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廃村

「……なんだこれ?」


 レッドの助言通り、それっぽい気配に向かってスケルトンから逃走することしばらく。


 日はほぼ沈み、かろうじて視界がまだ確保できるかという時にソレは現れた。


 木々が生えていない、開けた土地。


 そこにいくつも乱立している、木製の建物。


 そう建物、もっと言えば家。


 それも、造りが甘い急造のものではなく、どれもしっかりと建設された民家にしか見えなかった。


『どう見ても村だな』


 レッドが言う通り、全く人気のない寂れた廃村ではあったが、それでも過去にそれなりの人数が住んでいたであろうことは想像に難くない規模だった。


「…………」


 さすがのユウもこれは想定外だったのか、唖然とした様子で絶句している。


「……ここって魔境なんだよな?」

「……うん」

「それでその魔境を開拓する為に大昔に軍がここを攻めて壊滅したって言ってたよな?」

「うん」

「普通に開拓されてるよな? これ」


 どういう事なのかと、周囲を見渡して警戒しつつ村の中を進む。


 前時代的な印象というか、良く言えば素朴な、悪く言えば古めかしい木材と石材を組み合わせた無骨な建物ばかりだ。


 レンガやコンクリートといった、ウィルがまだ各地の村や町を転々としていた時に見かけた素材はあまり見受けられない。


「かなり古い感じ? もう放棄されて百年以上は経ってそうか?」


 建築様式や素材、それから各家の荒廃具合からとにかく大昔なんだなとウィルが考えていると、ユウが否定をした。


「いや、始まりがいつかは分かんないけど、これくらいの荒れ具合なら四、五十年ぐらい前までは人は住んでいたと思うよ」


 建物というものはどれだけ頑丈な素材や建築方法を用いても、人が定期的に使わなければ存外に簡単に風化してしまうとユウは言う。


「ほんとかよ」

「探査の魔法が使えないから断言はできないけど、前に遺跡や廃墟巡りした時の経験があるから、大体それくらいのはずだよ」


 遺跡巡り……おそらく財宝目当てではないんだろうなと邪推しつつ、ユウの推測を聞いてとある考えが脳裏を過ぎる。


「五十年くらいって事は例の軍隊に何か関係あるのか?」

「うーん……どうだろう? そう言われると何かしら関係ありそうな気はするけど……」


 原型を保っている建物を見る限り、その建設年数自体はもっとある他、仮設ベースキャンプとしては構造が複雑な上に数が多過ぎる。


 軍隊が設置したものとして見るには無理があるだろう。


「でもまあ、普通に考えて先住民がいたって事じゃないかな?」

「先住民……」


 こんな魔境の中に住み着く人間というのは如何としても想像しにくいが、実際そこそこの規模の集落で多くの人間が営んでいたであろう様子は容易に見て取れる。


「ただ、そうだとすると何でドミティスはこの魔境の解放に失敗したのかが謎だね。これだけしっかりとした人間の生活基盤があったなら、ここを拠点に活動すれば武力を使わずとも時間さえ掛ければいずれ領域全てを開拓できてもおかしく無かっただろうに」

「先住民と軍との間で喧嘩したんだ。だから失敗した」


 あー、確かにそれはありえそうだね、とユウがウィルの言葉に頷きつつ、そのまま続けて尋ねた。


「やけに自信ありげに言い切ったけど、どうしてそう思ったんだい?」

「え? どうしてって……」


 たしかに特に根拠も無く、しかし自分が自信満々に断言していた事に、問われてから気付く。


「えっと……なんとなく?」


 考えても理由が思いつかなかったので、仕方なく素直に言う。


 馬鹿にされるかと思ったが、ユウは「なるほど」と納得したように一つ頷いただけだった。


「……それだけか?」

「? それだけって?」

「だから、その……俺は、根拠もなく適当な事を言ったんだが?」

「根拠が無かろうと適当であろうと、それを聞いたボクがなるほどなー、って納得したからそれで良いんだよ」


 背負っているから表情は見えないが、ユウがヘラリと笑って言っているのは何となく感じた。


「納得したなら何で理由なんか聞いたんだよ?」

「気になったからだよ」


 ただの好奇心。それ以上でもそれ以下でもないと言わんばかりの口調に、ウィルがここまで休まずに移動し続けた疲労がどっと押し寄せてきたように感じる。


「……あっそう」

「そうだよ。そもそもウィルの感覚だし、そこは疑う必要は無いとボクは思うんだよね」


 そう言ってユウは、この廃墟に辿り着くまでに何度かスケルトンの奇襲があったが、ウィルがそれを全て的確に捌いていた事を挙げる。


「昼に気配云々の話を聞いたときは正直信じてなかったけど、あれだけ見せつけられると本当にそういう鋭い感覚の持ち主なんだって分かったから、たとえ直感で根拠が無いとしても信用に足るし、ボクの下手な推測よりもよっぽど頼りになると思うよ」

「…………」


 何故だろう。


 別に悪い事を言われているわけではなく、むしろ褒められているのに、酷く心がザワついて居心地悪く落ち着かない。


 変な感じだ。


「いやー、ホントすごいよね。まるで未来でも見えているみたいに――」

「うるさいだまれ。余計な事を言っている暇があればこれからどうするか考えてくれ」


 これ以上変な感じにならないようにユウの口を閉じさせる。


 実際、この後の事を考えると無駄口ばかり叩いてもいられない。


 とにかく逃げる事に徹していたおかげかスケルトン達との距離はある程度稼げていたが、さりとて安全を確保できたというには程遠い。


 目的にしていたユース達と思しき気配も近づいてはいたが、まだ遠い。


 このまま移動を続ければいずれ辿り着けそうだったが、もしウィルの気配読みが外れていた時の危険を考えると非常に怖い。


「なあ? シュハって夜目は効くのか?」


 見た目から言えば鳥であるシュハの夜目は効かないはずだが、召喚獣ともなればもしかしたら視界が確保できるのかもしれないと思ったのだ。


「いや、普通に鳥目だから暗くなると見えなくなるみたいだよ」


 が、あっさりとユウに否定されてしまう。


 となれば、完全に日が落ちてしまえばシュハの援護は期待できなくなり、このまま暗闇の中ユウを背負ったまま逃げるのは厳しいだろう。


「ウィル。この村の家に隠れるつもりかい?」

「ああ。このまま宛ても無く彷徨うよりかはマシだと思うんだけど、反対か?」

「まさか。ボクとしてもどこかで落ち着いて自分の状態を確認したいもの」


 落ち着いて確認すればこの身体の修復方法が見つかるかもしれないと、ユウはウィルの提案に賛同する。


「どうせ隠れるなら廃墟じゃない、原型留めている場所が良いよね……このまま村の中央に向かおう」


 だいたいどの町や村も、人が集まりやすい中心地に集会所やら村長の家といった規模の大きい、立派で頑丈な建物を建てるのが常なので、その傾向通りなら何かしら隠れられる建物があるはずだというユウの言葉を信じて進むと、村の中央部らしき円形の広場に出た。


 そこからあたりを見渡すと、たしかに他の家よりも屋根の高い建物がいくつか建っていた。


「あそこにしよう」


 ユウが示したのは自分達に一番近かった建物で、扉を押すと運良く鍵が掛かっておらずそのまま開く。


 空を飛んでいたシュハに合図を送ってこちらに招くと、二人と一羽は薄暗い屋内に滑り込んだ。




「……これで一先ずは落ち着けるか?」


 扉の内側にも鍵らしいものが何も無かったので、室内にあったものを片っ端からかき集めて扉の前に寄せる。


 こんな場所にある村だというのに、不用心にも程があるのではないだろうか?


「ああ~……まさかこんな事になるなんてなぁ……」


 とりあえず床に転がしていたユウが天井を見つめながら呟いたぼやきに、ウィルは眉間に皺を寄せる。


「それはこっちのセリフだ。今朝お前に脅迫された時も大概だったのに、その日の夜には周囲が敵だらけの危険地帯のど真ん中で怪我人抱えた挙句、こんなボロ屋に立てこもる羽目になるなんて誰が予想できるか」


 想定外の事が多過ぎる一日だった。


 まだ空が見える分開放的なのでそこまで絶望を感じていないが、あのゴブリン遺跡に連れ込まれた時とどっちがマシな状況なのか正直判断がつかない。


 考えを巡らそうにも、ユウの存在をどう計算に入れれば良いのかが分からないので見通しが全く立たないのだ。


「身体は? 動かせられるようになりそうか?」

「うーん、もう少し時間ちょうだい。魔法は全然使えないけど、魔力自体は動くみたいだから色々試させて」

「なんとかなりそうなのか?」

「だから、これから試してみるから分かんないんだって」


(……厄介な)


 何が厄介なのかと言えば、ユウをこのまま切り捨てるべきかどうか? この判断がつかないのが、現状のウィルにとって一番の難問だった。


 別に、ユウをスケルトン達への囮に差し出すとかそこまで畜生めいたことを積極的にする気はないが、かと言ってこのまま共倒れになるのも御免だ。


 自分の為にならないだけならまだしも、このまま文字通りお荷物として邪魔になるのであればこのままユウを放って一人でこの魔境を抜けてしまう方が良いかもしれない。


 というか、おそらくその選択が一番簡易で楽になるだろう。物理的にも精神的にも。


 ただ正直なところ、それを選択するには少し惜しい、という気持ちがウィルの中で出てきてしまっていた。


 ユウと一緒にいるだけ精神的に酷く疲れるが、昼間の件からその魔法が有用なのも事実だ。


 仮に魔法が完全な状態で使えずとも身体が治って自分で動けるようになるのであれば、少なくとも現状のウィルのお荷物状態からは脱却できるだろうから別に良い。


 加えて、もし切り捨ててしまえばもうあの干した鳥殺しが食べれなくなるだろう。


 それは何というか、嫌だった。


(まあ、現状このままだと甘味どころかゴブリン肉でさえ食べれそうにないんだけれど)


 移動直前に散々食べたおかげかまだ体力的には余裕があるが、いずれは飢える。余裕のある内に食料は確保しておきたい。


 ユウが異空間に保存している食料は彼……じゃない、彼女が魔法が使えるかどうか次第だからアテにしない方が無難だろう。


 今となっては合流を急いでいた為に、道中返り討ちにしてきた魔物達の肉をそのまま打ち捨てた事を後悔する。


(せめて襲ってくるのがアンデット……スケルトン達じゃなかったらな……)


 バリケードにした棚の上によじ登り、天井付近についていた小窓から外の様子を伺う。


 一、二、三……見える範囲で十体前後、肉の欠片もついていない骨の兵がうろついていた。


 肉が付いていたところで元が人間だと考えればさすがに喰らう気にはなれないし、よしんば肉のついたゾンビで喰うとしても腐っているであろう。


 それでも、最悪でも打てる手があった方がまだ気楽だったのだが。


(それにしても、アイツらもしつこいな)


 どうやらウィル達を探しているようである事は見てれば分かる。この辺りに居ると当たりを付けられているのも窺えるし、どうやら建物に隠れている事も察して一軒一軒家探ししているようでもあった。


 いずれこの建物にも来るだろう。


 振り返って、屋内の様子を確認する。相変わらず転がったまんまのユウと、大人しく座って休むシュハ、それ以外に目立つものはない。


 入った時の室内は沢山の丸テーブルと椅子が並んでいて、奥には横に長いカウンターがある。おそらく昔は食堂かそれに類する飲食店だったのではないだろうか?


 この村が、この建物がいつ放棄されたのかは分からないが、もしかしたらまだどこかに食べられる保存食が残っているかもしれない。


「うん? どうかしたの?」


 部屋の奥に行こうとするとユウが声を掛けてくる。


「何か食料がないか探しに行く。見た感じ食い物扱っていた場所みたいだし」

「え……さすがにそれは……」


 難色を示したユウを無視してそのままカウンター脇にあった通路に入る。無理があるのはウィルとて分かっているが、他にする事も無い。


(食料がなくても、逃げ道か隠れられそうな場所も探しておかないといけないし……)


 とにかく、ユウには早いところ自分の状態とやらを把握してもらいたい。そうじゃないと自分の今後の方針が定まらない。


 なので、とりあえず今やれる事はやっておこう。


 そう思ってこの建物を家探しするウィルだったが、結局食料は見つからず、収穫は子供騙し程度の隠れ場所と、既に封鎖されていた裏口が一ヶ所だけだった。

干した鳥殺しの件が無かったらウィルは速攻でユウを見限っています

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