初陣と、最初の追加武装
村長の家なので、玄関はそこそこ広めに作られている。
壊すのは、自室の出入り口だけで済んだ。
外に出ると避難が始まっていた。
皆が集会所へと走っていて、いつもは静かな夜の村が喧騒に包まれている。
どうやらモーブおじさんはちゃんと仕事をしてくれたみたいだ。
「え? 騎士様……って、ラディか。なんだその格好?」
「気にしないで」
駆けてくる村人家族の中に、モーブおじさんもいた。
最初は驚かれたけど、兜を取ってみせれば僕だと分かってくれる。
「それより、皆はちゃんと逃げ出せてる?」
「ああ。手分けして声を掛けていったから、全員……ッ!?」
咆哮。次いで、激しい破壊音が響いてきた。
そちらへ目を向ける。一軒の家が踏み潰されていた。
避難のために集まっていた皆から悲鳴が上がる。
「あそこは……新婚の、トーマスの家だぞ!」
「おい、まだ二人がいるぞ! 逃げてなかったのか!?」
「二人とも裸じゃねえか。盛ってやがってんだ!」
「よし、トーマスだけ踏み潰されろ!」
恨みのこもった声が聞こえた。
でもいまは無視。兜を被り直して駆ける。
全裸の二人が抱き合っているのが、視界の端に捉えられた。
運んで逃げる?
それよりも、引き金を弾いた方が早い。
「巨人の注意を引きつける」
『了解。こちらは駆動制御と障壁の展開に注力します』
撃鉄を起こす。備え付けの魔石から、魔力が流れ出す。
銃身内部に魔弾が形成されて、魔石の色が青から赤へ変わった。
ここまでで三歩。
新婚夫婦を見下ろす巨人は、舌なめずりをしていた。
油断しきっているその顔に照準を合わせる。すぐさま、引き金を弾いた。
ギュバッ!、と独特の発射音を響かせる。
巨人の顔に命中。鮮血が散った。
ただし、頬肉をちょっぴり削っただけ。
予想以上に硬い。
巨人にとっては、爪楊枝で刺されたようなものだろう。
目玉を狙ったけど、走りながら正確に命中させるのは難しかった。
『ラディさん、良い報せと悪い報せがあります』
「……悪い方からで」
ガチャガチャと足音を響かせながら答える。
巨人がこちらを向いた。
『あの緑のデッカイのは、一般的に言われている巨人じゃありません。ギガントロールです』
「……たしか、回復力に優れてるんだっけ?」
『はい。腕力や凶暴性も、ギガントより上です。ついでに息も臭いです』
「この甲冑に、防臭機能は?」
『毒ガス用の浄化機能があるので、そちらでなんとか対応してみます』
軽口を叩いている間に、もう一発を発射。
今度は顎に命中。だけどその間に、頬の傷は治癒していた。
ギガントロールは忌々しげに呻る。
太い手には棍棒が握られていて、振り上げられた。
「それで、良い方の報せは?」
『相手の注意がこちらへ向きました』
知ってるよ!、と声を上げながら跳躍。
相手の懐に入る形で、棍棒の一撃を辛うじて避けた。
「早く逃げて!」
トーマス夫妻へ叫びながら、もう一射。
今度は足の小指を狙った。だけど外れて地面を抉る。
いくら的の大きな巨人相手とはいえ、少し狙いすぎだった。
一流の射手だったら違っただろうけど、生憎、僕はしがない村長代理だ。
「ぅ、わぁっ!?」
『対衝撃防御、成功』
蹴られた。咄嗟に身を捻ったけど、太い親指が肩を掠めていった。
それだけで僕は弾き飛ばされる。
ゴロゴロと地面を転がって、起き上がる。
「……痛みはない、かな?」
『損傷は皆無です。防御はお任せと言いましたから』
生身だったら良くて重傷。その後は、踏み潰されて致命傷だ。
だけど甲冑に守られていたおかげで、衝撃さえほとんど感じなかった。
「本当に頑丈だ」
『信じてくれてなかったんですか?』
不満げな声が返された。
答えは否だ。けれど真っ正面から巨人に殴られたくはない。
巨大な拳が迫ってくれば、回避したいと思うのは当然の本能だろう。
「綺麗な鎧に傷をつけたくなかったから」
『そ、そんな言葉で誤魔化されませんよ!?』
本心でもあったから、素直に受け止めてくれてもいいんだけど。
甲冑が傷ついたら、次は僕の番だ。一緒に潰されたくない。
そうならないためにも、目の前の戦いに集中するべきだ。
「コイツがどこまで通用するかなあ」
再び、魔導銃の撃鉄を起こす。
こちらを睨む巨人が、苛立たしげに呻り声を上げた。
泥だ。泥仕合だ。
相手がギガントロールで、甲冑の性能を確かめられた時点で、こうなる気はした。
ガンガンと巨人の拳が振り下ろされる。
とっくに棍棒は砕けた。だけど僕は傷ひとつ負っていない。
足裏の爪を立ててからは、殴り飛ばされる心配もなくなった。
真上から殴られると、地面に埋まったりもする。
だけどすぐに這い出せる程度だ。気をつけていれば回避も可能。
むしろ巨人の拳の方が傷ついていた。
その傷もまたすぐに回復してしまうので、嫌がらせにしかなっていない。
「やっぱり攻撃力が足りないな」
『魔導銃も壊れちゃいましたからねえ』
僕自身は無傷でも、甲冑は他の装備までは守れなかった。
まあ、それはいい。
どうせ手持ちの魔導銃だけでは攻撃力不足だった。
巨人の注意を引きつけただけでも、役目を果たしてくれたと言える。
それでもやはり攻撃手段が無いのは困る。
僕自身もいくつか魔法術式は扱えるし、戦うための技能も身につけている。
畑を耕すのに便利な、土を柔らかくする術式。
狩りをする際に必須の、気配を消す技能。
この状況だとまったく役に立たないものばかりだ。
平穏な村で暮らしていくには、充分だったはずなのに。
剣や槍も扱えはするけど、手元にはない。
どうせ僕の腕力だと、巨人相手にはまた爪楊枝代わりにしかならない。
城壁を割るような剣技もあるそうだけど、そんなのを会得できるのは才能に恵まれた一部の人間だけだ。
仕方ないので、いまは殴ったり蹴ったりしている。
アイゼンを脛に突き立ててやった時は、巨人が慌てて後ずさった。
でもまたすぐに怒って、猛然と殴り掛かってきた。
そうして今に至る。
村の皆の避難は済んで、軽く仮眠を取れるくらいの時間は過ぎた。
だけど戦いはまだまだ続きそうだ。
どうしよう? このまま朝まで頑張ろうか?
「誤算だ……」
当初の計画では、最善は巨人を仕留められること。
目玉や口の中を狙って、魔導銃で撃ち抜くつもりだった。
次善の策として、僕に注意を引きつけてから逃げるというのも考えていた。
巨人の足を傷つけ、動きを鈍らせてから離脱するつもりだった。
だけどそれももう無理だ。
元より、回復力に優れたギガントロール相手では不可能だった。
『あ、ラディさん、良いお報せがあります』
「巨人の弱点でも見つけた?」
『精神系の魔法には弱いそうですよ。今から練習してみます?』
「……うん。無理だね」
大魔王的謎存在から、魔法に関する講義も受けたはずだ。
僕の頭の中には、そういった知識も残されている。
だけど曖昧なものだ。
学んだ記憶の方は消えていて、まだ整理もついていない。
そもそも僕が得たのは知識だ。
肉体的な成長は皆無。精々、技術を少し持ち帰れただけ。
知識があれば複雑な魔法を扱えるかと問われれば、答えは否だ。
僕の才能では、年単位での修練が必要だろう。
それよりも、と本題へ話を引き戻す。
「良い報せっていうのは?」
『今回の戦闘で、順調に経験値が溜まってきています』
「ああ、そうか。相手を倒す必要はないんだっけ」
経験値《A・P》。アーマーポイント。
甲冑に魔石を与えたり、様々な行動をすることで得られる。
それを消費して、新しい機能や装備が使用可能になる。
たしか追加装備で、強力な剣や槍、様々な武器があったはずだ。
とんでもない高ポイントを払えば、城砦なんてものも呼び出せる。
せめてまともな武器が手に入れば―――。
『ということで、盾を追加してみました』
「……は? もう一回言ってくれる?」
『盾です。シールドです』
「なんでその選択!?」
いまも巨人との不毛な殴り合いは続いているのに。
まともに考えれば火力一択だろう?
『初期状態からでは、選べるオプションも少ないんです。RPGの定番ですね』
「ああ、そういう……」
そういうゲームに関する知識も、頭の中に自然と浮かんできた。
スキルがツリー形式になっているやつだ。
遊んだ記憶は皆無なのに。
違和感がある。どうにも気持ち悪い。
受け入れたつもりだったけど、眉根を寄せるのは堪えきれなかった。
『ちなみに、もうひとつ選べるのは、私の装飾追加でした』
「うん。盾で正解だったね」
『紋章を付けたり、光るように出来たり、面白そうですが』
「ポイントが有り余ったら考えてもいいよ」
軽い口調で返しながら、地面を蹴った。
巨人の拳を避ける。そのまま突撃して、足の甲にアイゼンを突き立てた。
咆哮を上げて、巨人が暴れる。
襲ってくるのは、地面を揺らすほどの衝撃。でも隙だらけだ。
一気に巨人の背後まで駆け抜けた。
「『ポケット』展開」
僕が呼び掛けると、黒々とした靄が浮かんだ。
所謂、アイテムボックス。次元収納。
そこに手を伸ばして、追加装備である盾を取り出す。
「ん……けっこう大きいな。重さはそこそこ」
『カイトシールドというやつですね』
濃い赤色で、デザイン的にも重甲冑と揃えて使うのが前提だろう。
厚みもあって防御力は高そうだ。
一番の特徴として、内側に鉄杭が備えられている。
『地面に固定すれば、安定性が増します。アイゼンより有効でしょう』
「それもいいけど、別の使い道もあるよ」
巨人が振り返り、拳を振り下ろしてくる。
それに対して盾で迎撃する。
受け止めるのではなく、下端の尖った部分を突き刺す形で。
轟音。そしてけたたましい咆哮。
巨人の腕が弾け飛んだ。
「これ、パイルバンカーだ」
過剰な破壊力だった。盾なのに。