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魔境

 ユース達が早くに出発したのか、それとも予想以上の速度で移動しているのか。


 どちらかは分からないが日が傾き、空が茜色に染まる時間帯になるまで移動し続けるウィルとユウだったが、一向に追い付く気配が無い。


 さすがに急がなければ追い付けないだろうということで、駆け足気味のハイペースで移動していたにも関わらず、である。


 それくらいの時間森の中を移動したところで「……まずいなあ」と、宵闇が迫りつつある空をユウが睨んだ。


「追い付けないな。結構急いでたのに」

「それもだけど、このままだと夜に魔境へ突っ込んじゃう」


 視界が確保できないまま移動するにはあまりにも危険な場所だとユウが言う。


「じゃあ、どうするんだ?」

「いや、どうするも何も行くしかないんだけど……本当ならユースさん達と一緒に明るい時間に行くはずだったからさ」


 そう言いつつ、ユウはため息をつく。今回このパーティに参加したのも、魔境に侵入する可能性を考慮して誘われたのだという。


「シュハの様子を見る限りユースさん達は魔境に侵入しているでしょ? 何のためにボクが参加したのか分からなくなるよ」

「……魔境に入る為に誘われたっていうけど、何のためにお前が?」


 この半日ユウと一緒に行動していたウィルだったが、そんな危険地帯に入るのにこの変人が何に役に立つのか理解できない。


 いや、たしかにユウの能力自体は高そうだなとは思う。錬金術士としての適正の高さや、あれだけ魔法を乱用しても全く疲れる様子を見せないのだから。


 ただ、明らかに荒事関係には向いていないのは、この能天気な性格からして推して知るべしだろう。錬金術で高性能の回復薬を作り出せるのは強みかもしれないが、それだったら回復魔法の方が二度手間にならずに済む。


 要は他にも居ただろうによりにもよって何故あの二人がこいつを選んだのかさっぱり分からないのだ。


「ボクは保険なんだってさ」

「保険?」

「そう。侵入して帰ってくるだけならあの二人だけでもなんとかなるらしいけど、それだともしもの時に何の情報も残せないのはマズイんだって。だから、殺しても死なないボクが同行してくれた方がありがたいんだって」


 失礼しちゃうよねー。と、ユウは口を尖らせるが、それを聞いてウィルは納得してしまう。


 なるほど。たしかにユウは殺しても死ななそうな人間である。あの二人が死んでも、なんとなくこいつだけはケロっとした表情で生き残ってスタコラ逃げ延びている様子が容易に想像できる。


「何か失礼な事考えてないか?」

「いや……適任だなと」

「キミもなのかい!?」


 それでもやっぱりコイツ以外に人選は無かったのだろうか?


 いや、そもそも情報を残すという目的ならもっと大人数でパーティを組む方が合理的な気がする。


 そう思って聞いてみると「ああ、それダメなんだよ」という答えが返ってきた。


「ダメ?」

「魔境にあんまり沢山の余所者が入り込むと、魔物が出やすくなるんだ。それも強いやつが」


 空間中に多量の魔力が存在している魔境ではその状態を維持しようとする働きがあるらしく、異物となる魔力が入り込もうとすると追い出そうとしたり、完全に取り込もうとするような事象が発生するのだという。


「数人程度なら大丈夫らしいけど、あんまり大人数だととんでもない化け物が出てくるみたいで、現に五十年くらい前にこの先にある魔境を開墾する為に、国が軍を動員したら全滅したんだってさ」


 その時の被害は酷かったらしく、当時協力した周辺領を治めていた貴族の幾つかが滅び、生き残った貴族も未だに影響を引きずっているとのこと。


 国の中央も十年以上政治に影響が及び、ようやくその傷が癒えた今も魔境の開墾は放置され、たまに提言される事があっても黙殺されるという。


「それ以前にも何度か似たような事があったらしくて、今朝言ってた密入国云々が放置されてる一因にもなってるって話さ」


 その話を聞いてウィルは「あれ?」と何かが引っ掛かる。 


「どうしたの?」

「……いや、ちょっと。これから行く魔境の他にも、そういう大惨事になった場所ってないのか?」


 魔境はここだけではない。数えきれない程ではないが、国内外に点在しているとウィルは聞いた事がある。


 ただ、そんな大層な事件の話は他に聞いた事がない。


「うーん? 魔境で起きた悲惨な出来事っていう意味なら数えきれない程あるよ? ちっちゃい子の躾の時に脅し文句の常套だし……ボクなんか散々言われたよ」


 だろうな。


 分かりきっているユウの過去は置いておいて、魔境が躾話の種というのはウィルも義父から聞いた事はある。もっともウィルの場合は叱られるのではなく、近づかない方が良い場所という知識の教授といった感じだったが。


「国が動いたのは? ここだけだよな?」

「そう言われてみれば……そうだね。そっか。ドミティスの歴史は千年近くあるけど、国が直接魔境の開拓に乗り出したのってソレが最初で最後なのか……」


 「何で急に魔境の開拓を? 領土なんて戦争で増やせてたのに……」とユウが考えはじめる。


 ウィルは未だに取れない引っ掛かりに悶々とする。


(なんとなく気になったから聞いてみたけど……なんかちょっと違うんだよな。コイツが引っ掛かった所と)


 ユウが出した疑問も謎だったが、それ以上に自分の中の釈然としない蟠りが気になった。


(レッドはどう思う?)

『…………』

(レッド?)

『ん? あ、スマン。ちょっとボーッとしてた』


 ボーッとって、まさかまだユウの魔法について考えていたのだろうか?


『違う違う。今この国――ドミティスだっけ? の歴史が千年あるとか言ってただろ?』


 そういえばユウはそう言っていた気がする。


『前もちょっと言ったけど、オイラの記憶にはドミティスなんて地名無いんだよね。てことはさ』


 レッドのその言葉に息を呑む。


(つまりレッドは、最低でも千年以上前の時代の存在ってことか?)

『さてな。見栄で長い歴史を持つと主張する国もあるから正確なところは分からんが、まあ、千年と言って国民が違和感を持たないぐらいには長いんだろうな』


 少なくとも数百年単位の時は流れているんだろうと、レッドは言う。


(なんというか、途方も無いな……)

『まったくだ。まあ、それくらいの時間は流れるだろうって想定で寝てたからそこまで驚きもしないけど、さすがに思う所が無いわけでもないからなぁ……』


 そのレッドの声の響きは、いつもと違った。


 気怠そうで、そのくせどこか嬉しそうな哀しそうな、ウィルがあまり感じたことのないものだ。


 このまま聞いていたい気もしたが、何となくやめた方が良い気もして、ウィルは話を少し変える事にした。


(そういえばリードって国も結構古いらしいけど、そっちはどうなの?)

『どうって?』

(聞き覚えとかはないの?)

『……無くはない』


 先程までと違って、声が少し沈む。


『国というか、似た名前の人間は知ってる』

(へえ。じゃあその人が作った国なのかな)

『それはありえない』


 きっぱりと否定するレッド。


(そうなのか?)

『ああ。オイラが眠りにつく時には死んでいたからな。そんなもの作れるわけがない』


 妙に強く断言するレッド。何となく気になって更にウィルが聞こうとしたところでユウが「そろそろ魔境が見えてくるはずだよ」と声を掛けてきた。


「このまま突っ込んじゃうかもだから心の準備はしておいてね」

「あ、ああ……お前も初めてなのによく場所が分かるな」

「一応来る前に地図で予習しておいたからね。『探知』魔法もユースさん程じゃないけど使えるし」

「お前は下手なのか」

「下手と言われるとちょっと引っ掛かるけど……ユースさんに比べるとねー。あの人何でも平均以上にできるハイスペックオールラウンダーだから、ボクやオヤジさんみたいな典型的な特化型だと届かない所に手が届く便利な人だよ」


(一応あの人こいつらのリーダーなんだよな?)


 サラッと便利屋という酷い扱いをされてるユースに同情していると急に視界が広がり、魔境に到着した。


 到着した、とすぐに分かったのは文字通り一目見て分かるくらい特徴的な光景が飛び込んできたからだ。


 一言で言うなら、それは“白”だ。


 先程まで進んでいた青々と繁っていた葉や、無骨な濃茶色の樹の幹の形はそのままに。


 全てが真っ白に染まっていた。


「おぉ……すごいなあ」


 飛び込んできたこの光景に、ウィルもユウも思わず立ち止まった。


「ドミティス西方に広がる魔境“白の森”。話には聞いていたけど、その名に違わぬ白さだね」


 そんな名前があったのかと思いつつ、ウィルは辺りを見回す。白の森の周りはそこだけ切れ目が入ったように木々の連なりが途切れていて、ちょうど中間辺りからうっすらと染まっていくように白くなっていた。


『こりゃまた……雪景色とはまた違う感じの美しさだな』


 レッドの言うように敢えて例えるなら雪景色が一番近いのだが、その色は雪とは全く違う。


 雪と違い覆い隠すのではなく、白の光の下に木々や葉、大地がうっすら透き通って見える。


 この森全体がとても繊細な純白のヴェールに包まれているようだった。


 ――ジクリ。


(……?)


 急に胸に違和感を覚え、ウィルは手を当てた。視線を向けるも特に虫に刺されたとかそういう訳ではないようだ。


『どうしたウィル』

(いや……ちょっとなんか今痛くなったような気がして)

『? 特に身体には異常なさそうだが……』


 気のせいかなと首をひねっていると、ユウが上空のシュハを見上げて呟く。


「やっぱりコレ完全に中入っちゃってるなぁ……日が完全に沈む前に合流しないと――って、ウィル!? どうかしたのかい!?」

「? 何が?」

「そんなダバダバ涙流しておいて何がじゃないだろう!?」


 涙? と自分の頬に触れると、生暖かい水で指が濡れた。


「……ほんとだ。え? 何で俺泣いているんだ?」

「いや知らないけど……というかそんなに泣いておいて無自覚だったの?」


 指先で拭うが、その矢先に涙が溢れてきて意味を成さない。


「止まんない……困った」

「いや、真顔で大滝の涙とかシュール過ぎるんだけど?」

「何かお前の薬とかで無いの? 涙止める薬とか」

「さすがにそんなニッチな薬は見たことも聞いた事もないかな……」


 たしかに涙止めなんて薬の需要があるとは思えない。


(レッドはできる?)

『いや、血止めならともかく涙止めなんてどうすりゃいいのか分からんわ』

(そう……使えねえ)

『いや待ってそりゃ理不尽だろ!?』


 結局、ウィルの涙はすぐに自然と止まる事になるのだが、それまでしばし魔境の前で足踏みする事になった。

涙の数だけ強くなれたら良いのですが、残念ながらそんなことはありません


なおウィルの涙の理由はそう遠くなく明かされる予定

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