闖入者 その弐
(こんなに人が近付いていたなんて気付かなかった……)
『オークは比較的生命力が多いからな。気配が潰されたんだな。経験を積めばその内解消されると思うぞ』
やってきた集団の様子を息を殺しながら、そっと叢の間から伺う。
集団の内訳は三人。
前衛担当と思しき剣士が一人に、後衛であろう術士が一人。
それから……何やら妙な鉄の棒を背負ったのが一人。何だろうか? 近接武器にしてはあまりに細く頼りないものだが、杖にしても違和感がある。
剣士がオークの死体を、術士がウィルが起こした焚き火周辺を調べており、残った一人が周囲に対する警戒を行っていた。
『でも、冒険者だったら隠れる必要なんて無かったんじゃねえの?』
(たしかに山賊とかと違っていきなり襲ってくる事は無いとは思うけど……)
この国では冒険者は功名を立てて出世しようと野心が強い人間が多い。
なので、後々自分の役に立ちそうだと少しでも思った人間が相手なら、どんなに面倒な事でも尽力して恩を売るが、そうでないと判断した人間に対しては酷く冷淡だ。
(俺は関わらない方が無難だ。それに……)
『それに?』
(あいつの剣、細身で曲がってるでしょ? あれは犯罪者狩りの賞金稼ぎがよく使ってる剣だ)
義父の教えによると、多少湾曲した剣は斬りつけるのに向いており、なおかつ細身で軽量の剣は耐久性は下がるが剣速が出やすい為攻撃が当てやすくなる。対人戦闘に向いた武器だ。
人間より頑丈な肉体を持ち、種類によっては刃が通らない事もある魔獣狩りを想定するなら使用を避けるべき武器なのだ。
よって、扱う人間は冒険者の中でも限られてくる。
『つまり人殺しに慣れてる連中か。なるほどおっかねえや』
(あまりセオリーが分かっていない駆け出しの可能性も無くはないけど、それにしては装備が整っているように見える。もし、あのオークの傷がアイツらにやられたものだとしたらかなりの腕利きのはずだよ)
『討伐に不向きな武器ではぐれオークを退散させる奴らか……たしかに下手に接触してこじれたら厄介だな』
おそらく、向こうも偶然はぐれオークと遭遇したのだろう。それで戦闘に入ったは良いが取り逃してしまって、オークが逃げた先にウィルが居た、といった所なのだろう。
なんと不運な。
『賞金稼ぎが居るって事は、この近くにあいつらが狙う賞金首がいるかもしれないのか……面倒だな』
(それもだけどもっと面倒なのは、あの焚き火がその賞金首の痕跡だと思われて俺が追われるかもしれない事だよ)
追われて勘違いのまま討伐されるなんて御免だし、誤解が解けても追跡相手を間違っていた八つ当たりをされる可能性を考えるとげんなりする。
実際、以前に魔獣をなんとか返り討ちにしてその肉を食べようとしていたら、たまたまソイツを討伐対象にしていた冒険者パーティと遭遇、クエスト遂行を邪魔されたと難癖をつけられて魔獣の死体を奪われた挙句、追い回された事がある。
『前はそうだったかもしれないけど、話せば分かってもらえるかもだし、駄目でも今ならワンチャン反撃して全員倒せそうだけどな』
(だとしてもわざわざあいつらと接触する利点がないよ。アイツらが調査している今の内にとっとと逃げよう)
『まあ、それが妥当か。……ああ。魚、勿体ねえなあ……』
名残惜しそうなレッドを無視して、ウィルは気付かれない様音を立てず、静かにその場を離れた。
一度は件の冒険者パーティと距離を離す事に成功したウィルだったが、日が暮れて一息ついていた所に再びあの三人の気配が迫りつつ事に気付き、思わず舌打ちをした。
「あーもう面倒だな……もう真っ暗なのに全然動きを止める気配が無い……」
『完全に捕捉されてるな。探知魔法の類に引っ掛かった感覚は無いから、多分足跡とかの痕跡だけで追ってきてるな。メチャクチャ優秀だな』
「夜の暗闇に乗じて襲ってくる気か……こんな森の中で騒げば魔獣が寄ってくるかもしれないのに」
『相当腕に自信があるんだな。騒ぎになる前に仕留めれる自信なのか、騒ぎになっても問題じゃないと考えているのか分からんが』
「レッド、どうしたら良い?」
『この間から言っているが、オイラに聞く前にまず自分の考えを言え。それを聞いてから考えるわ』
ここしばらくウィルからレッドに指示を求めると、いつもこう言われて先に意見を出させられていた。
どうせレッドの指示に従うのだから何故こんな面倒な手順を踏まないといけないのか理解できなかったが、言わないと先に進まないので言われたまま考える。
「……逃げ続けるのが一番無難なんだけど」
『さすがにこの暗闇の中移動するのは避けたいな。それに、逃げるアテも無いのに撒けるかどうか怪しいな』
それくらいはウィルも分かっている。
「顔を合わせて誤解を解く、というのもな……」
『一番平和に解決できそうだが?』
「話せば分かり合えるって? もしそうだったら俺とお前は出会っていないよ」
呪い子の一般的な扱いは良くて忌避して無視。悪くて嫌悪で排斥だ。加えて不可抗力だが向こうの仕事時間を浪費させてしまってる。こちらに愉快な気分にはならないだろう。
また、自分の黒い瞳を隠せるならまだ誤魔化せただろうが、先日の荒事続きで外套はすっかりボロボロだ。
フード部分は当然のように失われているし、残っている部分で無理に顔を隠しても不自然だろう。
それこそ、明らかに何者かを追っている様子の冒険者達に不要な疑念を抱かせるには十分な姿になってしまう。
『でも、今なら夜だし特に何もせず誤魔化せるんじゃないか』
「それは……そうかも。けど、呪い子なのを誤魔化せたとしてどう誤解を解けば良いんだ?」
『方法自体はあるぞ』
「本当? もしかして、そういう鬼術とかあるの?」
『うーん。鬼術というか……そうとも言えるナニかと言えば良いのか……すまん。説明するのはちと難しい』
難しいと言われ、ウィルは表情を曇らせた。
「難しい? また何日も練習するような時間なんて無いんだけど?」
『ああ、いや。原理を説明が難しいのであって、ウィルが実際にやる事はすごくシンプルで特別な技術は全く必要ない』
あえて言うなら必要なのは対話ができる状況だとレッドが言った。
『言葉が通じない相手には効果が薄いし、戦闘中なんかでも使えない事は無いが慣れないと厳しい。とにかく最初はウィルが落ち着いて実行できる状況の方が良いな』
「普通に難しくないかなソレ……?」
『逆に言えば状況さえ整えば失敗する心配はしなくていい。オイラの指示通りにやってくれれば大丈夫だ。……相手の標的が賞金首じゃなくてウィル自身でもない限りは』
最後の最後で不穏な言葉で結んだレッドに「オイ」とツッコミを入れたくなる。
とはいえ、以前と同じようにウィルには代わりとなる妙案があるわけではない。暗闇に包まれた森の中を当てずっぽうに逃げ回るか、賊やゴブリン達とは段違いに強いであろう魔力持ち三人と殺し合いをするという、あまり選びたくない選択肢しかない。
「……俺が落ち着いて話せる状況に持ち込めば良いんだよね?」
『ああ。ただ、あくまで“対話”の中でしか大きな効果は期待できないからな。こっちの言葉が届かない程に相手を怒らせたりしない限りは、ウィルのやりたいようにやればいい』
「分かったよ。それくらいなら何とかするよ」
そう言ってウィルは暗闇の向こう、あの三人の気配がある方向を見据えた。
この後の展開に悩んで一年近く前に書いた初期設定集を見直してたら、ある設定を偶然見つけて思い出したもので、せっかくなんで使う事にしました。
説明し過ぎで長ったらしいなんて指摘があったんで、今回は適当にする方針で。




