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 純白の法衣には、所々に豪奢な装飾も施されている。

 清廉さを主張しながら、見る者に威圧感も与える衣装だ。

 実に聖職者らしい。


 淡い栗色の髪も、丁寧に手入れされている。

 輝きを纏っていて、肩口で綺麗に切り揃えられていた。


「でもなんか、台無しだなあ」


「ヒドイよ! それが半年ぶりに会った幼馴染に言う台詞!?」


「その半年ぶりで、いきなり殴りつけられたんだけど?」


「う……それは、深く反省してる」


 冷たい床の上に、メリベリアは正座していた。

 小さく肩を縮めて項垂れる。

 勘違いで人を撲殺しようとしたのだから、これくらいは軽い罰だろう。


『それにしても、聖女様ですかー』


 クーラが呑気な口調を零した。

 ふよふよと兜が浮かんで、正座したメルベリアを観察するように周っている。


『ラディさんラディさん、私、聖女の鉄槌も跳ね返しましたよ?』


「そうだね。迫力に負けて悲鳴を上げてたけどね」


『う……で、でも掠り傷すら負わなかったのは事実です』


 メルベリアが最も得意なのは、治療系の魔法だ。

 だけどその細腕で振り回す重鉄槌ヘヴィーメイスも、岩を砕くくらいの破壊力がある。

 それを防いだ甲冑クーラは、確かに誇っていいのだろう。


 でも破壊力に関してなら、母さんの魔法の方が圧倒的に上だ。

 かつては魔王さえも退けた。

 その攻撃力に対して、『破烈城砦』は完全に耐えてみせたのだ。

 今更、鉄槌一本で驚くことじゃない。


 そもそも装着者になった時点で信頼している。

 あくまで、防御力に関しては、という話だけど。


「それよりも、部屋を片付けよう」

『えー……ラディさん、淡白すぎませんか? もっと誉めてもいいんですよ?』

「頼りにしてるよ。メルベリアも、ほら」


 立ち上がるようにと、メルベリアへ手を差し伸べる。

 いつまでも座っていられると部屋が片付かない。

 沈んだ顔も、あまり長く見ていたくはなかった。


「あのね……本当にごめんなさい。ラディを傷つけるつもりはなかったの」

「分かってるよ。間が悪かったんだ」


 母さんもメルベリアも、村が襲われたと聞いて慌てていたのだろう。

 もっと冷静に周りを見ていたら、勘違いも起こらなかったはずだ。


 それよりも、と手を取って立たせる。

 甲冑の無骨な手を介しても伝わってきた。懐かしくもある、柔らかな感触だ。


「おかえり。久しぶりに会えて嬉しいよ」

「ぁ……う、うん! ただいま!」


 ぱぁっと、メルベリアは笑顔を輝かせた。

 天真爛漫。小さい頃から変わらない笑顔だ。


 聖女なんて言われても、根っ子の部分には田舎育ちの純朴さが残っている。

 小さい頃から、メルベリアは戦いも、血を見るのも苦手だった。

 ネズミ相手にも逃げ回っていたくらいだ。

 だけど母さんの教え子でもあるし、街に出て、少しは成長したのかな。


「あのね、なるべく早く帰りたいとは思ってたの。でも修道会のお仕事とか、勉強とかいっぱいあって。みんなは街の暮らしは素敵だとか言うけど、私はこの村の方が落ち着けるし、それに、その……あ、そうだ、この衣装ってどうかな? 聖女らしく見えるようにって作ってくれたんだけど、派手すぎない?」


 口早に捲くし立ててから、純白の法衣をふわりと揺らす。

 切り替えの早さは相変わらずだ。


「よく似合ってるよ。可愛いし」

「っ……~~~、か、可愛いって、な、なに言ってるのよ! もう!」


 ぱたぱたと手を振って、メルベリアは耳まで真っ赤にする。

 素直に喜んでくれてもいいのに。

 でも機嫌は直ったみたいだし、このまま片付けを手伝ってもらおう。


『おか……いえ、リィズロッテ様。ラディさんって実は“たらし”ですか?』


「たらし言うな。あれは素直なだけだ」


『ですけどあの二人、良い雰囲気ですよ? 許されるんですか?』


「ふん。子供が手を繋ぐ程度で目くじらを立てるほど、儂は狭量ではないわ。もっとも貴様は別だがな」


『そこは許しましょうよ。ちょっと中に入ってもらってるだけですよ?』


「黙れ! 次は転移も封じて、海に沈めてくれるわ!」


 物騒な会話を横目に、僕とメルベリアは部屋を片付けていった。

 こういった雑事には母さんの出番はない。

 片付けや家事などは、すべて僕か侍女メイドさんの担当だった。


 面倒くさがりな性格も原因だけど、子供体型のおかげで不都合も多い。

 それでいて他人への指示は的確だから、村長として務まっている。


「ところで母さん、街の方は戻ってきちゃって大丈夫なの?」

「儂から連絡を入れておく。それで問題はあるまい」

「まあどうせ数日後には街へ行く予定……あ!」


 気づいた。そうだ。僕だって街へ行く予定があった。

 しかもそれは避けられない、大切な行事だ。


「成人の儀式……この格好だと、マズイよね?」

「ようやく気づいたか。儂も先ほど、それを言おうとしたのだ」


 このグラシア王国では、十五歳で成人とされる。

 王都をはじめ、各領地の街で成人の儀が行われる。

 儀式自体はさして重要でもない。

 お偉い神官様の話を聞いて、祈りを奉げるだけだ。


 ただそこで、国が管理する名簿に成人したことが記載される。

 手続きに過ぎないとはいえ重要だ。

 名簿に記されていないと、後々、面倒事に発展しかねない。

 例えば将来、母さんの後を継いで村長になる時とか―――。


『成人の儀式、いいじゃないですか。思い切り目立ちましょう』

「いや、目立ってどうするのさ?」

『伝説の鎧としてチヤホヤされたいんです!』

「まだ伝説でもなんでもないし。道化師扱いされて、摘まみ出されるのがオチだよ」


 最悪、母さんの権威に頼って名簿に書き加えてもらえるだろう。

 その気になれば、領主だって交代させられる英傑様だ。

 地方の村人を一人増やすくらい簡単なこと。

 だけど、そういった裏の手法に慣れるのが良いとは思えない。


「せめて軽甲冑だったら誤魔化せたのに」

『なに言ってるんですか。重甲冑だから良いんです。威圧感と格好良さだって、鎧にとっては重要なんですよ!』

「……まあ、それは否定しないよ」


 思わず、苦笑が零れる。

 『破烈城砦』が見事な重甲冑であるのは確かだ。

 庶民の儀式はともかく、貴族が集まるような場なら正装として出席できたかも知れない。


 もっとも、僕自身はそんな場に居合わせたくないけれど。


「ふん。要は、その無駄にデカい甲冑を脱げればよいのであろう?」

「脱げるようになるの?」

「儂を誰だと思っておる。大陸に名を馳せる魔導師リィズロッテであるぞ。未知の魔導技術が使われているようであるが、粉微塵に分解してくれるわ」


 母さんは鋭い眼光を飛ばす。

 ひぃっ!、とクーラが逃げ出した。


 粉微塵はともかく、着脱できるようにはして欲しい。

 でも同時に、いくら母さんでも難しいかも、とも思える。

 口に出すと怒るだろうから、僕の方で最悪の事態にも備えておこう。


「ともあれまずは、街への連絡か。メルベリアの無事も伝えねばならんな」

「あ、それなんですけど……」


 控えめに、メルベリアが手を挙げた。

 申し訳なさそうな顔をしている。


「実はその、天馬を勝手に借りちゃったんです」

「……それって泥棒じゃないの?」

「ち、違うよ! 厩舎の人にはちゃんと言っておいたし、ヴァルデモードだって納得してくれたもん」


 ヴァルデモードって天馬の名前?

 随分と偉そうだけど、貴重な空の戦力だから当然なのかな。


 ともあれ、こっちの問題は急いで対処した方がよさそうだ。

 村を救うのも聖女の務め、と言い訳できなくもない。

 だけどお偉いさんが、あれこれと文句をつけてくる可能性もある。


「母さん、頼めるかな?」

「分かっておる。問題にならぬよう、儂が言い含めておくわい」

「あ、ありがとうございます。もう絶対に軽率な真似はしません」


 メルベリアは深々と頭を下げる。

 母さんは軽く肩を竦めると、連絡を取るべく部屋を出て行った。

 任せておけば大丈夫だろう。

 朝から騒がしかったけど、しばらくはまた平穏が戻って―――なんて甘かった。


 午後になって、十騎の天馬騎士が村を訪れた。



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