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ユウの魔法

「ふんふんなるほどなるほど……」


 思考の海に沈み始めたユウの様子を見て、ようやく一段落したらしいと、ウィルは安堵の息を吐いた。


 結局、あれからユウが求められるがままに柏手を使うことになったのだが、それはもう際限なく求められる事になってしまった。


 叩きすぎて手の平は真っ赤になっているし、柏手で体力を使いすぎたようで疲労感が酷い事になっていた。


(しんど……)

『自業自得だ』


 心中吐露した思いを、レッドはバッサリ切り捨てた。


『途中、オイラが何回か止めたのにあの干した鳥殺しに釣られて協力を続行したのはウィルじゃないか』


 たしかに体力的にそろそろ厳しくなるからやめた方が良いとレッドから忠告され、それを受けてウィルがそろそろやめて欲しいとユウに伝えたのだが。


「もう少し! あともう少しだけ!」


 という言葉と共にチラつかされた追加の干した鳥殺しに、ウィルはついつい「……もう少しだけなんだよな?」と受け取って実験を続行してしまったのだった。


 それも一回に限らず、複数回も、である。


『まあ、人付き合いに前向きになってくれたのは嬉しいんだけどさ。あんだけ嫌ってたのに、甘いもの一つであっさり懐柔されるのはチョロ過ぎないか?』


 チョロ過ぎると言われ、少しムッとなるウィルだったが、否定しようにもその通りだった。


 それに、改めて甘味とユウに対する嫌悪感を天秤に掛けてみてもあっさり甘味の方に傾いてしまう、取り繕えない自分がそこにはいた。


(……チョロくても良いかな?)

『えっ』

(甘いもの食べられるなら多少嫌でも我慢していいかなって)

『マジかよオイ……』


 ウィルは思っていた以上に自分は甘い物が好きらしいと判断した。


 少なくとも未だユウから感じる嫌悪感、それを相殺できるくらいには甘味の魅力はあった。


 実際、今現在干した鳥殺しを食べていると、ユウを見ていてもあまりイライラにしない。


 そのユウだが、今はまた女の姿になっていた。


 やはりウィルの柏手の影響でユウの魔法が解けるらしく、最初のうちは柏手を打つ度に女の姿に戻り、即座に男の姿に戻していたが途中で面倒になったのかいつの間にかそのままにしていた。


 よって実験の間中ユウの素顔をずっと拝む事になったのだが、不思議なのが男の姿と女の姿、見るだけで明らかにその違いは分かるぐらい差異があるのに、顔のつくりは全く同じだったりするところだった。


(今の方が髪は長かったり目の色は銀とか結構違うのに、顔の形は一緒って変な感じだな……)


 なお、今はちゃんと外套を着込んでいるので裸ではない。

 さすがのユウも好き好んで恥部を露出する趣味は無いらしい。


「……うん。今回はもう良いや。実験おしまい!」

「そうか……やっと終わったんだ……」


 そう言いながら、ユウが男の姿に戻る。途端、今さっきまでそれほど感じていなかった不快感が急に強くなる。


 いや、強くなったというより、戻ってきた、というのが正確な気がした。


「…………」

「どうしたの? 急に怖い顔して」

「いや……なあ、お前って女……なんだよな?」

「一応そうだよ」

「(一応?)なんでわざわざ男の姿に?」


 関係ない事には首を突っ込む気は無かったが、もしこの不快感に関係があるなら確かめるべきだと思い、避けていた疑問をぶつけてみる。


「わざわざ男だって偽るのは何かそういう事情があるのか?」

「え~……。事情って程では無いけど、理由の一つとしてはこっちの方がしっくり来るから、かな?」

「? しっくり来る?」

「何ていうかね、世の中女の子が変な事するより男の子が変なことしてた方がまだ風当たりが強くないんだよ。ボクの生き方的には男として過ごしていた方が都合良いのさ」


 ユウの答えは分からなくもないが、そんなものだろうか? とも思う。

 というか、それよりもユウが自分のしている事は変であるという自覚を持っていた事の方が驚きである。


「急にどうしたの? さっきはもう気にしてないとか言ってなかった?」

「いや……何かお前を見てるとすごく気持ち悪くなってくるんだけど」

「え、なにそのいきなりの罵倒? 真顔で淡々と言われると事実感が凄くて、泣きたくなってくるんだけど?」


 実際、ウィルにとって事実である。


「それがさっきまでお前そのものが嫌いだからだと思っていたんだけど、今男の姿になった途端に気持ち悪さが出てきた気がして……」

「どうしよう。すごく自然に衝撃的な告白と罵倒が混じった興味深い話をされて、ボクどう反応して良いのか困っちゃうな……!」


 頭を抱えるユウ。人が嫌がる事をあれほどしておいて今更そこを気にするのかと思いつつ、ウィルは柏手を打つ。


「あ、ちょっ!?」


 パッとユウの姿が男から女の姿に変わった途端、感じていた妙な不快感が大分減ったように思える。


 やはり、この魔法にもユウが気持ち悪いと感じる原因があるらしい。


「やっぱり、だいぶ気持ち悪くなくなった」

「いや、いきなりそのパンッてするのやめてよ! またすっぽんぽんになったらどうしてくれるのさ!? というか、その言い方だとまだ気持ち悪さが残ってるって事だよね!?」


 今まで散々柏手を打たせておいた上に、既にユウの裸体は見てしまっている。今更気にする事はないだろうとウィルは思う。


 気持ち悪い云々については、これまでの所業に因る所が大きいので仕方ないだろう。


「その魔法をやめてもらえれば、もう少しお前の研究に協力的になれると思う」

「うっ……魅力的な提案だけど、無理。いや、無理じゃないかもしれないけど今はすごく難しいかな……」


 魔法使用の中止を打診してみるものの、即座に断られる。


「オヤジさん達には男の姿で通してるから今更こっちの姿見せると凄く面倒な事になるし、あの魔法を使っている間はケガや病気の心配もないし、寝たり服着る必要もないからすごく便利なんだよ」


『? ……ケガや病気の心配もなく、寝る必要もない? なんだ、ただの偽装魔法じゃないのか……?』


 なにやらレッドが訝しげに思考を巡らし始める。ウィルとしては魔法だからそういう事もあるのだろうと納得していたのだが、どうやらまたユウ独自の特殊な事例らしい。


 まあ、ユウに関してはそういう事を一々気にしても疲れるだけなので、ウィルはとりあえずレッドには考えるだけ考えていてもらう事にする。


「ねえ。その気持ち悪さって本当にあるの? 気のせいとかじゃなくて?」


 そう言いながらユウが男の姿に変わると、やはり妙な気味の悪さを覚える。


「うん。なんというか、こっちの方が不気味な感じがする」

「不気味って……こうはっきり言われるとショックだな……」


 ガックリと項垂れるユウ。別に本当の姿じゃないのだから、何故そこまで落ち込むのか理解できない。


「ね、ねえ? この姿のどの辺が不気味なんだい? 顔とか?」

「どの辺……全部?」

「ぜっ……!? い、いくらなんでも酷くないかい!?」


 少し素直に言い過ぎたらしく、怒鳴られる。しかし、どこが変なのかウィルにもよく分かっていないのだからしょうがない。


「そう言われてもこっちもよく分かんない。お前が男の姿になってる時に嫌な感じがする。そうとしか言いようがない」


 強いて言えば雰囲気か。初めてまともに会話した今朝の時から変わらない、ウィル自身も要領を得れない嫌な感じは、ユウが男の姿をしている時にはっきりと感じる。


 女の姿の時は……まあ、ちょっと近寄りたくないなと思う程度だ。少なくとも、変にイラついたりする程の不快さは無い。


「うーん……またちょっと色々気になる事が出て来たけど……さすがにユースさん達をこれ以上を待たせるわけにもいかないし……」


 先程までの満足げな表情はどこへやら、ユウは苦悩しつつも好奇心を振り払ったらしく、また男の姿になってユースが待つ場所へ戻ろうと伝えてくる。


「お腹はそこそこ膨れたはずだし、良いよね?」

「……分かった」

「そんな嫌な顔しないでよ。さっきも言ったように、ボクは今この姿を解くわけにはいかないんだよ」


 間違ってもさっきみたいに突然魔法の打ち消しをしないでよ? と、釘を刺されるが、正直言ってウィルはしない保証はできなかった。


 別に、ユウを困らせようとするつもりはない――割と魅力的な考えなのも否定できない――のだが、そもそもユウの正体を暴いたのは不可抗力によるものだった。


 必要に迫られれば柏手を打つしかないので、その意図が無くても魔法が打ち消される可能性は十分ある。


 そして何よりユウの魔法が解けたところでウィル自身にはなんら問題はないのだから躊躇すらしないだろう。


「もしやったら二度と干した鳥殺しあげないからね?」

「わかったやらない」


 前言撤回。問題はある。というかできた。


 命が関わらない限りは自重しようと考えていると、フッと一瞬だけ辺りが暗くなる。


 なんだろうと見上げてみると、かなり大きい――大体ウィルと同じくらいだろうか――鳥が大きく旋回しつつ、ゆったりとこちらに降りてきていた。


 魔物の襲撃かとウィルが金棒に手を伸ばすと、ユウが慌てて止めてきた。


「待って待って! アレ敵じゃないから! ユースさんの召喚獣だから!」

「召喚獣? あれが……」


 初めて見る、とウィルは降りてくるソレをまじまじと見る。


 召喚獣は魔法使いが使役する生物全般の事を指す。


 召喚獣は普通の獣や魔物、魔獣の場合もあれば人間の時もあり、契約した魔法使いの求めに応じて異空間を通じてどこにでも出現し、力を貸すという。


 その代わり、召喚獣は契約者の魔力を対価としてもらうらしい。


 ウィルの認識としては都合の良い奴隷又は部下といった印象で、以前義父にそう言った際は「大雑把に言えば間違いではないけど、それを召喚術士の前では絶対に言うな」と強く叱られた事がある。


 どうも召喚獣と召喚術士というのは単なる利害関係だけでないらしく、下手に召喚獣をモノ扱いすると激怒する契約者は多く、また契約対象となる生物も総じて知能が高めであるらしく、プライドを傷つけると大変な事になると教えてもらっていた。


 あまり下手な言動はできないなと考えていると、その鳥がユウの前に降り立つ。


 鮮やかな光沢のある朱の羽が日の光に当たって煌めく。


 なかなか綺麗だ。


 鳥は、自分の首もとに付いてる小さな鞄を示すように、胸を張ってユウを睥睨する。


 なんというか、凄く偉そうだ。見た目が綺麗なのもあって、お貴族様みたいな印象すらある。


「手紙?」


 ユウが鞄の中を探ると、四つ折りに畳まれた紙片らしきものを取り出して読み出す。


「……ウィル。突然で悪いけどちょっと急がなきゃいけなくなった」

「どういうこと?」

「ユースさん達、先に出発したって」


 手紙の内容は、状況が変わったから先に発つ。明確な目的地はまだ把握できていないから、とりあえずユウは遣いに出したこの召喚獣を頼りに自分たちの後を追ってほしい。


 そんな内容が走り書きで記されていたようだ。


「オヤジさんもユースさんも慎重なタイプだからいつも準備を整えてから行動するのに……こんなに慌てて行動するなんて何か有ったんだとと思う」


 こんなに慌てて、と言うが、ユウが柏手の実験を始めなければ普通に一緒に行動できていたのではないだろうか? とウィルは思った。


「…………」

「な、なんだい? その目は?」

「いや……食糧確保だけならとっくの昔に終わっていたんだけどなって、思っただけ」


 ウィルの言いたい事は伝わったらしく、ユウがサッと顔を背けて視線を逸らす。


 今朝の時も思ったが、もう少しまともに取り繕えないのだろうか?


「と、とにかく早く行こう! このままじゃどんどん距離が離されちゃうからね!」


 頼むよシュハ、と鳥に向かって声を掛ける。どうやら名前らしい。


 シュハがその場で羽ばたくと、ぶわりと風が舞う。


 そのまま降りてきた時と同じように弧を描きながら空に昇ると、徒歩のユウ達を気遣うようにゆったりとした速度で、西の方角へと進み始めた。


「さあ行こう!」


 シュハを追いかけ始めたユウ。その後を、何となく釈然としない気持ちを抱えたままのウィルが続いた。

次回か次々回くらいからガッツリ戦闘回が続く予定

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