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真言

 死ぬかと思った。


 今の率直なウィルの気持ちとしては、ただただその思いで一杯だった。


 鬼の金棒を投擲して土煙で視界を封じ、その隙に乗じてあの曲剣の男を避けて、格闘が不得意そうな残り二人の内どちらかを人質という保険にして()()()()に臨むつもりだった。


(まさか何のためらいもなく飛び出してきて、出会い頭に斬り付けてくるとは思わなかった……)


 異様に鋭くて速い剣だった。鉱竜戦の時よりも明確で存在感のある“死”の実感だった。


 正直、自分がどうやって避けたのか全く覚えていない。生きているのだからどうにかしたのだろうが、この男が目の前に飛び出てきた時に、頭が真っ白になって無我夢中なってしまった。


 気付いた時には、既に自分はこの男を抑え込んでいて、全力疾走した時よりも酷く息切れしていて、喉の奥が焼けたように痛くて、肺や心臓が暴れるように苦しかった。


 ポタポタと腕から酷く汗が滴り落ちている……と思ってチラリと見遣ると、小さな紅い水たまりができていた。“斬られていたらしい”と、ここでようやく自分の負傷を自覚した。


(レッド。肩の傷、どんな感じ?)

『大分ひどいな。今オイラの身体使って止血しているけど、一部の筋肉が綺麗に斬り飛ばされている。治すには相当時間が掛かるぞ』


 今はまだ身体が興奮状態だから気にならないけど痛みも酷いものになるはずだという。


『とはいえこんなヤツ相手にこの程度で済んで良かった、というのが正直な所だな。一歩間違えれば首が落ちてたし、腕丸ごと一本持っていかれなかったのが奇跡だな』


 レッドから見ても冷や汗モノだったらしく、言葉自体はいつも通りだが声は心なしか堅い。


(……もしかしなくても間違えたかな? 俺?)

『さて、な……そもそもオイラとしてはあんまり好きじゃないやり方だし、コレに喧嘩を売ったのは失敗だったとは思う。けど、だからと言ってこんなヤベー奴だったなんて分からなかったんだから、一概に間違いだったとは言えないんじゃないか?』


 反省は必要だが、五体満足で目的は達成できた事は喜んでおけばいいと言われた。


『まあ、本番はこの後だから反省するのは後にしておけ』


 即席煙幕が晴れると、残りの二人がウィルに抑え込まれた仲間を見てギョっとした声を上げる。


「“オヤジさん”!?」

「待ってユウ! ソイツは……!」


 こちらに駆け寄ろうとしてきたウィルと同じくらいのユウという少年を、ウィルと目が合った青年が何かに気付いて慌てて制した。


 この暗がりで距離が空いているにもかかわらず、どうやら相対している人物の瞳の色を判別できたらしい。面倒な。


「『動くな!』」


 厄介な事にならない内に先手を取るべく、直前にレッドに言われていた通り“頭の中で彼に語り掛けるように声を出して”言葉を紡ぐと、それぞれ装備を構えようとしていた二人の動きがピタリと止まった。


「……そのまま『武器を捨てろ』」


 内心驚きつつ試しにもう一回言葉を投げると二人どころか、ウィルが押さえつけていた男が頑なに手放さなかった曲剣も地面に転がった。

 人質を取っているとはいえ、自分の要求がこんなにもすんなり通った事はウィルには無かった。


(本当にこんなのでに文句一つ言わずに従うんだ……“真言”だっけコレ? 強く思って言うだけで聞いてもらえるようになるなんて。何というか、コレさえあれば対人は何も怖くないんじゃない?)

『いや、あくまで()()()()()()()ってだけだから過信は禁物だ。よほど意志が弱い奴でもないと洗脳まがいの事は不可能だし、逆に頑固者相手でも全く聞く耳を持ってもらえないって事も無い』


 簡単に言えば魔力が必要な“言霊”の鬼術版と言え、言葉の意味を通すのではなく話者の()()()を通すもの、という事らしい。

 ただそれだけの事なので、この人質を取って要求を突きつけるという行為自体との相性は良いらしく、その是非はともかく効率面だけで言えば悪くない選択という。


(いや、“気持ちを通す”と言われてもいまいちピンと来ないんだけど?)

『だから説明が難しいって言っただろ。とりあえず鬼の……呪い子ってだけで聞く耳持ってもらえないって事は無くなる。状況をイーブンに持ち込めるって思っておけばいい。それで十分だろ?』


 十分どころか、まともな話になる事が保障されるのであればそれ以上の事は無い。ウィルにしてみれば、これまでまともな会話をした人間など義父以外にいなかったのだから。

 ただ、その根拠がイマイチ理解できていないが為におっかなびっくり慎重になってしまうのも仕方あるまい。


 とはいえこのままだと話が進まないので、ひとまずウィルはレッドを信じて冒険者たちから話を聞き取り始める。


「手短に聞くぞ。あんた達は何だ? 何故俺を追ってきたんだ?」

「……ボクらは――」


 口を開いたのは若者二人の内、年かさの青年の方だった。


 その内容はかねてからの予想通り、彼らは冒険者ギルドで指名手配されていた者を追っていた人狩りで、この近辺で目撃情報が有った為にやってきたという。


 で、焚き火の煙を見つけて近づいてみたはものの、その主であるウィルが咄嗟に隠れた為に見つからず。

 ただ、食事の準備状況から遠くにはまだ逃げてない、つまり慌てて逃げ出した事が察せられた為に標的が居たのではないかと考え、彼らも急いで痕跡を探して追跡を開始した。


 これが事のあらましらしい。


『……なんつーか、ものの見事に墓穴掘っていたんだな。オイラ達』

(いや、墓穴も何もどうしようもないでしょこんなん……)


 彼らと関わり合いになりたくない、その一点においてはウィルも件の指名手配者も同じであった為に起きた出来事なので、この場合彼らの追跡をかわしきれなかったウィルの落ち度だろう。


「(ん? そういえば)先に俺に襲ってきたオークは既にだいぶ弱っていたみたいだったけど、あんたらがやったんじゃないのか?」


 先に聞いた話にオークが出てこなかった事に気付いてウィルが尋ねると、青年が違うと否定した。


『ん? どういう事だ? あの傷口はどう見てもそんな時間が経っていないもののハズだったんだが? オイラ達とこの人達以外あの近くに誰か居たって事か?』

(可能性としてはその指名手配者が近くにいたっていうのが考えられるけど……)


 彼らが嘘をついているとなれば話は別だが、そのような嘘をついたところで彼等にとっても何の意味もない。

 そして、仮にその予測が正しいのであれば、ニアミスで彼らはウィルを誤認追跡した事になる。


(……改めて思うけど、運悪すぎないか俺?)


 ウィルの気が遠くなった事を察したのか、抑えこんでいた男から妙な気配が発せられる。


 即座に抑え込む力を強め、鳩尾に掛けている体重を強めると「ぐっ……」と男の口から苦悶の息が漏れる。


「余計な事は『するな』」


 念じながら言葉を紡ぐと、一瞬で抵抗が止む。今更ながら、やはり効果はしっかりあるらしい。この真言とやらは。


(でも、何だろう? ただ喋っているだけなのに、なんか、妙にしんどく感じる気がするな……)

『そりゃ鬼術なんだから使えば使うほど生命力を消費するわ。さすがに使い過ぎて死ぬ事は無いだろうが、あまり乱用すると身動き取れなくなるぞ』


 それは割と重要な注意点じゃないだろうか? 先に言っておいて欲しい。


「……どうすればその人を解放してくれるんだ?」


 今までウィルに聞かれるがままに答えていた青年が、初めて向こうから行動を起こした。


「……」


 一瞬、面倒なので真言で黙らせようかとも思ったが、ちょうど使い過ぎるなと言われたところなので、そのまま視線だけ向けると、それを了承の意と取った青年が喋りはじめる。


「いつまでもこうしている訳にはいかないだろう? お互いに」


 そうウィルの肩口の傷に視線を向けつつ、青年が人質の解放交渉を持ち掛けてくる。


 レッドのおかげか傷口からの出血は止まっていたが、斬られた左肩から先の腕にだんだん力が入らなくなってきている。一応、体重を掛ける突っ張り棒としての役割はまだまだ果たせそうなので今の所問題は無さそうだが、青年の言う通りこのまま時間を浪費するとどうなるか分からない。


「さっきも説明したように、ボクらが追っているのは老人と言っても良い年の人間だ。人違いをしていた非は認めよう。どうだろう? その傷を治すのでその人を解放してもらえないだろうか?」


 青年が出してきた条件に、ウィルは少し考え込んで、答えた。


「……俺を見逃す事も付け加えるなら、受けよう」

「見逃す?」


 先程、ユウと呼ばれた少年が首を傾げた。


「何だ? 人違いで襲おうとしていた非は認めるんじゃないのか? ……それとも、呪い子にここまでやられては見逃せないか?」


 ウィルが自嘲気味にそう言うと、ユウが素っ頓狂な声を上げた。


「えっ!? キミ呪い子なの!? うっわ初めて見た!」


 そのユウの反応に、こっちはまだ気づいていなかったのかと、余計なことを言ってしまったなと苦虫を噛み潰した気になる。


「うーん……暗くて眼の色が良く見えないなあ」


 そう言って好奇心を隠そうともしない不躾な視線を向けられ、ウィルが顔をしかめていると、呆れた様子の青年がソレを窘めるように遮った。


「ユウ。今はその悪癖を出すのは自嘲してくれないか? ……すまない。別に、呪い子だからどうこうするつもりはこちらには無いし、さっきも言ったように、人違いをしたのはこちらだ。キミが自衛の為にこんな事をした非を責めるつもりはない」


 今まで自分に向けられた事のない青年の慇懃な態度(と言ってもその声音は険しいものだったが)に、ウィルはほんの少しの感動を覚えつつも、同時に今までの経験から手放しに信用も安心できずにいた。


(……最善は怪我の治療と見逃してくれる事だけど、最悪は手の平返しされてこの人を道連れに死ぬことか)

『いやいや、そこまで警戒する必要も無いと思うけど? まあ、とりあえず最低でも怪我さえ治してもらえれば、この約束を反故にされてもなんとか逃げられるだろうから。ここは申し出通り肩の治療との交換条件でこのおっさん解放すれば良いんじゃないか?』


 なるほど。一先ずこの傷の手当てさえしてもらって逃げれられる状態になれれば、最悪追われることになっても希望が残る。


 昼間の事から全力で逃げれば逃げ切れない相手ではないのは分かっているし、そうなればこの冒険者たちも追ったところで金にもならない呪い子よりも自分達の標的を優先するだろう。


 そう方針が固まったウィルは、青年に向かって“治療”と引き換えに人質の解放を了承する事を伝えた。

とりあえず誤解は解けた模様。このままウィルは無事にこの三人から離脱できるのか(フラグ

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