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豊かな食生活を求めて

本編再開

 朝霧が立ち込めるとある湖のほとりで、ウィルは鬼の金棒を握りしめて静かに佇んでいた。


 靴が濡れるのを嫌って素足のまま春先早朝の冷水に突っ込んでいたが為に、微かに息に震えが混じる。


 その呼吸を整えようと平時よりも大きく肩を上下させつつ、わずかに伏せた目で自分の足元から湖面に広がる波紋をじっと見続けて、その機を待った。


……

…………

………………


(今っ!)


 その機が訪れたと感じた途端、張り詰めた弦から矢が放たれるが如く、身体がが静から動の状態に移行する。


 片足を水中から素早く引き抜くと、直後にはまた突き立てるようにして鋭く踏み込む。


 同時に、振り上げていた得物もまた渾身の力を以ってして眼前に広がる水面に叩きつける。


 瞬間、白い気泡を纏った巨大な噴水が、ウィルの身長の数倍の高さまで吹き上がった。


 そしてその行動の当然の結果として、舞い上がった多量の水は重力に引かれ、一拍の後に局地的な豪雨となって辺りに一気に降り注いだ。


「……成功した、かな?」

(おう。見ろよ大漁だ)


 しばらくしてぷかりと水中から腹を上に向けて浮かび上がってきた十匹は超える魚、つまるところ新鮮な食料にウィルは笑みを溢した。




 地下から這い上がってから数週間が経過した。


 めでたく脱出に成功したウィルだったが、出た後もしばらく難儀する事になった。


 まず、全身が軋むように痛んだために、近くの洞穴で隠れるようにして身を休めた。


 せっかく暗くてじめじめした場所から抜け出せたというのに逆戻りしたかのような環境に閉口するウィルだったが、心身共に過酷な目にあった後に数時間掛けて崖上りをした直後ではさすがに体力が限界だった。


 幸いにも近くに可食の実をつける木が自生していた為に、体を休める事に専念できたのは大きかった。


 その実は冒険者の間では『鳥殺し』と呼ばれている程動物に嫌われている程にその実は非常に硬く、また食べても舌が痺れるような渋い味だった為かそんな事は無かった。

 立て続けにゴブリンの生肉を食し続けていた恩恵(?)で問題無く食せたのも幸いだった。


 なんとか食いつないでいると、一週間ほどでまともに体が動かせるようになり、晴れて穴倉生活から解放されたウィルは食欲の赴くままに移動を始めた。


 一先ずの方針として養父の出身という国がある西へ向かいつつ、ウィルは久しぶりに甘い果物が食べたいと思い、そんな実をつける植物を探し続けていた。


 が、こういう時に限ってなかなか見つからず、それどころか何故か以前の数倍以上の魔物と遭遇してその肉ばかり食う事になる。


『魔物は自前の生命力が少ないから、他から補おうとするんよ。前より襲われる機会が増えたのは、それだけウィルの生命力が増えて美味そうに見えているって事だな』


 その遭遇率の高さに辟易しているとレッドがそんな事を言った。


『鬼の金棒の重さにも体が順応し始めているみたいだし、前よりも体の調子が良いと感じる事があるんじゃねえの?』

「そう言われるとそんな気がしないでもないけど……」


 たしかに以前と比べると体が疲れにくいような気がした。

 金棒も重くて取り回しに苦労する事自体は変わらないが、重量が増えても致命的なまでに扱えなくなる事態は地下から脱出してからは一度もなかった。


 もっとも、重量が増えすぎないようてわざと損傷させて調整したりしていたので、生命力が増えたと言われてもその恩恵はあまり実感できていないのが正直なところだった。


「うーん……まあ、前よりも食料が確保しやすくなったから力が出やすくなっているとは思う」

『そう言う割には食が細いように見えるけどな』


 年頃の男児としては食事の質も量も足りていないとレッドは言う。


「え? でも、実際前よりは食べているよ?」

『だから、その“前”がそもそも問題外なのであって、前も今も食べる量は足りてねえって言っているんよ。この間も狩った魔物の肉を残していただろ?』

「あれは……普通に食べていて“もういいや”ってお腹いっぱいになって満足しただけだよ?」

『だ・か・ら! ウィルの体は満腹になったわけじゃねえって何度言ったら分かるんだ!』


 自分の体に寄生、もとい共生して肉体の状態を詳細に把握できるレッドがこう言うのだからおそらくそうなのだろう。

 しかし実際に食べていると「もうこれ以上は食べられない……」と思う程度には毎回食欲を満たしているはずなのだが。


『とにかく食う量を増やせ! いいな?』

「分かったよ」




 それから数日後に辿り着いたのがそこそこ大きな湖だった。


 水質はかなり深いところまで見通せる程澄んでいて、深部にはそこそこ大きなサイズの魚がゆったりと泳いでいるのが見て取れた。

 しばらく水には困らないなと、携行用の小さな水筒を澄んだ水面に沈めて補給していると突然レッドが『そうだウィル! 魚を獲ろう!』と言い出した。


「何? 急に?」

『最近肉ばっかりだからここで違う食材を食べて少し気分転換してみると良いと思うんよね』


 魚も肉の一種なのではないだろうか? と思ったウィルだったが、どちらにせよ食料確保しなければならないので異は唱えないことにした。


「それはいいけど、釣具はないよ?」


 いつも水辺にあるところにいるわけでもないので、そんな嵩張りそうな装備をウィルは当然携帯していない。

 辺りを見渡してみても、養父から教わった釣り具の代わりになりそうな葦のような植物を見当たらず、代替品もない。


『大丈夫。鬼の金棒でなんとかなる』

「は?」


 レッドの言っている事に首を傾げる。背中にある鉄塊をどうやって使えば釣りができるのか理解できない。


『釣りじゃなくてダイナマイト漁法なら行けると思うんだ』

「だ、だいなま……? ごめん、本気で何言っているか分からないからちゃんと説明してくれ」


 説明を求めた結果、要するに大昔に行われた爆弾を使った魚の穫り方らしい。

 爆発した際に水中に伝わる衝撃波で魚達を一網打尽にできるという。


「理屈は理解したけど、本当にできるの?」


 この鈍器はやたら重くて自己修復機能があるという事以外は、はっきり言って何の変哲も無い。当然だが爆発なんかもしない。


『今の鬼の金棒が持つ質量なら行けるはずだ』


 現在は鉱竜と戦ったときに比べて七割程の重量だがそれだけあれば十分な威力がだせるらしい。


『ただ、ちゃんと鬼の金棒を振り回した時に発するエネルギーを水中に伝えなきゃいけないから、そのコツが分からないとちと時間が掛かるかもな』

「あー……うん。なんか、この後の光景がなんとなく想像できるよ……」


 そこはかとなく嫌な予感がしたウィルだったが、程なくして予感は現実となる。


 ひとまず試しに言われたとおり鬼の金棒を水面に叩きつけてみるのだが、ドボン、と鈍い水音と小さな水柱が上がるだけで特に何も起こらない。


「……もしかしなくても失敗だよねこれ?」

『だな。きちんとウィルの力を水面に伝えるように叩きつけないと駄目だ。地道に何度も挑戦してみるしかないだろう』


 そうしてレッドに言われるがまま何度も金棒を振るう事になったウィルだったが、それが成功したのは数日が経過してからの事であった。

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