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嫌悪の正体

 ウィルが入り口の大部屋に戻った途端、ツキリと頭の裏に小さな痛みが走る。


 いつもの危険を知らせる痛み、ではなく、とても小さく些細な痛みだ。


 天井から何か頭に落ちて来たのかと振り返ってみるものの、天井にも床にも何かあるわけでもない。


 気のせいかと視線を正面に戻すと、飛び込んで来た光景にギョッとする。


「……え」


 部屋が昼間のように明るい。


 ウィルが入り口の扉に寄せたはずのテーブルが並んでいる。


 そして、そのテーブルを囲むように大勢の人が椅子に座り、食事をしている。


 家族や友人、恋人と形は様々だがそれぞれ親しげな人々が楽しそうに会話や料理を楽しんでる。


 賑やかな、団欒の場だ。


 そんな光景が一瞬ウィルの前に広がったかと思えば、瞬きする間に掻き消えて、元の埃まみれの暗い大部屋が広がっていた。


(……今のは一体)

『ん? どうした?』


 怪訝そうにレッドが尋ねてくる。


(今人が沢山居て……)

『えっ? どこに?』


 どこに? と聞かれてもウィルには答えられない。


 どこからともなく現れて、そして一瞬で消えた。


 幻覚か何かの類だと考えた方が合理的な説明だし、現に混乱してレッドにその光景について説明しようとしていたウィルも、そうだったんだろうという考えになっている。


(……いや、うん。見間違いだったみたい)


 疲労が溜まっているのだろうか? と、軽く瞑って目元を押さえる。


 よくよく考えてみたら、さっきの光景は以前にどこかで見たような気がした。


 いつどこで見たのかは全然思い出せないが、多分どこぞの食堂か酒場だったのだろう。


 こういう場所の造りはどこも似ているから、それで思い出したのかもしれない。


「どうだった?」


 仰向けに転がったままのユウが視線だけこちらに向けてくる。


「見ての通りだ。そっちこそどうなんだ?」

「一応、色々と分かった事はあるよ」


 そう言いつつユウは無事な腕を天井に向けると、その掌の上にパッと、何やら分厚い本のようなモノを出現させた。


「収納魔法? 魔法、使えるようになったのか!?」

「いや、コレ魔法じゃないんだ。魔力自体は使ってるんだけどね」


 魔力を使っているのに魔法じゃない?


 どういう事なのかと聞こうとすると、その前にレッドが答えを出した。


『“固有能力”か』

「固有能力?」

「そう。よく分かったね」


 固有技能は簡単に言えば特定個人が生まれつき持っている技能の事だ。


 特異性が高く、似ている技能持ちは居ても全く同じ技能を持つ人間は皆無で、数だけなら少なくないが希少性だけで言うなら神子よりも貴重だ。


 もっとも、その能力の有用性や危険度もまたピンキリである為、神子に比べるといまいちパッとしない。


 それどころか、偶にとんでもない事件や出来事の話や噂を聞くたびに「どうやら固有能力持ちがやらかしたらしい」という文句がセットになるのがお約束なので、ウィルとしては固有能力持ちはロクでもない奴、という印象を持っていた。


(そしてつまりこいつがその固有能力持ちだったと……)


 実際、ロクでも無かった。


「それでね。どうやらここでは魔法が使えないだけで魔力自体は使えるみたいなんだよね」

「言っている意味が良く分からないのだけど……」

「ええとね、魔法を使う上での基本で“マナの掌握”っていうのがあるんだよ。マナっていうのは――」

「魔法現象を引き起こしている根源、だったっけ?」


 マナについては以前レッドに少し聞いたことがあったウィルは、ユウに説明は不要と伝える。


「そのマナの掌握とやらについては全然知らないけど」

「簡単に言えば自分が魔法を使える範囲の確保、とでも言えば良いのかな? 魔力が多ければ多い程広く、強ければ強い程迅速かつ優先的に魔法を使えるようになるんだ」


 要するに、魔法というものは魔力でマナに命令する事によって引き起こされる現象の総称であり、マナに言うことを聞かせる為に魔力で自分の支配下に置くことを“マナの掌握”というらしい。


「……話が読めてきたぞ。つまり、マナの掌握ができないんだな? ここでは」

「大正解! まあ一応、全くできない訳じゃなくて、自分の身体に満ちているマナとかは何もしなくても自然と掌握している状態になっているから、身体強化みたいな一部の魔法や固有能力のような自分の魔力だけで成立するものは使えるみたいなんだよね」


 だから結界も張れなかったし、この魔法の身体を修復できなかった。


 そんな事を興奮気味かつ饒舌に語るユウ。自分が今どういう状況なのか完全に忘れているようで、楽しそうである。


「なんで嬉しそうなんだよ……」

「いやだってこんな不思議な現象を体験できるなんて面白いじゃないかっ!」

「だから、それで死に掛けたのになんで面白がれるんだって言ってるんだよ!?」


 なんというか、もうほんとヤダコイツ。


「面白いかどうかなんてどうでもいい! そんなことよりこの状況をどうにかする方法は考えていないのか!?」

「いやあ、魔法関連がほぼ壊滅状態だからなあ……ちょっと無理そうかな?」

「他人事みたいに言ってんじゃねえよ!? 誰が身動き取れないお前を背負ってここまで運んだと思ってんだ!?」

「そりゃウィル君に決まってるじゃないか」


 なんでそんな事を聞くのかと言わんばかりの口調に、ウィルは腹が立つ。


 が、その様子を見て続けて言ったユウの一言に、ウィルの思考が止まる


「まあまあ。次に危険な時があったボクを囮にウィルだけで逃げて良いからさ。それで許してよ」

「…………は?」


 あまりにあっさりあっけらかんと言い放ったユウの言葉、その意味が理解できなくて、いや、理解したくなくて思わず聞き返していた。


「何を……言って……」

「いやー、色々考えてみたし試してみたけど、ボクこの状況打開できないからさ。このままだとどうやっても足手まといだからさ。ウィル一人で動いた方が合理的だと思うんだよね」


 淡々とした口調で、何ともないような態度で、自分を捨てて見殺しにしろというユウが全く理解できない。


 元々ユウは意味不明な人間だ。生き方といい、考え方といい、ウィルはもちろん仲間であるはずのあの二人でさえもて余しているようであったくらいだから。


 それでも、根本的な人間としての、生物としての習性というべきか本能的なソレは同じだと、どこかそう思っていた。


 生きたいと。死にたくないと。


 だからユウの自己犠牲的な言葉を聞いて、自棄になったのかとも思ったが、どうやら違うらしいと、この場で顔を合わせて会話しているウィルには嫌でも分かってしまった。


 ユウの表情は、目は平常だった。


 冗談混じりでもなければ、悲壮な覚悟を固めたわけでもない。


 何の気もなく、この目の前の人間は自分の死を受け入れていて、その上で本気でウィルに自分を見捨てる事を薦めていた。


(なんだよコイツ……コイツは、本当に人間なのか? 俺と同じ生き物なのか?)


「なんだいそんなに驚いてさ? ほら、喜んでよ? ウィル、ボクの事嫌いだったみたいだし、これで終わりになるんだよ?」


 ユウはそう言って心外そうに肩を竦めた。たしかにウィルはユウが嫌いだ。それも感情とかそういった生易しいものではない。生理的にと言って良いくらいにだ。


 ただ、それが何故なのかは分からなかった。昼にユウの生き方が、考え方が気にくわないからと一応は結論付けたし、納得していた。


 が、どこか引っ掛かるモノが残っていて、完全に腑に落ちていなかったのも確かだ。


 そして、それは半分正しく、半分間違っていた事に、今気付いた。


 ユウは……コイツは、ウィルとも他の人間とも、いや生物全般と根本的に異なっている。


 生物が生物たらしめる生きる事、そのもの欠片も執着していないのだ。 

サイコパスめいてるユウですが、一応真正のソレではありません。


ウィルは、ユウが生きる事に全く執着してないと考えてますが、あくまで彼目線の彼基準であって、一応ユウは生きれるなら生きたいなあ程度には考えてます

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