得られた利
「まあ、あんまりイジめてもしょうがないからね。キミにとってもメリットのある提案を出そうじゃないか」
八方塞がりの状況にウィルが頭を悩ませていると、その元凶がそんな事をのたまった。
「……なに?」
何を言い出すのかと顔をあげると、ユウは癖なのかまた人差し指をピンと立てる。
「キミさ、もしかしなくてもこの国を出ようとしてるよね?」
「!」
言い当てられてつい驚いてしまうと「やっぱり?」としたり顔でユウが嗤う。
「どうして……」
「さて? なんでだろうね? でも、それは一先ずおいておこうか。とりあえずキミがこの国を出るつもりなら、その旅にボクが同行して全面的に協力する、というのはどうだい?」
ウィルがこの国を出る事に対して発生する問題はいくつもある。
そのほとんどが呪い子であるが為に起きるもの、或いは呪い子でなくても起きうる問題がより深刻化するので、もし本当に常人の助力を得られるのであれば、かなり魅力的な提案であると言えた。
「……本気で言ってるの?」
「キミも疑り深いねえ。ボクの方が圧倒的に優位に立っている状況なんだから、冗談でこんな事言うと思う?」
たしかに。
その態度は冗談みたいな奴だが、表情などを見る限りは本気で言っているように見える。
が、だからこそ、ウィルには解せなかった。
(なんでわざわざこんな事を言い出すんだ? 絶対に何か裏があるとしか……)
『おそらくウィルを縛っておきたいんだろう』
ユウの考えが読めずにいると、レッドが自分の予想を教えてくれた。
(縛る? それならもうとっくに縛られているんだけど?)
『いや、物理的にじゃなくて思考の方でウィルを逃げないようにしたいんじゃないかって事だ。さっき回復魔法以外もウィルには効かないんじゃないかって、この子言ってただろ? その予想を正しいとすればウィルには契約魔法やら隷属魔法の類が効かない、つまり強引に言う事を聞かせられないって事になるからな』
無理矢理言う事を聞かせられないなら、自分から従いたくなるように仕向けよう、という事らしい。
(なるほど……本当に俺には、呪い子には魔法が効かないの?)
『何を以って効くとするかで答えは大分変わるな。昨日も言ったが、魔法というか、魔力の使い方次第でウィルの身体に影響があるかないか変わるんよ』
ただ、契約魔法や隷属魔法の類はその原理から考えるとウィルを強制的に従えさせるのは難しいはずだとレッドは言った。
(そうなのか……あれ? という事は、俺、逃げようと思えばいつでも逃げられるって事か?)
『だからやめとけって。呪い子の体質についてそこまで察しているのに、それでもウィルに執着してくる相手だぞ? 逃げようとすれば相当しんどい事になるはずだ』
ここは大人しくしておけと諭される。
『お前はあまり気乗りしないようだが、この手の人間は実利で物事を見たがる事が多い。変に呪い子だから云々っていう偏見による言動はしないはずだから、意外と良縁かもしれないぞ?』
(……良縁、ね)
改めてユウを見てみる。
自分とそう変わらない年頃で、線も細く、そこまで頼もしそうには見えない。
表情はずっとニコニコしていて、濃い茶色の瞳はバカ正直にその楽しげな感情を曝け出している一方で、得体の知れない光を持っている。
分からない。不気味だ。コワイ。
なんと言うべきか、ウィルはユウと対面してから正体不明の不安に襲われていた。
いや、正体不明だから不安なのか。
とにかく、ウィルが今まで相手をした事の無いこの奇妙な人種は、彼に思いの外大きな圧力を発揮しており、それがユウを敬遠する大きな要因となっていた。
とても、良縁などとは思えない。
「……ハァ」
とはいえ、どれだけ忌避感があろうと今のウィルに選択肢はない。
今日一番の嘆息を吐き、覚悟を固める。
とんでもなく嫌な気分だが、コレを受け入れた所で別に死ぬわけではない。
そう。死ぬことに比べれば大抵の事は些事であろう。
「前向きになってくれたみたいだね?」
「昨日俺が眠らされた時点で、自由はなくなったみたいだから」
お前に従う腹は括ったと言うと「それは結構」とユウは満足げに頷いた。
「ただ……俺にだって譲れない事はある」
「お? その状態で交渉する気かい? 強気だねぇ」
縛られたままのウィルをからかうように、しかし、先程までとは違いユウの表情に真剣みが帯びた。
「……いいよ。よほどの事じゃないなら聞いても良いよ」
レッドの予想通りに、ユウはウィルの要望を受け入れる意思を示した。
「さっきお前が言ったように、俺はこの国を出るつもりだ」
「うん。それで?」
「できるだけ早くこの国を出たい。お前はその研究とやらがしたいみたいだけど、それよりもこの国から出る事を優先してほしい」
先程提案を出された時、嘘をついている様子は無さそうだったが、かと言ってそれをそのまま丸呑みにできる程ウィルは不用心ではない。
いつ、と明言されていないので、“研究”を優先して出国を後回しにされていつまでも助手として働かされるというのは、レッドも勘弁してほしいはずだ。
そう申し出ると、ユウは頷いた。
「構わないよ。というか、元々ボクもこの国を出るつもりだったから、そんなの条件にもならないよ?」
「は? お前も?」
この国では魔力さえあれば生活自体はそれほど困らない。
どころか、他国に比べるとその生活水準が高いらしく、他国では移住を希望する人は多いとウィルは聞いたことがある。
更に言えば、最近では他国からの移住希望があまりに多いために入国に制限が掛けられる程であるらしく、余程魔法に秀でている等ごくごく限られた者にしか移住は認められず、それ以外の入国者も厳しく監視されると聞いている。
それなのになんでわざわざこの国から出ようとするのだろうか?
「うん。この国の暮らしは便利で豊かなんだけど、色々とつまんないんだよねぇ」
「……? まさか、つまんないって、それだけで?」
「それだけだよ?」
つまんないというだけで安定した暮らしを捨てるとか……コイツ馬鹿なんじゃないのか?
『いやだからそう言ってるだろ』
レッドの言う“バカな人間”がどういうものなのか、だんだんと理解すると同時にウィルは頭が痛くなった。
「それだけかい?」
「……いくつか確認させてほしい。助手というのは具体的に何をさせられるんだ?」
「んー、聞きたい事が山ほどあるから、とりあえず質問責めにはさせてもらおうかな? その答え次第では実験したりするかもだから、その時々によるとしか言いようがないかな?」
具体的にと聞いたのに、分かったのはその研究とやらの内容が全く定まってないことだった。
「随分と無計画なんだな」
「まあね。昨日思いついたばっかりだし。でも、そこまで酷いことはするつもりは無いから、そんなに心配しなくても大丈夫だよ」
既に結構酷いことをされているウィルとしては、全く信用できない言葉だった。
「……でも、これで納得した。俺の旅の終わりが見えてもいないのに、あっさり同行するとか言えたのはそういう事か……」
研究というと、ウィルの中では錬金術師の工房のように色んな器具がある部屋で色々な実験をするものだという考えがあった。
なのに旅などすれば当然ながらそんなことできるはずがなく、その終着点も見えないということは、いつその研究を始められるか見通しが全く立たないという事だ。
ユウ自身がその研究の見通しが立っておらず、しばらくは聞き取り調査だけをするぐらいなら旅をしながらでも可能だろう。
そんな風に考えたウィルだったが、直後のユウの反応で見当違いである事に気づかされる。
「ゑっ?」
とんでもなく間抜けな驚声をあげて、ユウがこちらをマジマジと見つめてくる。
「なに?」
「いや……キミの目的地ってリード聖教国じゃないの?」
よもや、心の底から変人だとバカにしていた人間に、自分でも分かっていなかった目的地を教えられる事になるとは、ウィルの一生の不覚であった。
唐突なタイトルワードの出現。
本人も把握していなかった目的地をユウが予想できた理由は次回にて。




