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母の帰還


 庭に出て、陽の光に目を細める。

 夏が近づいてきているので、朝の涼気は心地良い。


 いくつか深呼吸をしてから身体をほぐす。

 昨夜は大変な目に遭ったけど、疲れは残っていないようだ。


「寝心地は悪くなかったね。甲冑なのに」

『ふふん。麦わらベッド程度には負けません』


 横に浮かんだ兜が、カチャカチャと揺れる。

 得意気に見えなくもない。

 兜の感情なんて読み取れないけど、口調からすると的外れでもないはずだ。


 まあ、甲冑の機嫌なんてどうでもいい。

 それよりも、僕を悩ませている問題がある。


 甲冑の中で眠らなくちゃいけない。

 そんな状況が、今後もずっと続くのかと思うと頭を抱えたくなる。


「快適でも、心情的にはベッドの方が落ち着くよ」


 甲冑を脱げない。少なくとも二年間は。

 昨夜、クーラから告げられたことだ。


 正式名称、零式魔導重甲冑『破烈城砦グラン・バエル・クーラ』―――。

 その装着者は『最適化』を受ける。


 鎧なので、常に戦いの場に在ることが前提。

 万全の状態で戦えるように、装着者は肉体や精神にも干渉を受けるそうだ。

 食事や睡眠は可能。だけどほとんど不要。

 病気などの心配も要らず、風呂に入らなくても体は清潔に保たれる。


 至れり尽くせり、と思う人もいるかも知れない。

 だけど僕としては、なんとも気持ち悪い。


『そのうち慣れますよ』

「気軽に言ってくれるなあ。人間やめるつもりはなかったんだけど」


 辟易として溜め息を零してしまう。

 とはいえ、二年間という期間限定なら我慢できる範囲だろう。

 村を救えた代償として、兵役を課せられたと思えば安いものだ。


「でも最適化って言うなら、背丈が伸びたり……」

『しません』

「せめて筋肉がついたりは……」

『しません。ラディさんは、そのままでいいんです』


 ちょっぴりの期待も持てないのか。がっかりだ。

 だけど、いつまでも項垂れてもいられない。

 ひとしきり身体をほぐしてから、僕は村を一回りするべく走り出した。


『みなさん、早起きですね』

「いつもこんなものだよ。僕が遅すぎるくらいだ」

『まだ六時前くらいですよ?』

「灯りはあっても、日が暮れると仕事にならないんだよ。虫やモグラを退治するには、明け方が狙い目だったりもするし」


 クーラと雑談しつつ、村の皆とも挨拶を交わしていく。

 重甲冑姿なので驚かれもした。

 だけど昨夜も軽く姿を見せていたので、すぐに納得してくれる。


「その鎧は、また村長さんの発明かね?」

「偉い人の趣味はよぐ分がらんなぁ」

「んだとも、その鎧のおかげで巨人ば退治できたさね」

「んだんだ。リィズロッテ様には、また感謝ばせんといかん」


 勘違いされているけど、敢えて訂正はしないでおく。

 面倒だし。困るとしたら母さんだけだろうし、放っておいても問題はない。


 適当に話を合わせて、村の見回りへと戻った。

 壊れた家の片付けが始まっているのを確認。

 トーマス夫妻と、その両親からもお礼を言われた。

 村の端まで来て、今度はぐるっと逆側を回る形で自宅へと戻る。


『あのー……ラディさん、ちょっとよろしいですか?』


 控えめに、クーラが訊ねてくる。

 なんだろう?、と走る足を緩めた。


『私のことも、村の皆さんに紹介してほしいのですが』

「……? 普通に挨拶すればよかったんじゃ?」


 兜は外された状態で、ずっと僕の隣に浮かんでいた。

 村の人たちと話す機会はいくらでもあった。

 黙っていたのは、何か意図があるのかと思っていたけど、どうやら違ったらしい。


『えっと、なんと言いますか、初対面の方と話すのは緊張してしまいまして……』


 コミュ障か!、とツッコミを入れずにはいられない。

 でも僕相手には、初対面の時から遠慮無く話せていたはずだ。


『ラディさんとの時は、私も心の準備ができてましたから。前もって色々と台詞も考えてきましたし。まあ、ラディさんの対応が冷たすぎて、そのほとんどは有効活用されなかったんですが!』


「いまさら恨み言を言われたって困るよ」


『ともかく、ラディさんとその他大勢では緊張感が違うんです!』


「偉そうに言うことでもないだろ」


 手を振って話を打ち切る。

 だけど紹介することは、頭の片隅に留めておこう。


 新しい村人と言えなくもない。甲冑だけど。

 住民の仲を取り持つのも村長代理の仕事だ。

 仕事なら、きっちりと務めるべきだろう。

 それが平穏な暮らしにも繋がるのだから。


「あ、村長って言えば……」


 思い出して、自宅へ戻る足を速める。

 昨夜の襲撃の際、家を出る前に魔導通信機を使っていた。

 いざという時には使えと、母さんが用意してくれた物だ。

 手短に、巨人が現れたことだけは伝えたけれど―――。


「片付いたって連絡はしてなかった。ゴチャゴチャしてたからなあ」


『それは急いだ方が良いですね。きっと心配なさっていますよ』


「心配だけならいいんだけど……」


 もしかしたら、街から向かってきているかも知れない。

 冷静に考えれば救援は間に合わない距離だ。

 でも熱くなると、道理なんて無視する人だからなあ。


「夜を徹して、飛んできてるかも」


『そういえば高名な魔導技師で、魔術師でもあるんですよね。ですが、そんな長距離飛行はさすがに……あれ? 大きな魔力反応が接近して……?』


 まさか、と思う。

 僕が空を見上げるのと、兜が被さってくるのは同時だった。


『緊急装着! 抗魔障壁を展開します!』


 閃光。さらには轟音。

 辺り一帯に衝撃波が吹き荒れた。


『対軍級の雷撃術式です。これは……!?』

「分かってる、けど……わぁっ!」


 地面が割れ、派手に弾け飛んで、僕も巻き込まれる。

 土煙の中を転がった。

 雷撃自体は防げたし、痛みもなかったけど、突然の事態に目が回りそうだ。


「―――巨人と聞いていたが、まさか巨躯の首無し騎士(デュラハン)とはな」


 聞き覚えのある声だった。

 というか、母さんだ。


 上空に浮かんでいるのは、小柄なローブ姿。

 一見すると子供のようでもある。

 けれどその黒ローブには豪奢な刺繍が施されていて、たとえ貴族でも子供に着せるようなものじゃない。素材も、編み込まれた術式も、国宝級と言えるほどだ。


 なにより、相手を凍えさせるような眼差しは、大人だって真似できないだろう。


「ラディには、情報の大切さを教え直さねばならんな。しかしその前に……」


 銀色の長い髪を揺らして、杖を一振り。

 空中に、複雑な魔法陣がいくつも描き出された。


「この村を、リィズロッテ・ヴァイス・ドヌルマディアの領地と知っての狼藉か! 貴様の罪は万死に値する! 塵ひとつ残さず消し尽くしてやろう!」


「母さん、ごめん。もう解決したんだ」


「…………は?」


 僕の一声で、母さんの動きは止まった。

 さすがに十年近く一緒に暮らしていただけはある。

 兜を被ったままでも、声だけで分かってくれたみたいだ。


「連絡が遅れたのは悪かったよ。だけどこっちも大変で……」


「……許さん」


 あれ? なにやらおかしい。

 母さんは項垂れて、小刻みに肩を揺らしている。


「よくもラディを……我が息子を取り込んだな! そのような声で騙されるものか! 貴様の一族郎党、関わった者すべて、この世界まで滅ぼしてくれるわ!」


「ややこしい勘違いされてる!?」


 僕は慌てて兜を脱ぐ。

 だけどその時にはもう術式が完成されていた。


 城壁すら貫く光の砲撃で、村の一角が消し飛ばされた。



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