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勝ち取ったもの

概要:戦後処理

『落ち着いたか?』

「……多分」


 ひとしきり笑い転げた後、ウィルは直前までの昂ぶりが嘘のように冷めていた。


「なんというか……自分でもさすがに笑い過ぎていた気がする……」

『あー……完全に賢者モード入っちゃってるわコイツ』


 正真正銘、生まれて初めての大笑いで一時的に感情の箍が外れたのだが、それが収まると同時にその反動に襲われていた。


「笑った後ってこんな変な気分になるんだな……」

『おうソレ普通じゃないかんな? お前が笑い慣れというか、喜び慣れていなかっただけだからな?』


 何はともあれ落ち着きを取り戻したウィルは改めて打ち倒した巨体を見据えると、とある問題に気がつき「あっ」と声をあげてしまう。


『どうかしたか?』

「コレどうやって解体しよう……」


 ようやく目的である形見ナイフの回収作業に入れると意識が向くと同時に、その方法が無いことに気付いたのだった。


 鉱竜の名の由来となったその体表を被う鉱物による天然鎧は最悪先もやってのけたように全力で叩き砕けばなんとか剥がせる。

 しかし、そこから先である肉厚な表皮と筋肉を引き裂き、贓物を引きずり出してその中身を取り出すには難がある。

 ゴブリンの時のように直接噛みつくにはその大きさも歯応えもウィルには過ぎるし、かと言って鬼の金棒で無理矢理土手っ腹に穴をあけようものならば肝心の回収対象まで破壊しかねない。


 更に言えば、先程鉱竜へのトドメに文字通り全力を注いだが為に受けた反動によって、利き腕と利き脚にうまく力が入らない。

 痛みもそうだが倦怠感と痺れが酷く、動かそうと思えばできなくはないが、とてもこの頑強な怪物の皮を剥いで肉を裂くなどはできそうになかった。


『? 解体する必要なんてないだろ?』

「え?」


 一体何を、と思った矢先に沈黙していた鉱竜の亡骸がぼんやりとした光に包まれる。

 突然の出来事に硬直して成り行きを見守っていると、骸は光によって完全に覆われて見えなくなると、スーッと手のひらサイズにまで小さくなって発光が止む。

 それと同時にゴトン、ゴトンと様々な鉱石塊が音を降ってきて、その発光していたモノの周りに転がった。


『な?』

「いや、な? じゃないんだけど……なにが起きたの?」

『強い魔力持ちに起きる現象だな。魔力は元々生命力が変質したものだって話はしたよな?』

「ああ」

『元が同じものだから魔力も生命力と似たような事できるというか、魔力が本来肉体を支えている生命力と一部置き換わるという現象があるんよ』


 レッド曰く生命力と魔力が一部入れ替わったところで、生命力が全部無くなるわけではなく、魔力も生命力の代用として役割を果たせるので問題はない。


 ただ、生命力を完全に失う、つまり完全に死亡した後は話が変わる。

 土台となった生命力が無くなれば紛い物である魔力で維持していた不安定な肉体は崩壊してしまうという。


 今回の場合、体表に析出した鉱石類や体内で消化中であろうゴブリンなど鉱竜の身体の一部でない部分が崩壊時に放り出された、というわけらしい。


『元々、鉱竜は魔力が強い種類の魔物だ。それが本来できないはずの結界張ったりするくらいだから多分こうなるだろうなって思ってたんよね』

「初めて知った……」

『まあ、人間だと一握りの人数、オイラの時代だと数か国に一人くらいの割合でしかそういう体質の子が生まれないくらい珍しい現象だからな。その少なさと魔法使いとしての適性の高さから“神子”なんて呼ばれてたな』

「あ、それは知ってる」


 いわゆる魔法使いの天才。

 呪い子として疎まれたウィルとは真逆の存在であり、例え生まれがどんなに貧しく野卑であってもその将来の安寧が確約された神に選ばれし子。


 稀な存在という意味では呪い子も同じなのにそこ以外は何もかもが反対という存在をウィルが初めて知った時、幼いながら複雑な思いを抱いたものだ。

 が、結局のところ天上人であり完全に別世界の人間である彼らをいくら気にしたところで、自分の状況が改善されないと悟るとどうでも良くなったが。


『そんなことより親父さんのナイフ回収したらどうだ?』

「そうだった」


 レッドに促され、様々な鉱石類が散らばる辺り一体の捜索を開始した。




「……見つけた」


 内心簡単に終わると思っていたが、蓋を開けてみれば事切れたゴブリンの死体を見つけるのに少し手間取ってしまった。

 何故かと言えば思っていた以上にゴブリンがその原型を留めていなかったからである。


「金属以外は消化しないとは聞いていたけど……」

『消化()していないだろ? ……や、悪い。さすがにオイラも生物丸呑みにした後どうなるかまでは知らなかったんよ』


 有り体に行ってしまえば、ゴブリンの死体は肉塊になっていた。


 なんとかまだ人型の面影は残っているが、まるで全身をあらゆる角度から鈍器で執拗にボコボコに嬲られた後にギュッと押し固められたような惨状を呈していた。

 ウィルが直前に飲み込まれたところを見ていなければゴブリンなのか人間なのか判別がつかず、その辺に転がっている鉱石塊に違和感なく紛れ込んでいる物体になり果てていた。


『多分胃袋にあたる部分が恐ろしく硬くなっているんだろうな。それこそ鉱石なんか簡単に粉々にできるくらいに』

「鉱石なんてどうやって食べているんだと思っていたけど……こんだけぐちゃぐちゃになればゴブリンの骨も取り出せるのか」


 肉塊に走っている割れ目に手を這わせると、ぐにゃりぱっくりと今のウィルにも簡単に開く事ができた。

 どうやら肉だけでなく骨もすでに砕かれているらしい。


『うげぇ……おま、よくもまあ躊躇なくそんな気持ち悪いもんにさわれるな……!』

「え?」

『え? じゃねーよ。グロくないのか?』

「いや……まあ、めちゃくちゃになってるけど、ある意味もっと酷い状態の死体なんてザラにあるし……」

『これ以上に!? しかもザラにっ!?』


 食料不足で二進も三進も行かない時、背に腹は代えられずに山賊等のアジトに忍び込んだ事が何度かあるのだが、そこに捕まっていた人間(主に女子供)もこのゴブリンとは別の意味で滅茶苦茶にされて事切れていたのが稀によくあったのだ。


「原型留めていない分悲惨さが薄れているから、俺としてはこっちの方がまだ直視できるかな」

『なんという世紀末。しかも、真に恐ろしきは人間の方とか笑えねえ……』


 とはいえ触っていて気分の良い物ではないのはたしかなので、できるだけ手早く、淡々とゴブリンだったモノを弄繰り回す。


 そして。


「……あった」


 ゴブリンの肉が緩衝材となり、身に着けていたローブが保護していたのだろう。

 血で少し汚れてしまっていたが、それ以外は無傷で義父の形見であるナイフが、ついにウィルの手に戻った。


「…………」

『ウィル?』


 ジッと手の中に収まった義父の形見をしばし見つめるウィル。

 そして、しばらくしてフッと息を吐いて口元を緩める。


「……ありがとう」

『えっ』

「何驚いているんだよ? 後で感謝しろって言ったのはお前だろ?」


 感謝されるのが予想外だったと言わんばかりの反応に、ウィルが眉をひそめる。


『あ、いや……だって、あれは決まり文句と言うか……ただの軽口のつもりだったからさ』

「そうか。でも、別に要求されなくても俺は言ったと思うから、黙って聞いてくれ」


 物心ついた時から、ウィルの周りには義父以外に味方はいなかった。

 欲したものが手に入った試しはなく、いつも必要最低限のものばかり。

 自分の物と呼べるものは、義父から分け与えられたものと、自分が生まれ持った身体と精神だけだった。

 しかし、それも奪われたり、失われたり、或いは少しずつ摩耗して、気が付けばほとんど何も残っていなかった。

 終いには、自分からかなぐり捨てている有様だった。

 

 そのくせ自分で何かを得ようとする事は考えず、守ろうとする事もやる前から諦めていた。

 そんな人間が何もかもを失った後、その後に失うものが何かなんて誰でも容易く想像できるだろう。


 そして、そんな簡単な考えすら少し前の自分はできていなかったのだ。

 命の為と嘯いて、結局自分を死に追いやっていたのだから、愚か者以外の何者でもない。


 けれど、レッドと出会ってから全てが変わった。

 命を助けられ、鬼術(自分の生き方)を教えられ、戦う力(武器)を与えられ、終いには自分の心まで救われた。


「もう一度だけ言わせてもらうよ。俺をここまで導いてくれて、ありがとう。お前のおかげで、俺はこれからも生きていけそうだ」

『…………』

「レッド?」

『……えーっとだな。最初のお礼はちゃんと受け取ろうと思うんだが、その礼はちょっと受け取れないというか……』

「へ?」

『水を差すようで悪いんだが、ぶっちゃけまだお前が生きていくには足りないものが多過ぎるんよね』


 そう言うとレッドが次々と今のウィルに足りない事を挙げていく。


『鬼術はまだまだ初歩レベルだし、満足に鬼の金棒(オーガメイス)も振り回せないくらい身体は未発達。本能任せの戦いを覚えてマシになったとはいえそれだけじゃいつか頭のいい奴が敵になった時に狩られるだけだ。そもそも今改善できているのは無法な自然界で生き抜く力だけであって、対人関係はまるで未知数というかこれまでの事を聞く限り多分その辺のチビッ子以下だからその辺も追々鍛えなきゃダメだ。あと――』

「お、おおう……」


 突然始まったレッドの怒涛の駄目出しに面食らう。

 いや、まあ、たしかにその通りというか、わざわざ指摘されずとも自分にはまだまだ至らないところがあるのはウィル自身ちゃんと自覚している。


 何か間違えたのだろうか? と思っていると。


『だからなウィル。オイラがしっかり色々と教えてやるから慢心するなよ? 特に一人て生きていけるとかまだまだ絶対に無理だかんな?』


 その言葉を聞いてレッドが危惧している事に合点が行く。


 どうやら、レッドは自分がもう用済みだと思われる事を避けたいらしい。


「……くく」

『あ? おい何笑ってんだ? ちゃんと話聞いてんのか?』

「ああゴメンゴメン。分かってるよ。まだまだ俺には分からない事が多いから、これからもよろしく頼むよ」


 その答えに満足したのか『分かっているならいい』とレッドが言い、それを聞いたウィルがまた笑いそうになっていると、急に視界が明滅してクラリと眩暈に襲われる。


「っ!? なに……これ……?」

『ん? ちょい待て…………あー……』


 異変に気付いたレッドが何か調べたらしく、ひどく言いづらそうに声を漏らす。


(何が起きたんだ?)

『ウィルの体力が限界に来たんよ。このままだとまた無理くり自食作用を発動させてエネルギーをひねり出さないと動けなくなる』

(自食作用って……ちょっと待てオイ)


 つまりまた()()を食べなきゃいけない状況なわけである。


(……よし。じゃあさっさと食べれそうなもの探しにいかないとな!)

『いや、それは無理だろ。その手足じゃまともに動けないんだから』

(い、いやでもさすがにタベレソウナモノナンテココニハナイシ……)

『心の中で棒読みなんて器用だなオイ。諦めろ。大人しくさっきからわざと視界から外しているソコのグロ肉団子食っとけ』


 必死に現実逃避しているウィルだったが、無情にもその退路を断つ言葉をレッドは下した。


(いやいや!? ナンデ!? ナンデマタゴブリン肉!? まだ食ってから半日くらいしか立ってないだろ!?)

『いや、そんだけ経ってたら普通に腹減るだろ……それにここに来るまでほぼずっと戦い通しだったし、その怪我を治すためにも体がエネルギー源欲するのは当たり前だろ?』

(食いたくねえ! アレはもう食いたくねえよ! というか、ただでさえ文字通りゲロマズなのにアレ一応さっきまで鉱竜の腹の中に入ってたんだぞ!? いくら何でもそんなん食う気になれるか!)

『我儘言うなし! というか、ホントはお前だってもうそれ以外に生き延びる方法が無いのは気付いてんだろ!? ここはお前らしく覚悟決めて食らいつけ!』

(いやだあぁあぁあぁっ!)




 この日二回目となるゴブリン肉(鉱竜特製肉団子)を食したウィルは、地上に戻った後絶対に美味しいものを絶対に食べてやると、心に誓ったのだった。

前回投稿から大分開いてしまいましたが、またこれからボチボチ投稿を再開していきたいと思います。


一先ず次のエピローグを以ってリード一章として区切らせて頂こうと考えています。


二章からはようやくヒロイン(予定)を登場させようと考えていて、構想も大方終わっているのですが、一端書き溜めしようかなあ……と少し悩んでおります。


そうなるとまたしばらく更新が途絶えるので、定期的に読んでくださってる方にはまた気長に待っていただけたら幸いです。

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