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現状と将来の展望

概要:現状確認とタイトル回収

 ぱちりと目を開けると、ウィルの目に薄汚れた板張りの天井が映る。


 その隙間からは僅かに月明りが漏れている。早く補修しなければ、そのうち雨が降った時に困った事になるだろう。


(……随分と、懐かしい夢だったな)


 もぞりと、枯草を書き集めた上にボロ布だけを掛けた、粗末な寝床から体を起こす。

 シンとした静寂が、煩わしく耳奥に響く。つい直前まで眠りこけていたとは思えない程、妙に頭が冴えていた。


(それにしても、また妙な時間に起きちゃったなあ……)


 板の隙から垣間見える月を見遣る。

 天頂から月明りが差し込んでいる事から、夜明けまでにはまだまだ時間があるのが分かる。


 取れた睡眠は時間にして大体二、三時間といったところだろうか?


 休息としては明らかに短かったが、体は特にこれといって不調は訴えていない。

 おそらくではあるが、ウィルはここ一年程同じような経験を何度もしている事から、たぶん問題ないのだろうと判断した。




 呪い子と判断されて村から追い出されてから十年。未だにウィルは流浪の旅を続けていた。


 相変わらずどこに行っても厄介者扱いされており、義父が言っていたような、他人との縁らしい縁を結ぶ努力をするどころか、そういった繋がりを感じた事すらない。

 変わった事と言えば、義父の庇護下から離れながらもなんとか独り立ちができていることと、まだまだ未熟ながらも死にたくても死ねない程度には頑丈に育った身体くらいだろうか。


 義父が死んだのは二年程前。

 当座を凌ぐ為に受けた冒険者ギルドの仕事において深い傷を負ってしまい、それが元で程なくしてあっけなく息を引き取った。

 怪我によって高熱が出ていながらもその表情は酷く穏やかで、最後には自嘲するような笑みを浮かべながら遺した義父の「すまんなあ……」という遺言の響きは、ウィルの鼓膜にこびりつくようだった。

 謝るくらいなら、やはりさっさとこんな役立たず見限っておけば良かったのにと、ウィルは思わずいられなかった。


 本来であれば義父の死を悼み、注いでくれたその愛に感謝をするべきなのはウィル自身理解していたが、周囲がそれを許さなかった。


 まず、冒険者ギルドの証を持っていた義父が死んだことによって、いよいよまともな収入手段が消えてしまった。

 正確にはギルドを通さずとも狩りや採集で得たものを直接商人に売却する事はできるのだが、公的機関であるギルドが後ろ盾になる場合と違い、二束三文で買いたたかれてしまう。何かを買おうとする場合も、ウィルの眼を見るだけで値段を吊り上げられるので、まともな金銭のやりとりは難しかった。

 一応、大きな街等にはいわゆる裏の商売人がいる事があり、そういった人間と交渉した場合はまだマシな結果は得られた。

 けれども、その分身の危険に晒される事も多くなるため、やはりまともとは程遠かった。


 幸いにも義父に狩り及び採集の知識や技術、つまるところ冒険者ノウハウを仕込まれる時間はたっぷりあった為、食事や薬に関して困った事はあまりない。

 本当ならそれらを売った方がよっぽど利益が出るはずなのだが、ウィルに限って言えば自分で消費した方がずっとマシだった。


 また、庇護していた人間が居なくなった事で、ウィルに対する風当たりがより一層強くなった。

 具体的には魔獣やら盗賊やらに襲われる頻度が激増した。

 野山を子供が一人ポツンと歩いていれば、それがカモにしか見えないのは当然だ。狙われない方がおかしく、たいていは追剥ぎや奴隷化目的で、酷い時にはただの『お楽しみ』の為に狙われる事もある。


 ウィルが初めて人を殺した時もそんなならず者が相手で、また、自分の身体能力を把握したのもそれがきっかけだった。

 そもそも何故そのような事態に陥ったかというと、いつものように寝場所を求めてふらりと入り込んだ場所。

 そこがその近辺を縄張りとしていた山賊のアジトだった。という、ただそれだけの話だった。


 山賊達がウィルを襲った目的は分からない。獲物が懐に飛び込んできたと思ったのか、はたまた自分達のねぐらに土足で踏み込まれたのが気に入らなかったのか……詳細は不明だ。

 たった一人の子供に、錆びた鉈やら薄汚れた棍棒やらを振りかざした大人の集団が襲い掛かる。

 控え目に言って絶望的な状況である。


 暗い洞窟内を転げまわる様にして逃げ回ったウィルだが、時間稼ぎにもならずに地べたに抑え込まれしまう。

 それでもじたばたとあがいて、苦し紛れに振り回した足が、押さえつけていた男の胴に入る。


 それが転機だった。

 たかが子供の悪足掻きでしかない、蹴りとも呼べない一撃で、男は泡を吹いて昏倒した。


 ――自分の攻撃が通る。


 咄嗟に傍に転がっていた山賊の棍棒を拾い上げると、ウィルは山賊達を追い払おうと手当たり次第に振り回した。

 振るわれた棍棒は、相手の得物に当たれば弾き飛ばすかへし折り、身体に当たれば例外なく骨を砕いた。


 山賊達は次々とウィルに押し寄せた。

 見た目だけなら癇癪を起した子供が見境なく暴れているだけだから侮っても仕方ないともいえる。

 あるいは、そんな格下の存在が思い通りにならない事に苛立って判断が鈍ったのかもしれない。


 更に幸運な事に、ならず者というのは、ウィル程でないにしろ魔力が少ないが為に人間社会から落伍してしまった者がほとんどである。暴力以外の点で勝る点が無かったのだ。


 結局、ウィルが洞窟から這い出る事ができたのは、夜も明け、すっかり日が昇ってしまった頃だった。

 その時、何人の人間を手に掛けたのか、数える余裕があるはずもなかったウィルには分からない。


 明確にいくつの命を奪ったのか、それも分からない。


 ただ、確実に何人かの頭を潰し、首を折った。その感触は、たしかに、あった。


 何時からかガンガンと頭の中を打ち鳴らすかのような耳鳴りが後押しするように、疲労と不快な感覚に支配され、我慢できずに嘔吐した。

 汚れた口元を拭おうとすると、ポタリと、吐瀉物に血が滴った。いつの間にか血管が切れたらしく、たらたらと鼻から垂れていた。


 心身ともに酷い状態だった。けれども、それでもウィルはなんとか生きていた。




 この日、ウィルは今後自分自身が生きていく上で重要な事をいくつか実感していた。


 一つは、自分の生存欲求の強さである。何度もさっさと死んだ方がマシだと考えていたはずなのに、いざ命の危機が迫ってみれば、浅ましさを感じる程に死を忌避して、意地汚く生にしがみついていた。

 おそらく、今後も自分は諦め悪く生きていこうとするのだろうと、失望にも似た感覚を覚えた。


 二つ目は、自分の身体能力の高さである。元々、足の速さやケガの治りが早い等を義父から指摘されていたが、いくら魔法が使われなかったといはいえ集団の大人を返り討ちにしてしまったという、事実。

 人未満の扱いを受けてきたウィルにとって、これは大きな衝撃であり、同じ社会不適合者で最底辺級とはいえ、成人より高い能力を子供であるウィルが示す事が出来たのは普通に考えてあり得ない事だった。


 最後に感じたのは、希望とも絶望とも言い表せない、自分の将来に対する展望である。


 月よりも淡く、星よりも小さな欠片のような光のような、


 どこまでもまとわりついてくる霧のような、重く息苦しいような、


 そんな、未来に対する見通しだ。



 ――こんな自分でも、やり方次第なら生きていけるのかもしれない。生きて、良いのかもしれない。

   生きていかないと、いけないのかもしれない。自分を、誰かを、苦しみ苦しませても、傷つき傷つけてでも――



 死に物狂いで生きていくのだろうと、ウィルは覚悟にも似た確信を得たのだった。

2018年1月18日。少し文章を簡素にしました。

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