契約
慌てて逃げようとした巨人の足へ一撃。
倒れ込んだところへ、もう一撃。
頭を吹き飛ばして、それがトドメとなった。
ついさっきまで猛威を振るっていたギガントロールが、完全に息絶えている。
パイルバンカーってすごい。
「っていうか、これ地面も破壊しちゃって刺さらないんじゃない?」
『……盲点でした』
目を逸らされた。
いや、そんな気配が伝わってきた。
甲冑の中にいるのに、甲冑が目を逸らしたのが感じ取れる。
なんとも奇妙な感覚だ。
ともあれ、自分の装備について把握していないのはマズイだろう。
装着者である僕にも、同じことは言えるんだけど―――。
「あれ……? 覚えてない?」
『何をですか?』
「追加装備のこと。どんな物があるのか、大まかな知識はあるんだけど……」
詳しい性能までは出てこない。
余計な知識はいっぱいあるのに。
肝心の重甲冑について抜けている?
記憶を消される際に巻き添えになったとか?
『元から秘密だったんじゃないですか?』
「秘密って、さすがにそれはないでしょ。無意味すぎるよ」
『そっちの方が面白いじゃないですか』
言われて、愕然とする。
有り得ない話じゃないと思えた。
RPGで、将来的にどんな技を覚えるか分からないようなものだ。
『ちなみに、追加装備については、私も詳細を把握していません』
「……どうやら“面白いから”が正解みたいだね」
あの大魔王的謎存在め!
娘を心配するような素振りをしていたけど、絶対にいまの状況を楽しんでいる。
「でも、手に入れた盾の機能とかは分かる?」
『それは大丈夫です。詳細なデータが……あ、鉄杭については、撃ち出す威力が設定できるみたいですね』
なるほど。やっぱり只の支柱として使えるだけじゃないのか。
パイルバンカー確定だ。
『初期設定では、50%の威力となっています』
「あれで半分なんだ。怖いくらいだね」
『強化すれば、威力三倍までいけます』
「もうそれ、盾である意味なくなってるよね!」
自分の常識力が試されている気がする。
だけど今更か。この重甲冑が、とっくに常識外で規格外だ。
「あんまり考えても仕方ないな。それに、眠りたいよ」
月が随分と高くに昇っている。日付変更も近い。
それでもベッドに直行できないのが辛いところだ。
まずは村の皆に、片付いたことを知らせないといけない。
念の為に見回りも必要か。
トーマスさん夫妻は、実家に戻ってもらえばいいかな。
あとは、巨人の死体も放置しておけない。
「ギガントロールの血や内臓って、錬金術や薬の素材で高く売れたはず」
『え? もしかして解体するんですか?』
「徹夜になりそうだね」
『グロいのは苦手なんですがー……』
これだけの惨状を作っておいて、今更なにを言ってるんだか。
「返り血を浴びるのも、甲冑の仕事だよね?」
『違います! 装着者を守るのが仕事ですよ!』
「同じようなものだよ。それに、浄化機能もあるんだから問題ない」
この甲冑を着ていると、腕力もかなり上がる。
解体作業にも役立ってくれるだろう。
「明日にでも磨いてあげるから」
『イヤですよー! 他の人に任せましょうよー!』
耳元から響く声を無視して、皆が避難している集会所へ向かう。
騒がしい夜は、もう少し続きそうだ。
落ち着いた頃には、すっかり日付が変わっていた。
あまり睡眠時間は取れそうもない。
明日も朝から畑仕事があるし、壊された柵や見張り台の修理も必要だ。
『うぅ、ぬちゃっとした内臓の感触が……』
甲冑がまだ恨みがましい声を零している。
返り血や汚れは、魔法で洗い流したのに。
そもそも感触っていうなら、僕だって同じものを味わっている。
「そんなに気持ち悪かった?」
『夢に出そうです! 私は繊細な現代っ子なんですよ? 田舎の野生児と一緒にしないでください!』
「失礼だなあ」
愚痴を聞き流しながら自宅へ戻る。
玄関をくぐりながら、ふと疑問が浮かんだ。
「現代っ子って言ったけど、これまでどうやって過ごしてたの?」
『おや、私の過去に興味がおありですか?』
「いや、あんまり。どうでもいいかな」
『そこは興味を持ちましょうよ。キラキラと目を輝かせながら聞いてください!』
抗議の声とともに、兜をカチャカチャと鳴らす。
この兜部分だけは、僕が装着していなくても動かせるらしい。
勝手に浮かんで移動したりもできる。
「じゃあ聞くけど、年齢はいくつくらい?」
『創造されて、およそ九万時間ですね。人間なら十歳くらいです』
「まだ子供なのか。その割りには、しっかりしてる気もするけど?」
『元々、最低限の知能はありましたから。それに勉強もしてましたからね。装着者がいないと動けないので、映像や電子書籍だけが友達でした』
ふぅん、と答えながら兜をテーブルに置く。
しばらくの沈黙があって、兜が首を傾げるみたいに揺れた。
『あの、これは自虐ネタってやつですよ? 放置されるとキツイんですが?』
「べつに同情することでもないと思う」
『えー……そういう冷めた反応も、なんか寂しいんですが……』
「友達なら、これから作ればいいんじゃないかな」
賑やかな性格だし、村に馴染むのも難しくなさそうだ。
甲冑という点も、よほど頭の硬い相手でなければ目を瞑ってくれるだろう。
むしろ頼りにされるんじゃないかな。
今回の襲撃だって、クーラがいなければ一大事になっていた。
『ラディさん……私、ちょっと泣きそうです』
「大袈裟だなあ。それより、これってどうしたらいいんだ?」
首を捻りつつ、自身を包んでいる甲冑を探る。
話も一段落したのだし、いい加減にベッドに入りたい。
「脱ぎたいんだけど?」
『脱げませんよ?』
…………は? なんて言った?
落ち着こう。聞き間違いかも知れない。
「脱げない?」
『はい。少なくとも、二年間は』
「なんだよその悪質な契約は!?」
思わず、声を荒げる。
兜を鷲掴みにして、睨みつけずにはいられなかった。
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