逃走劇再び
しかし、呆けているだけの余裕は許されなかった。
「後ろ!」
ユウの警告と共に、首筋にチリッと嫌な感じが走る。
反射的に振り返りながら後ろから襲ってきたスケルトンを金棒を殴ろうとして――その前に骨がバラバラになって吹き飛んだ。
何が起きたのかと言えば、ユースの召喚獣だというシュハの豪快な突撃によって蹴散らされていた。
『助けてくれたみたいだな』
(別に助けてもらわなくても大丈夫だったんだけどな。攻撃は察知できていたんだし……て、あれ? 今、気配読めてた?)
アンデットの気配はほぼ読めないんじゃなかったのかと、嫌な感じがあった首筋に手を当てる。
『いや、気配読みと危険察知は別物だから』
(そうなのか?)
『たしかに気配を読めた方が危険は察知しやすいが、気配読みはその人の感性に、危険察知は経験に寄るところが大きい』
ウィルは身の危険に対してはかなり敏感だが、周囲を探るセンスはあんまりないからアンデット自体の気配は知覚できるはずかないと断言される。
(酷い言い草だな……)
『センスがあるならユウが探知するよりも早く気付けたはすだから。まあ、ある程度は訓練で磨けるからこれはその内に改善するとして、とりあえず、助けてもらったのは事実なんだからお礼言っとけ』
分かったよと、レッドに返事をしつつシュハに視線を向ける。シュハは飛翔の勢いで突進したようで、地面スレスレを飛びながら鋭く旋回してこっちに戻ってきた。
「えーと……助かった」
召喚獣だけあって言葉は伝わるらしく、シュハは返事をするように甲高い声で短く一鳴きすると、その頭をぐいぐい押しつけてきた。
「えっ、あ、何?」
『たぶん撫でろって事じゃないのか?』
レッドに言われるがまま、おそるおそるシュハを撫でてみる。
見ただけでも綺麗な羽だったが、極上の手触りというか肌触りが良い柔らかな羽毛に指が沈んだ。
「お、おお……すごいんだなお前」
「すごいのはウィルの方なんだけど……」
感嘆の声を漏らすと、ユウが呆気にとられた様子でそう呟いた。
何がと聞いてみれば、通常、召喚獣は契約主以外が触れようとするのは嫌がるらしい。
「ボクなんて何度かシュハに触ろうとしたけど、その度に指が千切られたよ」
大人しく撫でられているこの綺麗な鳥が指を千切る程苛烈な行動をする事に驚くべきか、何度も痛い目にあっておきながら懲りずに挑んだユウに呆れるべきか。
……後者だな。
「良いなあ……」
「羨む前に、まずこの状況をどうにかしないか?」
現状、指どころの話ではない損傷をユウは負っている。
血こそ出てないが、片腕は切断され、全身刺し傷だらけ。脚も例外でなく、立つ事すらままならなさそうだ。
いくら魔法で作られた偽物の身体だからとはいえ、この惨状で命に別状なく普通に会話できているあたりメチャクチャである。
「それなら多分ここから出て、白く染まっている場所まで戻れば治せると思う」
つい先程までは問題なく使えていて他に変化らしい変化はないので、十中八九原因は
この白くない見た目普通の森にあると考えるのが自然だろう。
「悪いんだけど連れてってくれないかい?」
「言われなくても」
助手として言う事を聞いてもらう代わりに、魔力が無いウィルの為にその力を使う。
そういう話だったからここまで大人しく従ってきたのに、こんな状況で役立たずになられたらウィルの方が困る。
無事な方の腕を自分の首に回してユウを背負い、元居た場所に戻ろうとして――気付く。
「あ……」
いつの間にかスケルトン達が距離を詰めており、その包囲は白じゃない範囲まで狭まっていた。
――まずい。
すぐに回れ右をして駆け出した。
「ちょ!? どこに行くつもりなんだい!?」
「知らない! とにかく一旦距離を取る!」
軽く数えただけで十、二十体は居た。移動したところで状況が改善するとは限らないが、あのまま立ち往生していたらまず間違いなく逃げ道が無くなる。
そうなったらゴブリンと違って連中の動きは速かった。さっきはこちらから不意打ちを行ったからなんとかなったが、そうでなければ今のウィルでは対応しきれない。
「待ってよ! さっきボクが襲われたんだから、この中にだってあいつらが居るんだよ!? あてずっぽうに動いたって――」
そう言っている間に横っ面からスケルトンが一体飛び出してきた。
そのまま持っていた剣を振り下ろしてくるが、ウィルは軽く上体を逸らし、手が塞がっていたので軽く蹴り飛ばす。
さすがに人一人背負ったままだとそんなに力が入らず、あの脆いスケルトンでもよろけさせる程度の威力しか出ない。
が、それで十分だった。
後ろから付いてきていたシュハが加速、体勢が崩れたスケルトンの隙を逃さず先程と同じように体当たりで蹴散らした。
「……一体ずつなら何とかなりそうだね」
「みたいだな」
正直、あしらうのがせいぜいだと考えていたので、シュハによる援護はありがたい。
「でも、このままじゃジリ貧だ……早くユースさん達と合流したいところだけど……」
そう言いつつ、ユウがチラリと付かず離れず飛ぶシュハに視線を送る。
ウィル達を案内してきたシュハだが、この魔法が使えない領域の前でそれを中断したというのは、そういうことなのだろう。
「召喚獣が契約者を見失うって、ほんと一体なんなんだここ……」
ユウの疑問にウィルも少し考えを巡らすが、すぐに諦めた。
代わりに分かりそうな奴に聞く事にする。
(うーん……レッド?)
『いや、オイラに聞かれても困るわ。さっきも言ったけど、自然にこんな場所があるなんて見たことも聞いたこともないぞ』
(でも、魔法の無効化なんて俺は呪い子……鬼の子と鬼術の話を聞くまで他に聞いたことないんだけど?)
それだけの理由ではあるが、この現象は鬼術と関係あるのではないか? もしくは直接関係なくてもヒントはその辺りにあるのではないかとウィルは思った。
『そりゃ、何が起きているのか全く見当がつかないわけじゃないが……原因に関しては本当に分からんのよ。少なくとも状況改善に繋がりそうな事は思い当たらん』
というか、そんな小難しい事は後回しにした方が良いとレッドが言う。
『もっとシンプルに考えよう。今一番困ってるのは何だ? 魔法が使えない事か?』
(……いや)
ユウが使い物にならないのは面倒だが、本来ウィルにとって魔法が使えないのは日常だ。
ユウが足手纏いになっているのは厄介だが、まだ問題ではない。
『スケルトン共が襲ってくるのが一番の問題だが、とりあえずは逃げられている』
ユウという荷物を背負っているが、同じく背負っている鬼の金棒に比べれば誤差である。それほど金棒が重いのか、ユウの体が軽いのかは分からないが、兎角逃げる事に集中すればスケルトン達に追い付かれる心配は無さそうだ。
となると当面の問題としては。
(……どこに逃げるか、か)
またである。
つい昨日も同じ問題に迫られたが、今回の相手には話が全く通じないので同じ手段は取れない。
(だからといって、ここは魔境のど真ん中だよ? 昨日以上に逃げるアテなんて……)
『あるぞ』
(え)
『ユースとオッサンの所だよ。元々目指していたんだからとにかくそこまで辿り着けばいい』
二人と合流すれば、少なくともこのまま囲まれて孤軍奮闘する羽目にはならないはずだとレッドは言う。
(でも、多分あの二人も魔法が使えなくなってるはずだから合流したところで変わらなくはないか?)
『そうかもだけどこのままユウを抱えたまま一人で応戦するよりかはマシだろ』
(そもそも場所が分からないんだけど? 頼みの召喚獣も分かんないみたいだし……)
『それなんだがウィル、あの二人の気配読めないか?』
「なに?」
思ってもみなかった提案に思わず声に出す。
「どうしんだい?」
「あ、いや。なんでもない」
怪訝そうなユウに気にするなと返す間もレッドが続ける。
『余裕無さそうだったから、さっきからウィル代わりにオイラが周囲の気配を探ってたんだよね。んで、この辺りあんまり動物が居ないみたいでポツポツとしか反応が無い』
(……そのどれかがあの二人と?)
『だと思う。ただ、あくまでオイラはウィルの知覚能力借りてるだけだから細かい事は分かんないんよね』
レッドは、二人に直に接したウィルなら、もしかしたら判別できるかもしれないという。
『とりあえず試してみてくれ。確証が持てなくて“っぽい”感覚でも、闇雲に走るよりかはマシだろ?』
(……そうだな)
たしかにこのままアテ無く逃げるよりかはマシだろう。
一旦立ち止まり、目を閉じて気配を探ることに集中する。
「ちょっ、急に立ち止まって目を瞑って一体――」
「気が散るから黙ってろ!」
ウィルとて後ろから、いや、どこから迫ってるか分からないスケルトンが気になるが、さすがに特定の人間の気配を探すなんて初めての事を走りながらは行えない。
「そう言ったって――うわきた!」
後ろからスケルトン数体が追い付く。
ウィルが舌打ちをして応戦しようと目を開いて振り返ると、シュハがいくらかをまとめて蹴散らしていた。
討ち漏らされた一体が接近してきたが、先程と同じように蹴り飛ばしてシュハの方に押し返すと、そのままシュハの足に頭を掴まれて踏み砕かれていた。
「少し時間を稼いでくれっ!」
咄嗟にシュハに向かって叫ぶと、シュハは心得たと言わんばかりに一鳴きしてウィルの頭上を旋回して周囲の警戒を始めた。
「……シュハがユースさん以外の人の指示に従ってる」
再び集中しだしたウィルに、ユウの呟きは聞こえていない。
しばらくして、ウィルの目が開くと、ある方向に向かってまた走り出した。
シュハに好かれまくるウィル




