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お料理召喚:イギ○ス編


 大陸四英傑―――。

 数十年前に起こった大戦で、魔王を退けた四名をそう讃えている。


 その内の一人が『銀髪の凶魔』、リィズロッテ・ヴァイス・ドヌルマディア。

 眼光ひとつで竜を屠る。

 操る魔術は百万の軍勢さえも消し飛ばす―――なんて大袈裟に謳われている。


「怒らせると怖いのは間違ってないけどなあ」


 噂を真に受けているのか、天馬騎士が揃って緊張した面持ちをしていた。

 屋敷の居間で、母さんと向き合っている。

 メルベリアも同席して、今回の騒動について話し合っていた。


 『天恵』持ちのメルベリアは、国から目を掛けられて保護される立場だ。

 天馬騎士の小隊も、彼女を守るために派遣されていた。


 次代の聖女。大いに期待されている。

 だから色々とややこしい話もあるらしい。


 勝手に飛び出してきた後ろめたさもあって、メルベリアは肩を縮めている。

 騎士隊を預かる小隊長から睨まれていた。

 メルベリアに気を遣ったのか、女性の小隊長だ。女性騎士というだけでも珍しい。

 だけどあまり打ち解けてはいない様子だった。


「僕は口出しできないからなあ……」


 その話し合いを邪魔しないように、僕は厨房へと引っ込んだ。

 ちょうど昼食時だ。

 母さんとメルベリアの食事も用意する予定だった。


「しかし、どうしようかな」


 思わず、溜め息混じりに呟く。

 と、隣でクーラが首を傾げるみたいに揺れた。


『何かお悩みですか?』

「昼食。十人分も追加なんて、完全に予定外だ」


 母さんとメルベリアだけなら、朝食と一緒に作ったシチューで賄えた。

 温めるだけで済む。

 甲冑の指は自身のより太くて、まだ少し違和感があるので、細かな作業を避けたいとも思っていた。


『放っておけばいいんじゃないですか? 先触れもなくやって来るなんて、無礼千万としか言いようがありません』


 いきなり部屋に現れた甲冑はどうなんだ、と問い返したくなる。

 でも眉を揺らすだけに留めておいた。


「一応、騎士様だからね。こっちから礼を欠く訳にはいかないよ」

『ラディさんは真面目ですねえ。私なら……あ、そうだ、良い物がありますよ』


 兜が軽やかに跳ねる。

 僕の視界に、淡く輝く文字と画像が浮かんだ。


戦闘糧食レーションです。魔力さえあれば召喚できますよ』

「食事を召喚……? 聖餅みたいなものかな?」

『べつに聖なる物じゃないですけどね。追加装備とは違って、消耗品という枠になっています。ですので、APを消費しません』


 言われて、僕の頭にも同じ“知識”があるのに思い至る。

 装着者の魔力を代価とする物資召喚。

 ただし、初期で選べるのは最低限の消耗品のみ。

 より良い物を召喚するには、また経験値《AP》を注ぎ込んで機能を解放する必要がある。


 どれだけ先か分からないけど、服や燃料、電化製品まで召喚可能なはずだ。

 基準は、“籠城に必要となる物”。

 直接的な食料だけでなく、作物の種なんかも―――。


「いま召喚できるのは……甲冑用のワックスと、雑巾?」

『糧食だと、最下位のUK級のみですね』

「UKってなに? 僕の知識には引っ掛からないんだけど……」

『とある国の略称です。パンに魚を挟むだけで毒物にできるそうですよ』


 あまり深く訊ねるのはやめておこう。

 危険な予感がする。

 だけどまあ、人数分の食事は用意できそうだ。


「フィシュ&チップスとオートミールでいいかな。よく分からないけど、説明書きだと広く知られてるみたいだし」

『ラディさん、食事に関する“知識”はないんですか?』

「講義を受けてる時は精神体だったけど……んん? カレーとかトンカツとか、味を思い出せるね。食べた記憶そのものは無いんだけど」

『美味しい物は、きっと上位の召喚品にあるんでしょうね』


 知識はあるのだから、時間がある時に自分で作ってみよう。

 材料は、なんとか揃えられるかな。


 カレーは難しそうだけど、トンカツくらいなら……。

 材料の入手を考えるとチキンカツ? もしくは鹿か猪になりそうだ。

 ソースを作るのが一番手間が掛かるかも。


 そんなことを考えながら、テーブルに手をついた。

 甲冑の召喚機能を起動。魔力を注ぎ込む。

 魔法陣が広がって、すぐに二つの物体がテーブルの上に現れた。

 注文通り。缶入りのオートミールと、パック入りのフィッシュ&チップス。


「湯煎で温めた方がいいのかな?」

『そのままでも充分じゃないですかね』


 少し迷ったけど、そのまま皿に開けてみる。

 試食…………うん、食べられなくはない。UK級って感じだ。

 温めれば、いくらかはマシになるはず。


「田舎料理ってことで我慢してもらおう」

『食事機能がないことに感謝するとは、思ってもみませんでした』


 クーラの皮肉に、僕は渋い顔をして応える。

 考えてみれば、“最適化”のおかげで僕も食事の必要はなかった。


 厳密に言えば、数十日は飲まず食わずで活動できる。

 だけど勿体無いので、ちゃんと食べることにしよう。


「ともかく、天馬騎士の人たちにはこれで我慢してもらおう」


 十人分の糧食を召喚して、温めてから皿に盛りつけていく。

 運び出す頃には、ちょうど話し合いも一段落していた。


「ん? 儂とメルベリアは別なのか?」

「材料が足りなかったんだよ。食べたいなら、交換してもいいんじゃないかな」


 フィッシュ&チップスの見た目と匂いは悪くない。

 ただ、ぬちゃっとした食感になっている。

 でも敢えて説明せず、外で待っている騎士たちにも食事を運んでいった。


 一応の感謝はされたけど―――UK級は、やっぱり不評だった。



※当作品は、世界各地の文化に敬意を払いまくっております。

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