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『呪い』の弊害

諸事情で今回は短め。諸事情の内容はあとがきにて。

 ウィルにとっての“治療”とは、基本的に薬品の塗布や包帯等による患部の保護など、極めて()()()なものが常だった。


 一方で、世間一般では回復魔術を使うのが主流である。


 なにせ、魔力さえあればたいていの疾病はあっという間に完治する上に、その過程での苦痛もほとんどない。薬も使わないから、当然その副作用を気にする必要も無い。


 また、重症を治療する魔術はそれ相応の難易度になる為使える人間は限られるが、逆に軽微なものならば読み書きさえできれば子供でも簡単に修得できる。


 そんな万能で優秀な医療手段をウィルが受けた経験が無いのは、言うまでも無いかもしれないが彼自身にソレを行使するのが不可能であった事が最大の理由だが、他にもいくつかの要素がある。


 一つは、単純にウィルの肉体が頑健であった為、緊急で治療を要する大病や重傷を負った事が無かったから。


 二つめは、保護者であった義父が「()()()()()使()()()()」と言って、一度もウィルに行使しようとすらしなかったからだ。


 ちょっとの怪我や体調不良では治療してくれなかった、というわけではなく。前述したようにいつも原始的な医療手段をウィルに用いて手当てを施してくれていた。


 ウィルが知る限り義父は魔法の才能は、優秀とまでは言えなくても凡人程度にはあった筈で、元冒険者ならば捻挫や打撲といった程度の傷病を治癒できる魔術は容易に使える筈なのだが、ウィルがそういった程度の怪我をしても頑なに使ってくれなかった。


 ウィルは、幼い頃はどうして回復魔法を使ってくれないのだろうかと思い続けていたものの、最近では魔力が無くて回復魔術が習得できない自分の為に敢えて原始的な手法を使い続け、自分にソレを教え込む為だったのだと思っていた。


 そう。思っていたのだ。


「……なんで? なんで全然治らないんだ?」


 ウィルの治療は回復魔法で行われる事になった。


 それが向こうの常識だったから自然とそうなったというのもあるが、相手に体を預けなければならない原始的な治療手段は、ウィルとしても避けたかった。


 また、仮に害意ある魔法が行使されても、鬼術でなら無効にできるので、いざという時の保険があるという意味でもそちらの方が都合が良い。


 更に加えて言えば、生まれてこの方受けた事のない回復魔法に対して興味があった、というやや子供じみた理由もあってその申し出された手段による治療をウィルは承諾した。


 が、いざ青年――彼はユースと名乗った――の掌から回復魔法の魔法陣が展開され、魔力による治癒の光がウィルに降り注いでも、一向に肩の傷が治る気配が無かったのだ。


(……どうして?)


 自らの魔法が効かない事に呆然としているユースだったが、それと同じくらい驚いているのは、他でもないウィル自身である。


 そしてその謎に対する解答をもたらしたのは、この状況を受けてユースの魔法陣を解析したレッドだった。


『うわっ……何この頭悪い魔法陣は?』

(どういうこと?)


 頭が悪い、という意味がウィルには理解できない。


 まだまだ魔法陣というものに対する理解が浅いが、そんなウィルでもユースの手から宙空に光の線で描かれた魔法陣がかなり高度なものだという事が一目見て分かった。


 魔法陣は初歩的な魔力の使い方、或いは苦手な魔法を使う際の補助で使うとウィルはレッドに教わったので、ユースは元々回復魔法がそれほど得意では無い事は察せられるのだが、だからと言ってこれほど複雑な魔法陣を瞬時に歪みなく形成できるこの青年は、ウィルからすれば非常に優秀に見えるのだ。


『この魔法陣、人間の治癒の仕組みが一切書かれていないんだ』

(!? 回復魔法じゃなくて別の魔法って事!?)


 まさか騙し討ちされそうになっていたのかとギョっとしていると、レッドが『違う』と否定した。


『式自体は回復魔法だ。が、本来の生物的な原理を無視して治癒する式になっている』


 レッドが言うに本来の回復魔法とは、生物が元々持っている治癒能力を補助する形であるはずらしい。その方が消費する魔力も肉体に掛かる負担も少なくなるという。


 ところが、ユースの魔法陣は魔力だけでゴリ押しする式らしい。


『魔法っていうのは使い手の想像力に因るところも大きいからな。極論すれば治癒原理の知識が無くても“治す”と念じて魔力を行使すれば、同じように治るんだ』

(だったら何で俺の怪我は――)

『お前だからだよ。魔力がない物体に魔力のみのゴリ押し魔法は作用しない』


 魔力は使い手の気持ち次第で何物にもその形態や事象に変換される。


 正確には、魔力を通じて空間に満ちるマナに意識を伝わる事によって魔法が発生する。


 しかし、魔力が存在しないウィルの肉体に直接魔力を作用させて傷を治そうと思っても、マナに意識が伝わらない為に“治癒”という魔法現象が起こらない。


『そういう理由で元々、鬼の子、つまり呪い子に魔力は作用し辛いものではあるんだが、ちゃんと医学的な知識を保持している上で、生物の治癒現象を()()()()引き起こす形の魔法なら、お前みたいな魔力を持たない者の怪我でも治す事は可能なんだ』


 ……なるほど。だから“頭が悪い”のか。と、言うか、


(“回復魔法は使えない”って、そういう意味だったのかよ……!)


 傷が治らない理由どころか長年の謎まで解けた。それはいい。


 いや、良くは無いのだが、できないものはできないのだから諦めるしかない。


 ただ、そのせいで非常に面倒な事態になってしまった。


 治療と引き換え、という落としどころが無くなるのだから、当然この後の算段が崩れてしまう。


(……俺に効くような回復魔法の使い方を教える、というのは無理だよね? 多分)

『まあ、向こうから見ればこっちは魔法に関しては素人未満の存在だからな』


 魔法・魔力に関しては素人どころか完全な門外漢である存在であるはず呪い子の指摘を、魔力持ちが素直に聞く耳を持ってくれるとはウィルは思えなかった。


(……どうする? どうすればいい?)


 落ち着け。


 自分にそう言い聞かせて、ウィルは改めて状況を確認する。


 まず、目的は身の安全確保。これは、半分成功で半分失敗した。

 当初の目的であるこの冒険者達の誤解は解けたようだが、その代償に手酷い傷を受けてしまった。

 回復魔法による迅速な治癒が不可能であると分かった今、この怪我は自分が採った強引な手法が元であるのだから甘んじて受け入れて自力でどうにかするしかない。


 つまり、いつも通り自分自身で手当てをすればいい。今回の怪我は今まで経験した事が無いくらい深いようだが、他に手当を任せられる人がいないのだからしょうがない。


 そうなると、ここはやはりできるだけ穏便に冒険者たちと別れて、どこか落ち着ける場所を見つけて治療に専念するしかないだろう。とすれば――。


「…………やはり、呪い子というのは、厄介なモノ、だな……!」


 頭の中で方針がまとまりかけていると、押さえつけていたはずの男が忌々しそうにウィルを睨みながら、突然言葉を吐き出し始めた。

色々あって書き溜めデータが吹っ飛びました(白目


データ復旧できれば来週以降もしばらく安定して投稿が続きますが、できなければもれなく自転車操業状態となって投稿は私の気力次第なので、途切れたらお察し。ごめんなさい。


とりあえずもうすぐ年末休みに入れるので、どうにか来週は投稿したいです。

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