『――は? いやいやいや!? だからちゃんと聞けって! まだオイラ何も言ってないぞ!?』
(どの道今の俺に選択肢はないから。少しでも助かる道があるなら意地でもしがみつくだけだよ)
実際現実的に考えてウィルの独力ではもう手の打ちようがないのだ。
実はレッドが悪魔でこれが多大な代償を払う契約になるのだとしても、死んで全部パアになる事に比べれば大抵の事は受け入れるし、どんなに分の悪い大博打でもノって見せる所存だった。
『いやでも……こう、例えば、オイラがとんでもない要求してくるかもしれないんだぞ? 話ぐらい最後まで聞いたって損じゃ……』
ウィルの即断に困惑しているレッド。
どうやらかなりお人好しであるらしく、そんな奴からの提案ならばそう悪い事も無かろうと覚悟はますます固まった。
(死ななきゃ安い。なんなら、それこそお前がさっき言っていたみたいに俺の体を貸してやってもいいぞ?)
『え、なにコイツ……追い込まれて覚悟決まったにしても思い切り良すぎないか? ちょっと気持ち悪い』
失敬な。見た目スライムのお前にだけは言われたくない、とウィルは思った。
『あー……うん。分かった。ひとまずオイラの要求は後回しにして、とりあえずウィルの身体を動かせるようにするから』
レッドはそう言うとドロリと体を溶かすと、ウィルの耳の穴から侵入を始めた。
(……!? っ! っっ!?)
『あー、気持ち悪いと思うけどちょっと我慢してくれ。大丈夫、別に本当にお前の身体乗っ取ったりしないからさ』
最初に感じた時と比ではない程の鳥肌が立つ感覚に、背筋に寒気が走る。
目の前にある、自分の頭と同じ体積はあったはずの光沢のある液体塊が、どんどん縮小していく。
こんな量の得体の知れない物体が、耳の穴などという狭く小さな場所から、自分の身体のどこに入っていくのだろうと目の焦点が遠くなりかけた頃、残り一割も無くなったレッドの身体の中から、なにやら淡い光を纏った指先程の大きさである球状の物体が姿を現した。
(これ……は?)
『それがオイラの本体。その核から周りの金属――『夢現鉱』を操作してたんよ』
(むげんこう……? というか、核ってお前やっぱりスライムなんじゃ……)
『まあ、スライムを模して造られたのは否定しないぞ。ちょっと特殊な鉱石だから加工が難しくて普通のゴーレムみたいな形にできなかったっていう理由があるんだが……』
残った体をうねうねと動かしながら、またもレッドの核がウィルの耳元に近づく。
また、体の中に? いや、いくら小さいと言ってもさすがにこんな固形物が耳に入るわけが……とウィルが思った瞬間、ガバっと液体金属が口を開けるように広がると、そのままウィルの耳朶に嚙みついた。
「いっ、った!?」
予測していなかった激痛に、思わず飛び起きて耳を抑える。
「い、一体何を――」
『おー。良かった。一応動けるようになったな』
文句を言おうとするも、そんなレッドの言葉にジンジンとした耳の痛みも忘れて、先程まで思い通りにならなかった自分の体に自由が戻ったことにウィルは驚いた。
「……お前、何をしたんだ?」
『“自食作用”って知ってるか? 体の飢餓状態が長く続くと、生物は自分の身体を消化して当座をしのぐんだ。先にお前の身体に入れたオイラの身体を、最初にお前の脳と繋いだ時みたいに疑似神経化して、オイラの核と全身を繋いだ後、自食作用が発生するようにお前の身体を操作したんだ』
レッドは事もなげに説明するが、ウィルの理解が追い付かない。
生まれてこの方、自分がケガした時は自分で手当てができるよう、義父に育てられてきた。
狩った獣なども自分で解体するから、生物の身体の構造にはそれなりに造詣があると自負している。
けれど、今レッドが言ったような現象など聞いたことがない。
『あ、前もって耳に穴あける事言うの忘れてすまん。さすがに本体は体の中に入れないし、かと言って耳から離れすぎると繋いだ神経が途切れるかもだから、俺の核をピアスとして固定した方が都合が良かったんよ』
レッドが続けた耳への痛撃の理由の説明、これはウィルにも理解できた。
つまるところ、右耳にぶら下がったレッドが、耳の穴から全身に神経を通して本人以上に身体を自由にできるようになった、ということらしい。
「……あれ? もしかして俺、お前に寄生されたのか?」
『寄生……いや、否定はしないけど、なんか嫌な言葉だな。せめて共生って言ってくれないか? 言っとくけどオイラに自由はあんまりないぞ? オイラとしてはさっきまでのままだと移動が不便だからお前に足代わりになってもらう代わりに、色々とお前が動きやすくなるよう補助してやるってだけだ』
「いや、でも、全身に神経繋いだって……それってつまり、やろうと思えば俺の身体の自由を奪えるってことだろ?」
『可能か不可能かで言うならそれは可能だけど、最初に言ったようにウィルの精神力が頑強だから主導権なんてまともに奪えないし、そもそも今オイラの体はほとんどウィルの身体と同化しちまったから、オイラが主導権奪う前に、お前が右耳のオイラを強引に引きちぎればもうおしまいだぞ?』
レッドの言葉を真に受けるのであれば、ずいぶんと自分の方が優位な要求だなと思っていると、それを察したのか。
『あんまり妙な事を考えるんじゃねえぞ? すぐに分かると思うがお前にとってオイラはかなり有益な存在のはずだ。オイラを邪魔者扱いするのは、オイラにとってもお前にとっても不幸にしかならないかんな?』
「ああ分かった。心配しなくてもそんなつもりは毛頭ない。ここから無事出られたなら、その後はお前の意向にできるだけ沿うようにする事を誓うよ」
本心からウィルは了承し、既に姿の見えなくなっていた相手に向かって頷いた。
元々、目的もなく世を揺蕩っていた身だ。
これで自分の命を救ってもらった相手――仮にそれが人外だとしても、だ――の為に、その命を使う事は藪から棒ではない。
ウィルの返答に満足したのだろう。
『そうか。んじゃあ、よろしく頼むぜ? 相棒』
レッドはそう言いながらウェへへ、と何とも気の抜けた笑い声を上げるのだった。
お手軽肉体改造(物理)
レッドはいわゆる現代知識チートに近いものを記憶として保持していますが、彼自身は別に異世界転生者というわけではありません。
一先ずウィルの師匠兼介助要員という味方(人外)が合流したという認識で大丈夫です。
2018年1月18日。文章を簡素化する改稿をしました。