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お風呂にも入れる重甲冑


 屋敷の隣に、大きな天幕が張られた。

 十名の天馬騎士は、しばらくそこで寝泊りするそうだ。


 英傑である“リィズロッテ様”だけど、今はひっそりとした暮らしを望んでいる。

 村長屋敷の造りも、豪華には程遠い。

 十名の客を迎えられるほど空き部屋はなかった。


「騎士ならば野宿も慣れたものだ。世話もしてやらんでよいぞ」


 なにやら母さんの機嫌が悪かった。

 昼間の話し合いが原因なんだろうけど、詳しくは聞かせてくれない。

 とりあえず、言いつけには素直に頷いておく。


 夕食には、ご機嫌窺いの意味も込めて、召喚したビスケットを追加してみた。

 歯が鍛えられそうな硬さだけど、ほどよい甘さもある。

 母さんはリスみたいに齧っていた。気に入ったらしい。


「風呂に入るぞ。付き合え」

「え……でも僕は、この甲冑があるから」

「分かっておる。そのままでよい」


 この屋敷で一番豪華なのは浴室だろう。

 足を伸ばせる大きな湯船があって、天井は硝子張りになっている。

 しかも湯気で曇らないよう魔導術式仕込み。

 晴れた日には、星空を楽しみながら快適な時間を味わえる。


 東方の島国から伝わってきたお風呂文化を、母さんは気に入っていた。

 温かい湯船を張るために、独自に術式を作り出したほどだ。

 水を好きな温度に熱する魔導具も作られ、小型化されて、王国内に広まっている。


「この甲冑、基本的には完全防水なんだよね?」

『はい。ですがその機能を停止して、内部に浸水しても問題はありません』

「つまり、ちゃんと湯船で温まれると」

『見た目としては、かなりシュールになりますが』


 そんな訳で、湯船に浸かる。

 大きな甲冑が腰を沈めただけで、派手に波が立った。

 小柄な母さんは頭から沈みそうになる。


「わぷっ……気をつけぬか!」

「注意はしてたんだよ。だけどまだ大きさに慣れてなくて」

「ふん。その甲冑が欠陥品だという証明だな」

『ヒドイです!』


 兜部分クーラも勝手に動いて湯船に浮かんでいた。

 また母さんと睨み合いを始める。


 そんな光景を横目に、僕は肩の力を抜いた。

 甲冑の中にいても、お湯に浸かる心地良さは味わえる。

 じんわりと温もりが体の芯まで伝わってきた。


「……メルベリアは、この村で暮らしたいと思っておる」


 クーラとの睨み合いをやめて、母さんは唐突に切り出した。

 僕は静かに耳を傾ける。


「『天恵』など、有り難がるのは他人ばかりだ。しかしその声、過度な期待を疎んで切り捨てれば、人でなしだと罵られる。力があるのなら助けてくれと、身勝手に叫ぶ奴らが群れをなすのだ」


 メルベリアの『天恵』は、治療系と防護系魔法に関するもの。

 普通なら一人を癒す程度の魔力で、百人以上を治療できる。

 どんな病気も治せるとも言われている。


 実際、数年前に疫病が流行った時には、いくつもの街を救ってみせた。

 “超位”の『天恵』は、正しく国を左右するほどの恩恵をもたらす。


「期待に応えれば、得られるものもあると思うけど?」

「それも間違ってはおらん。だから街へ出して、修道会での救済活動を手伝わせた。治療を受けた者からの感謝の声は、メルベリアにも救いとなったであろう」


 難しい話をしながら、母さんは湯面を揺らした。

 自身の白い肌をゆっくりと撫でる。

 子供そのままの瑞々しい肌は、月明かりを綺麗に反射していた。


 隠すもののない胸元には、ひとつの紋様が刻まれている。

 『天恵』を授かった者に現れるという紋様だ。

 その力が強いほどに、身体の中心部に現れるというけれど―――。


「王命が下った。貴族位を授け、王都へ召致すると言ってきおった」


 母さんの真剣な声が、僕の思考を遮った。


「よほど聖女の力が欲しいと見える。その権威も含めての思惑であろう」

「……メルベリアは嫌がりそうだ」

「村が襲われたばかりでは、尚更に離れ難いであろうな」


 巨人襲撃は、色んな意味で最悪のタイミングだった訳だ。

 まるで仕組んだような―――と捉えるのは、さすがに考え過ぎかな。


 だけど昨日の状況だと、巨人の襲撃で村は滅んでいてもおかしくなかった。

 むしろ助かったのが奇跡的だろう。


 まさか、メルベリアの未練を断ち切るために?

 誰かが巨人を操っていた?

 もしもそんな企みが巡らされたと、メルベリアが知ったら―――。


「いずれにせよ、あやつが決めることだ。儂が口出ししてもロクなことにならぬ」


 ぱしゃん、と母さんが湯面を叩いた。

 そのまま体の力を抜いて、仰向けになって浮かぶ。


 誰も見ていないとはいえ、はしたないと諌めるべきだろうか。

 それとも行儀の悪い子供だと叱るべきか。

 どっちにしても、甲冑姿で浸かったままだと説得力がなさそうだ。


 結局、僕は黙っているしかないということ。

 メルベリアに対してもそうなのだろう。


「たわけ。分かっておらぬようだのう」

「……? どういうこと?」


 湯船に浮かんだまま、母さんは僕を睨んでくる。

 全裸で緩みきった格好をしているのに、その眼差しはいつになく真剣だった。


「メルベリアに対して、おぬしも答えを決めておけ。そう言いたいのだ」

「いや、答えって言われても。僕は村に残るしか……!」


 たわけ、と繰り返される。

 お湯も掛けられた。


「儂の息子としては正しい。だが、間違っておる」

「……意味が分からないよ」

「おぬしが望むならば、なんであろうと叶えられるわい。幸か不幸か、過分な力まで得たようだからのう」


 体を起こすと、母さんは人差し指を伸ばした。

 不満げに眉根を寄せながら、甲冑の胸を突つく。


「おぬしは、なにを守りたい?」

「……この甲冑があっても、自分一人で精一杯だよ。どれだけ頑張っても、精々、この村くらいだ」


 母さんが言いたいことは、なんとなく理解できる。

 だけど、なんでも守るなんて不可能だ。正直にそう思える。


 視線を巡らせたのは、無意識のこと。

 ただなんとなしに、その姿に目を止めていた。


『あぁ~~~……これがお風呂ですか。初めての体験ですが、蕩けちゃいそうです』


 ぷかぷかと湯船に浮かぶ兜。

 頼れるとは、到底思えなかった。



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