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遺跡

概要:現実的に考えてゴブリン相手に無双なんてできる訳がない

 やはり自分は無力な存在らしい。




(う……)


 全身を苛む焼けるような痛みに、ウィルは身じろぎをして意識を覚醒させた。


(俺…………生きてる?)


 結局あの後、ゴブリンの別動隊が背後に回り込んできて襲撃の口火が切られた。


 ナイフで一頭、投げで一頭、投げた際に奪った棍棒で二頭、計四頭とウィルは反撃で仕留めたのだが、その直後から記憶はぶつりと途切れていた。

 覚えている限りでは全方位埋め尽くすように囲まれていた為、おそらく死角から一撃もらったのだろう。


 状況を確認すべく、五感を研ぎ澄ませる。


 暗くて周りがよく見えない。

 ゴブリン特有のあの悪臭が鼻につく。堪らずに口から空気を吸うと、締め切った空間特有の澱んだ風味が、血の味が残る咥内に満たされた。


 が、辺りは静かで近くに奴らがいるわけではないらしい。

 手を伸ばして自分の周囲の状態を確認すると、ザラついた壁に指が触れたので、そのまま体重を預けるようにして立ち上がった。


(ここは……ゴブリンの巣、か?)


 たしかゴブリンは狩った獲物を巣に持ち帰って貯蔵する時が習性があったはず、と思い当たる記憶を引っ張り出すものの、もう一つの習性を思い出してウィルは首を傾げる。

 ゴブリンは新鮮な肉よりも強烈な臭いが立つ腐肉を好む。その為、鮮度保持の為に獲物を生け捕りにする事は無く、例外なくその場で息の根を止めるという。


(なんで俺生きて……)


 その疑問に考えを巡らせようとして、すぐにウィルはやめた。すぐに分からないものを考えた所で、納得のできる答えなんて思いつかないものだ。

 それより重要なのは、恐らくゴブリンだらけであろうこの洞窟と思しき空間からの脱出である。


(生きてはいるけれど、どう考えても助かったとは言えない状況だからな……)


 ひとまず体を少し動かして具合を確かめてみると、全身内からも外からも今までに経験した事がない痛みが走る。


(ぐっ……やっぱりアイツら、トドメを刺そうとして気絶した後にボッコボコにしやがったな……!)


 思わず漏れそうになった声を噛み殺す。せいぜい、ゆっくり歩けるのがやっとという所だろうか?


(まあ、動けるのならまだいい)


 どうせ見つかれば五体満足でも一方的にやられるだけ。相手のテリトリー内なのだから逃げようがないのだから。

 荒くなる呼吸をハッハッと、短く細かく刻むようにして潜めながら、ウィルは壁に手を当てながら少しずつこの暗闇からの脱出を図り始めるのだった。




(これは……)


 ウィルがいわゆる食糧庫であったのであろう小部屋から警戒しながら出て、あてもなく移動しているうちに暗闇に目が慣れ始めた。


 ぼんやりとではあるが洞窟の壁面が浮かび上がってくると、明らかに人工物と思しき紋様が、その一面見渡す限りずっと続いていた。

 ゴブリンがこのような洒落た装飾を好むという話は、ウィルは聞いたことが無かった。


(遺跡、っていうやつか?)


 道理でやけに手を当ててる壁が岩肌とは到底思えないような感触だとウィルは思いつつ、遺跡について義父が言っていた事を思い出す。


 冒険者にとって未発見の遺跡は巨大な宝箱という。


 古代文明の技術は今では失われたものも多く、その遺品、特に特殊な効果を持つ魔術具を良い状態で回収できれば国が高値で買い取ってくれるらしい。


 一方で宝箱というのは当たりもあれば外れもあり、外れの場合はたいてい遺跡の中に魔獣などが棲みついてしまい、中が荒らされてしまっていたり入った者に地獄を見せるという。


(ゴブリンに棲みつかれたならここも()()()か?)


 ゴブリンは一度棲み処が定まれば爆発的に増加する。そして、増加した数が限界を迎えると棲み処を積極的に()()しようとする習性がある。

 その為、高尚な建築技術などを有さない彼らは穴を広げるだけでスペースを確保できる洞穴や横穴に好んで棲むとされており、地殻変動で沈んだ古代遺跡もその範疇に入るとされている。


 そして当然だが、無秩序に部屋の壁を破壊するのだから中の物が無事である事は滅多に無い。

 探索する側の人間にしてみれば肝心の宝物は無いわ、なんのうま味もない無数のゴブリンを駆除しなければならないわと、損にしかならない。


(素人目にはそこまで荒れてるようには見えないが……)


 無意識に立ち止まって観察しようとして(いや、今は余所事を考えるのはよそう)と再び周囲の気配を探る事に集中しようとする。


 この遺跡が当たりなのか外れなのか、その中身をまともに換金する手段も無く、また当たりだとしてもそれを使う事ができないウィルにとってみればどうでも良い事なのだ。


(……少し、アイツらの臭いが薄まっている、のか?)


 暗闇に完全に目が慣れると、現在ウィルがいるのはこの遺跡の廊下にあたる部分であるらしいのが分かる。


 ぱっと見は壁しかないような光景も、時折切れて分岐している。

 ウィルは基本的に手をついた右側壁面に沿っていた為に、何度か右方向に曲がって移動していた為、いずれは出口かあるいはゴブリンの密集地に近づくのではないか予想し、また覚悟もしていた。


 しかし、ゴブリン共の臭いが薄まる程に距離が取れたという事実は、直近の身の危険を回避できたと言えなくもないが、同時に奴らが利用しているであろう出入口から離れていってしまっている事も示していた為、安易に喜ぶことはできなかった。


(戻るか、戻らずこのまま進むべきか……)


 少し逡巡するが、方針を変えずにこのまま歩き続ける事に決めた。


 恐らくゴブリン達は元からこの遺跡に棲みついていたのではなく、ごく最近になって元々使っていた棲み処を拡充しているうちにこの遺跡を掘り当ててしまったのだろう。

 でないと、いくら広大であろうとゴブリン達の臭いが薄くなる程に蹂躙されていない場所がある事に説明がつかない。


 ならば、もしかするとこの遺跡本来の出入口が、まだゴブリン達に縄張りにされていないエリアにあるかもしれない。

 もちろん、そんなものは無いかもしれないし、あったとしても使えるかどうかも分からない。

 が、わざわざ危険なゴブリン達に近づかずに済む可能性があるのであれば、それは求めるべきだろう。


(まあ、今のところはいずれアイツらに見つかって、そのまま食われる事になる可能性の方が圧倒的に高いんだが)


 正直な所、ウィルは自分の希望的観測に対して全くといって()()()()()()()()


 今まで生きてきた中で、自分がそうであって欲しいと思ったところで、それが叶った事など何一つ無かったからだ。

 問題の先送り、現実逃避、見込みの無い延命措置。

 ウィルの現在の行動を正確に表すなら、そういった言葉が妥当なのだろう。


 現に今、新たに一つの問題、現実が、ウィルの命を脅かし始めていたのだから。


(……行き止まりか)


 ウィルがそれに気付いたのは、とある通路の突き当たりを引き返そうとした時だった。


(……!? 足が……っ)


 振り返ろうとするものの、足がピタリと地面から離れない。

 否、()()()()()()()()()。力を入れようとしても、膝が笑う事すら起きない。


 極度の緊張状態でウィルは気付かなかったが、怪我をロクに手当をせずに動いていた結果、体力を著しく消耗してしまっていた。

 加えて暗闇の中に長時間いた為に時間感覚もマヒしていたが、あばら家を出てから数字にして既に数時間。それ以前に最後に食事をしてから半日以上経過しており、その間水一滴すら口にできていない。

 つまるところ体が飢餓状態。空腹と脱水症状による脱力感によって、身体が悲鳴を上げたのだ。

 本来であればまだ体が持つはずだった。


 けれど、不運にもここしばらくの間ウィルの摂食状況はお世辞にも良いとは言えないもので、直近である数時間前に摂った食事は、小さな木の実をごく少量食べただけだった。


「ぐっ……」


 人間不思議なもので、先程までは全くと言って気にならなかった体の不調・疲労が、自覚した瞬間一気に襲い掛かってくる。

 ガクンと身体から力が抜け、膝から崩れる。咄嗟に手をついて完全に倒れるのを、気力だけでなんとか防ぐ。


(やばい……このまま倒れたら、もう、立てない気がする……!)


 確信めいた直感がウィルを踏み留まらせる。体勢を立て直そうと、壁に手を掛け、体重を預けた。


 

 その時だった。



 ぐらりと、身体が傾いた。


(――え)


 完全な不意打ちに、もはやウィルに対処する手段は残っていなかった。

 手を掛け、体重を預けた壁に、ぽっかりと大穴が空いていた。


(隠し扉……!?)


 驚く間もなく、扉の向こうへウィルが転がり込んで、地面に倒れた。


 倒れ伏して、しまった。


 ウィルを飲み込んだ隠し扉が、ゆっくりと閉じていく。

 その様子をウィルは、不思議と落ち着いた状態でぼんやりと眺める。

 やがて扉が完全に閉まると、小鬼共の臭気はもはや途絶え、静寂だけが辺りを支配した。


(……やっちまった)


 体を動かそうにも身じろぎ一つできない。

 全身疲労塗れの状態でありながら、けれど頭だけは不思議と冴えており、ウィルはどこか他人事めいた感想を浮べていた。


(この状況を打開する方法……ああ、うん。ないな)


 頭が冴えているだけに、無慈悲過ぎるほど的確な判断ができる自分が酷く恨めしい。


(あーもう、こういう時って普通、自然とそのまま安らかに眠るように逝くんじゃないのか?)


 確実に体は死に向かっているはずなのに、頭だけはそれを拒否するかのように思考が働くこの状況に“どれだけ自分は死にたくないんだ?”と思わずにはいられない。


(しかし、まさかこんな死に方になるとは……)


 自分の死に様は、てっきりどこかで魔獣に襲われて食い殺されて野垂れ死ぬような凄惨なものを考えていたが、まさかこんな未発見遺跡の隠し部屋の中で力尽きるとは。


(いや……うん。案外、悪くないかも? 正直、こんなに静かに死ねるとは思っていなかったし)


 想像していたよりも穏やかな最期に張りつめていた緊張を解き、ゆっくりと瞼を下ろそうとする。

 眠気は無いのに目を開けているのが億劫に感じるという、なんとも奇妙な感覚だった。

 その間際、何かが視界の端で動いたのをウィルは捉えた。


(ん……? なんだ?)


 暗がりで良く見えないが、確かに何かが動いている。

 その動きと連動して、濡れた革袋を引き摺るような音が耳元に響いてくる。


(……うわあ)


 ようやく視認できる位置にまで来たソレを見て、ウィルは内心で呻き声をあげた。

 半固体半液状のようなプルプルとした体。元々ただの動物が魔力暴走した結果で生まれる魔獣ではなく、純粋な魔力が受肉(コレに限っては肉?だが)した魔物と呼ばれる存在の代表格。


 スライムだ。


(まじかー……ここでお前かー……)


 本来スライムは単体では脅威ではない。いや、ある程度の数までならば群れていても魔法が使えるならば特に問題なく撃退できる存在だ。魔力を持たないウィルも何度となく蹴散らしている。


 だが、ハイどーぞと言わんばかりに体をエサとして差し出してしまっているようなこの現状では、悲惨な末路しかない。

 スライムは捕食対象者をその顔面に取り付き窒息させた後、体中の穴という穴に入り込んで、内臓を溶かして捕食するのだ。


(穏やかな死から一変して悲惨すぎるだろコレ)


 抵抗しようにも指一つ動けないこの状態ではどうしようもない。

 ズルズルと音を立てながらスライムがウィルの眼前へと迫る。

 頭の横にまで来ると、ピタリと立ち止まりプルプルと震え出す。


(ん……なんだ?)


 すぐに顔面に飛びかかってこないスライム。よく見るとその体はただの液体ではなく、透明感のない光沢のある金属的な姿をしていた。


(これは、メタルスライム、というやつか?)


 たしか珍種で、死体でも持っていけば(相場なら)高く売れたなと思い出していると、何やら耳元にゾワリとした違和感が生まれる。


(んんん!? な、なん――)


『あー、あー。聞こえるかあ? まだ、生きてるよな? お前』


 唐突に聞こえたその声に、ここまで稼働し続けていたウィルの思考はピシリと音を立てて、ここでようやく止まったのだった。

ようやく次回からウィルが人間をやめ始めて、その生き方が少しずつマシになっていきます。


2018年1月18日。文章を簡素化しました。

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