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鉱竜

概要:ゴブリン死す

「げほっげっは!」

『まさかこの体になってから心臓が凍るような思いをする事になるとは思わなかった・・・』


 ウィルが気管に入った水を吐き出していると、レッドがしみじみとそう呟いた。

 地下水脈に飲まれた後、錐もみ状態で激流に流され続け、ともすれば溺死かといった所で水流の旅は終着点を迎えた。

 気付いた時には広い地下湖らしき場所の岸辺に打ち上げられて盛大に噎せ返っていた。


(い、一体何が・・・)

『“震脚”が誤爆したんよ。初心者が思いつきだけで応用しようとするからこうなる』


 震脚は鬼術の一つで、要するに柏手の脚版とのこと。

 同じように魔法の打ち消しや簡易的な暗示が可能だが、柏手は音を媒介にするのに対して、こちらは大地に伝播する衝撃を介するのだという。


『普通なら狭い範囲内の地面をちょっと揺らす程度なんだが、今回は使った場所が悪かったんだと思う』


 地下水脈の近くだった為か元々地盤が弱かったようで、与えた衝撃で洞窟の崩落を誘発してしまいこのような惨事になったらしい。


「……つまり、俺は自爆したと?」

『盛大な、と付けるのがより正確だな』


 とげとげしい毒を吐かれる。もしレッドが人間だったらジト目で睨んでいるのは間違いないだろう。


『お前はまだ鬼術は覚えたてなんだから不用意な事すんな! 魔法程派手じゃないとは言っても下手に使えば暴発して死ぬことだってあるんだからな!?』

「ご、ごめん・・・」

『つか、いくらオヤジさんの形見だからってあの暴走は酷すぎるからな!? 何が生きる事が最優先だ? 全力で命を投げ捨てていくスタイルだったじゃねえかっ!』


 それについてはウィルも全面的に同意するところであった。

 頭が冷えた今だから言える事だが、いくら何でも無謀な行動だったと言わざるを得ない。急ぐ必要もないのにあんな強引な吶喊は、自分が最も忌避している“死にたがりのやる行動”以外の何物でもなかった。


 しかも、こんな馬鹿みたいな行動をした目的が“ただのボロナイフ”なのだ。いくら形見とはいえ命を賭けるに値しないのは明らかであるし、こんな事で死んだらあの世の義父に申し訳が立たない。


『まあ、それだけお前にとって大事な物だったって事なんだろうけど……』

「いや……俺が馬鹿だった。次から気を付けるよ。それよりこれからどうしよう?」

『一先ず周囲の確認だな。さっきの洞窟と比べて周りがやけに明るい場所なのが気になる。あと、鬼の金棒(オーガメイス)はどうした?』


 そう言われて記憶を辿ってみる。水流に飲まれるまでは手にしていたはずだったが。


「あ」


 少し見回すと、地下湖をぐるっと回った場所にある、壁面の少し高い位置から滝のように地下水が流れ込んでいたのだが、その水の中から見覚えのある黒い棒が突き出ていた。

 取りに行ってみるとやはり鬼の金棒(オーガメイス)だった。流されてる最中に大分衝撃を受けたようで、最初に手にした時より一回り大きくなった程度まで軽くなっていた。


『どうやらここから流れてできたみたいだな』

「ああ……」

『ん? どしたん?』

鬼の金棒(コレ)がここまで削れるような激流だったはずなのに、何で俺無傷なの?」

『まあ鬼の子だし』


 便利な言葉である。


「ん?」


 ふと足元を見ると、水辺から這い出てきたような何かの足跡がついているのに気づく。

 目で追ってみると、一つの大きな横穴へと点々と続いていた。


「これは……」

『水辺に棲む何かの動物か、或いはオイラ達と同じく流されてきた奴かもしれねえな』

 流されてきた奴、と聞いて真っ先に思いついたのはあのゴブリン達である。

「…………」

『もしかすれば、まだ形見を取り返せるチャンスがあるかもしれんけど……大丈夫か?』

「……大丈夫。言っただろ? もう我を忘れたりはしない」

『なら良いけどさ。とりあえず、この跡を追ってみるか』


 よくよく見れば、その横穴の中が周囲よりほんのり明るい。どうやらここが明るいのはあそこから光が入ってきてるかららしい。


『地下水脈のある深さだからちと考えにくいけど外に繋がってるかもしれないし、そうじゃなくても光源の元が分かれば今後の行動に役立てられるかもしれない』

「分かった。行こう」


 と勇んで進行したものの横穴はそれ程長くはなく、すぐに目の前が開けた。


「! うわ……っ!」


 直前まで地面が無い事に気づかず、危うく落下しそうになる。

 なんとか踏みとどまって尻餅を付くと、遠い天井の裂け目から久方ぶりの青空が垣間見えた。


「……なにここ?」

『地下渓谷……じゃあないな。一応、ちょびっと地上に露出してるし……まさか“シンベリル断裂”なのか? だとしたら大分流されたみたいだな』

「シンベリル断裂?」

『オイラの時代じゃ世界の裂け目って呼ばれてた場所だよ。地上から谷底までは見えない程の深さと、数か国に跨る程の広大さを誇る、とにかくバカでかい谷だ』


 そんな場所があるのかと、少し見回してみるだけでそり立つ岩壁の高さと長大さに思わず圧倒されてしまう。なるほど、世界の裂け目とはよく言ったものだ。


『ただ、オイラの時代だともう少し広くパックリ空に向かって開けていたはずなんだが……地殻の変動か何かで地上部分が狭くなったのか?』

「なんにしても、久しぶりに空が少しでも見えてほっとしたよ」


 岩壁が非常に高いので骨が折れそうであったが、僅かな傾斜と所々に休憩できそうな崖が突き出ていたので、時間を掛ければ何とか地上に出れそうだった。

 ようやく先行きが見えるようになってきて安堵していると、突然、臓腑を抉られたかのような悲痛な叫びが聞こえてきた。


『なんだ!?』

「……あそこからか」


 悲鳴がする方を見ると、今いる場所から少し下がった場所に同じような横穴があった。

 そして、あの濡れた跡がその横穴に続いていた。


「今の悲鳴ってゴブリン……だよね?」

『割と汚い叫び声だったから、多分』


 ……どうしよう?


 仮にあの義父の形見を持ったゴブリンだったとしたら、様子を見に行くぐらいの価値はあるかもしれない。

 が、そうであったとしてもそうでなかったとしても、既にこの状況を脱する術が明示されているのに、わざわざ危険そうな場所に向かうのは避けるべきではないのだろうか?


 そう考えていると『何を悩んでいるんだ』とレッドが言った。


「えっ……」

『悩むくらいには行きたいんだろ? なら行きゃいい』

「いや、でも……あんな悲鳴があがるくらいだ。何か危険な事が待ってるのは誰だって分かるだろ? それにわざわざ近付くなんて……」

『ふむ、まあ普通はそうなんだが……お前自身はどう感じてるんだ? 気配を探ってみて嫌な感じがするくらいには危険なんか?』


 言われて気配を探ってみると、少し嫌な感じはしたがゴブリンの巣に居た時ほど殺気立ったものではなかった。


「……そこまでじゃない」

『じゃあ行こうぜ? あの地下水脈は中々の激流だったからな。群れのボスクラスでもないと生き残るのは難しいだろうから、多分さっきの悲鳴はあの魔法使いゴブリンだ。まだ形見を取り返せるチャンスはあるはずだ』


 そう説得されてウィルは「じゃあ様子見だけ」と、半ば自分を説得するように頷きながら、その一回り小さな横穴へ入る事になった。




 入った横穴は先程と違って少し歩く事になった。

 その間、何やら散発的な爆発音とわめき散らすようなゴブリンの叫びが断続的に響いてくる。


「どう考えても何かに襲われて必死に抵抗している様子にしか聞こえないんだけど……」


 ウィルにとって色々と因縁のある相手ではあるが、こんな声を一方的に聞かされてるとさすがに良い気分ではなかった。


『それで多分合ってんじゃね? まあ、言うてゴブリンだからなあ……今まで警戒してたのは巣のど真ん中で多勢に無勢状態だったからであって、もうここはゴブリンの巣じゃない。足跡を見る限り一体しかいないから、大概の相手には逃げ一択になるはずだ』

「つまりそれ程危険じゃないって事?」

『そのはずなんだが……』

「?」

『オイラの経験上、そういう時に限って厄介な事になったりするのも多かったりするからなあ』


 おい。ちょっと待てオイ。


「安心させたいのか不安をあおりたいのかどっちなんだお前は?」

『分からないから様子見に行くんだろ? 変に無警戒で行くのもビビり過ぎるのもアレだから……要は自然体で行こうぜ? ってことさ』

「いや、こんな阿鼻叫喚聞きながら自然体になるのはさすがに無理だと思う」


 こんな状況で自然体になれるとしたら、余程修羅場をくぐり抜けてきた猛者か狂人くらいのものだろう。

 そうこうしている内に横穴を抜けると、今度はすり鉢状に広がった空間が目の前に現れる。

 すり鉢といってもその岸壁は一筋の何か大きな蛇が這いずり回ったかのような凹みが一面に駆けずり回っており、その淵に当たる部分に出たウィルが悲鳴がする鉢底をのぞき込むと、巨大な何かに迫られて火玉を乱発するあの魔法使いゴブリンの姿が見えた。


 何故あんな所に、と思ったがよくよく見ると、淵を沿う様に移動している水跡が途中で掻き消えていた。どうやら移動中に誤って転げ落ちたらしい。すり鉢の傾斜はそれ程急では無いが、先程ウィルに右肩を砕かれた為に踏ん張りが利かなかったのだろう。


 巨大な何かはゆったりと僅かに膨張と収縮を繰り返して呼吸する様子を見て取れた事から、生物である事がかろうじて判じられた。ただ、全身は金属的な光沢と石質感が溢れたゴツゴツとしたおよそ皮膚とは思えないモノに覆われており、さながら巨大な鉱石塊といった様相であった。


『うっわ……マジか。ありゃ鉱竜じゃねえか』

「えっ、竜? ドラゴン!? アレが!?」


 自分の常識とは全くかけ離れた生物の存在に息をのんでいるところに追加された情報に、素っ頓狂な声をあげる。


 竜或いはドラゴンといった存在はウィル自身直接見た事は無いが聞いた事ぐらいはある。曰く、リザードのように鱗に覆われているが、その体躯は非常に大きく、飛翔可能な翼を持ち、容易に強靭な生物を屠る吐息を有するという。

 しかし、目下の怪物は鱗も無ければ翼も無い、目前にいるゴブリンを倒そうと口から何か吐き出そうとする様子も見受けられなかった。


『竜って言ってもほぼトカゲ同然の魔物だ。ドラゴン程気難し屋で危険な存在でもないしな。……ただ、珍しさだけならそこら辺のドラゴンよりも遥かにレアだけどな』


 鉱竜は地下深く、特に鉱物が多く含まれた地質付近に稀に生息している。正確は温厚で攻撃能力が低く、自然生成された金属に含まれた魔力を好んで摂取する。平たく言えば鉱石を食べるらしい。

 食べた鉱物は純度の高い良質な鉱石や無機物の結晶となって体表に析出し、レッドの時代ではそれら採取できたものは高値で取引されていたという。


『ただし、恐ろしく見つけづらいのと、仮に発見できたとしてもやたらタフでごく一部の魔法使いにしか狩猟できなかったけどな』

「温厚って言ってたけど何であのゴブリン襲われてるんだ?」

『襲われているっていうか、鉱竜にビビって血迷ってるだけなんじゃないか?』


 確かに逃げる場所が限られた場所であんな巨体と遭遇したら取り乱すかもしれない。実際、先程初めて目にした時にウィルも硬直してしまっていた。

 更に言えば、ただでさえ重傷を負っていたのにこの高さから片腕が不全でまともな受け身も取れずに転落したのだ。今現在身動きが取れない状態なのは想像に難くなく、そんな状態であの巨体に迫られれば半狂乱になっても仕方ないだろう。


 攻撃を受けている鉱竜は鬱陶しそうにしながら、目前にいる矮小な亜人へ悠然と近づく。

 ゴブリンは相変わらず炎の魔法を乱射し続けていたが、とうとう魔力が切れてしまったらしくパスンと気の抜けた音がしたと思ったらそれきりもう炎が現れる事は無かった。

 顔面は蒼白に染まっているのは恐怖のせいか、はたまた魔力枯渇による影響なのか判別が出来ない。

 やがて鉱竜がゆっくりと大口を開けてその顔を近づけると、そのまま身動きの取れないゴブリンを丸呑みにした。


「って食った!? 食ったよゴブリンを!?」

『いや、お前が言うなし』

「うるさい! いや、俺が言いたいのはそうじゃなくて、アレは鉱石しか食べないはずなんだろ!?」

『正確には魔力の摂取ができれば良いから、鉱石を食べてれば進んで狩りをしないってだけだ。あと、一説によると生物の骨って金属に近い物質って聞いた事あるから生物を食っても不思議じゃないぞ?』


 ただ身体の構造上、肉を消化するのに適してないはずだから長い時間を掛けてひたすら魔力を絞り尽くされる事になり、おそらくあのゴブリンは生きたまままさに骨の髄までしゃぶりつくされる状態になるだろうという。


『それよりまずいな……早くあの鉱竜を狩らねえと』

「は!? 何言ってんだ!?」


 鉱竜に食われてしまった後の恐ろしい末路を聞かされた直後に信じられないような事を言われ、即座に拒否しようとする。

 けれど、続けて聞かされたレッドの話に、ウィルはその言葉を失う事になる。


『鉱竜は食った物を金属と無機物以外は排泄するけど、あとは一旦体に吸収してからあの天然鎧の一部にしちまうんだ。……このままだとオヤジさんの形見、消化されちまうぞ?』

シンベリル断裂は分かる方は分かると思いますが、アイスランドのシンクヴェトリルがモデルになっています。いつか行ってみたいものです。


鉱竜はめっちゃ固いトカゲと亀の間の子みたいなイメージです。攻撃能力はほぼ皆無で、別にわざわざこちらが攻撃しなければ鼻先を歩いても全く襲ってきません。なので、いのちをだいじに作戦なら普通は逃げ一択安定なのですが……はてさてどうなる事やら


こういう設定っていつかまとめた方が良いのでしょうか?

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