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暗鬼蠢動

引き続いて冒険者側の視点です。

「そこに案内しろ」

「はい。そんなに遠くでは――っ! 何か飛んで来ます!」


 ユースの警告に、ユウが素早く魔法陣を展開して“オヤジさん”の前に結界を発生させる。


 直後、()()()()()()()()が飛来し、障壁に衝突する――直前。


「っ!? 離れて“オヤジさん”抜かれる!」


 即座に“オヤジさん”がパッと横っ飛びで退くと、硝子質の音を立てて結界はあっさりと破られた。


「ユウの結界がっ!?」


 驚愕の叫びが響き渡る前に、その()()は地面に突き刺さると爆音と共に大地を割り、土煙が巻き上がる。


「(! これは……!)二人とも動かずその場で防御を固めろ! ()()()()()()()()()()()()!」


 夜の森というただでさえ悪条件下で、多少なりにでも土煙を巻き上げられれば視界は完全に潰れる。


 しかし、経験豊富な彼だけは、既に自身がすべき事が見えていた。


 事態の急変で沸き立った血に釣られるかのように、自らの魔力が全身を巡り、次の刹那には周囲の濛々たる土煙を蹴散らすように飛び出していた。


(――やはり、か)


 風塵から抜け出ると、僅かな月明りと、何者かの黒い影が肉薄しているのを彼の視界が捉える。


(単純な動き。所詮は元奴隷か)


 これなら簡単に首を落とせる。


 頭の中ではそんな感想を抱きつつ、淡々とその手を剣の柄へ這わせ、抜き放つ機会を図りながらそのまま迎撃行動に移る。


 ――『居合』。あるいは抜剣術と呼ばれている刃を鞘に納めた状態を起点とするその動作は、殊に対人においては高い迎撃能力を発揮する技能(スキル)


 剣を抜く動作と斬り付ける動作を同時に行う。これをひたすらに速く行う。それだけだ。


 酷く単純な動作だが、これこそ『人狩り』という仕事で生きていく上で、最も警戒すべき“復讐”に対して効果的な技術の一つだ。

 なにせ練達し極めれば極める程速度が飛躍的に上昇していく為、たいていの近接攻撃に対して後出しの反撃で致死的な損傷を与えられる、つまるところ対不意打ち特化技能(スキル)なのだ。

 十分な練度を持つ上でその間合いにさえ捉えてしまえば、その攻撃を阻止する事も防ぐ事も困難を窮める。


 軽量かつ鞘走りの良い刃が湾曲した剣でしか扱えず、遠距離攻撃が主体となる魔法戦闘においては無力である等欠点も少なくない。

 が、基本的に街中での攻撃魔法は余程の事情が無い限り見咎められ、その土地の治安維持組織に御用となる為に警戒優先度は低い。

 もちろん、今みたいに人気のない場所においては警戒優先度は跳ね上がるが、そういった場所での単独行動を控えるなり魔法に長けた人材をパーティメンバーに加えるなど、対策はいくらでもある。


 『人狩り』専門という死の旗を乱立し続ける彼が、冒険者の中でも古参の人間として生き残って後輩達から尊敬を集めるのは、偏にこの技能(スキル)の練度の高さによる高い生存性と、その欠点を補える知識と経験を有しているからである。


(しかし随分と早いな)


 影の獣じみた突進速度に、本当に人間なのか? という一瞬浮かんだ疑問が()()()()という感想で流される。


(その進入速度ならば回避は不可能だ)


 相手を完全に間合いに捉えた刹那、刃は月光に煌めく間もない速度で放たれ――鮮血が舞った。


 肉を断つ感触が得物越しに伝わる。


 が、その手応えとは裏腹に“オヤジさん”に動揺が走る。


 たしかに斬撃を与えた筈の相手の動きが、止まらなかった。


(コイツ!)


 彼の剣は確かに相手を捉え、刃は肉を抉っていた。


 ただし、彼が狙った首ではなく、そこから大きく外れた肩から上腕部に掛かる部分の一帯だった。


(狂ってやがる! 避けきれないからって素手で払いのけようなんてするか普通!?)


 『居合』は彼が最も好む手法であり、また最も習熟して自信のある技能(スキル)だ。


 だが、それが完璧でない事は彼自身が一番把握しているところで、ソレが防がれるという事態も少ないものの経験しているしそれくらいで驚愕する事は無い。


 しかし、その少ない事態の大半は彼以上に熟達した武芸の達人であるか魔法の賢人くらいだ。しかも、いずれも何らかの武具か魔法を介しての防御か回避だ。


 それが防ぐわけでも回避するわけでもなく、被弾覚悟でこちらの攻撃を軌道をずらされる程度で留められて懐に飛び込んでくるなんて馬鹿げた事を、武器も持たずに実行するなんて狂気でしかない。


 けれどもその狂行が故に、影に懐に潜り込まれてしまう。


 ――近過ぎる。


 距離を取られるのではなく、詰められすぎて間合いから脱せられるというのは、彼の人生において初めての経験だった。


「くっ!」


 咄嗟の判断で鞘に這わせていた手をそのまま突き出し、相手の顔面目掛けて牽制を掛ける。


 その時、月明りが相手の顔に差し込み、彼はその素顔初めてを把握した。


 乱れた黒い髪に、まだ幼さが残っている鬼気迫る顔、そして――自分を捉えている漆黒の瞳。


(! ガキの……呪い子!?)


 何故、子供?――ジジイの筈じゃ?――呪い子が、なんで?――自分が、負けた?――何故、どうして、何が?


 ここまで混乱しておきながら体はその動きを止めなかったのは、さすが歴戦の冒険者であるといった所か。


 が、既に彼の目は眼前の少年を映しておきながら、見る事を放棄してしまっていた。


 苦し紛れの牽制も空振りに終わり、完全な隙を晒してしまった体に飛び掛かられ、彼の身体が地面に倒される。


 倒れ際に利き手首が掴まれ、叩きつけられる。


 その衝撃に耐えて何とか得物を手放さなかったものの、この伸びきってしまった腕にはロクに力が入らず、悪足掻きもできない。


 馬乗りになった少年は、取り出したナイフをそのまま首筋に当てて来ると、息を切らしながらこう言ってきた。


「動い、たら……殺す、から!」



オヤジさん「何このヤベー奴」

ウィル「何なのこのマジコワイ人」


ウィル、何とか人質確保。手こずり具合で言えば鉱竜やゴブリン(集団)より恐怖を感じた模様。


安全なオハナシアイの場を作るつもりで不意打ちで人質を取ろうとしたら、まさかの対不意打ち特化の人がいて危うく返り討ちにあって殺されかけるという本末転倒な事態に。

もっと言えば、最初から殺す気で行った場合、経験豊富な“オヤジさん”に殺気を気取られて襲撃失敗。からの返り討ちにあって、殺されるまではいかなくても四肢の一本は飛ばされていたという、消えた未来があったりなかったり。


なお結果論ですが、最初から白旗上げて冒険者達の所に行った方だまだ穏便に丸く収まりました。が、ウィルの世間に対する信用度はマイナスに振り切っているのでその選択肢はありません。シカタナイネ。

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