表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/29

プロローグのお約束


 夢を見た。

 まだ孤児院にいて、ようやく祈りの言葉を覚えた頃の記憶だ。

 薄暗い路地に隠れるようにして、賑やかな大通りを覗いていた。


 魔導銃が脚光を浴びていなかった時代。

 剣や槍、騎兵なんかが戦場の主役となって持て囃されていた。


 その日は、大勢の人が大通りに集まっていた。

 騎兵の列がゆっくりと進んで、迎える人々が歓声を上げる。

 なにかの戦いで勝利して、みんながそれを祝っていた。


 重厚な甲冑に身を包んだ騎士が手を振ると、歓声が一際大きくなった。

 他の騎士も誇らしげに胸を張って、隊列は進んでいく。


 そんな様子を、僕はぼんやりと見送った。

 歓声は上げなかった。

 晴れやかで華々しい世界は、とても遠くに感じられたから。

 それでも―――、


「……綺麗だなあ」


 輝く重甲冑を見つめて、ぼんやりと呟いていた。





 ◇ ◇ ◇


 ドヌール村。住民は百名程度しかいない。

 そこそこに美味しい小麦が採れる、長閑な農村だ。


 一応、僕はそこで村長の息子となって暮らしている。

 孤児院から拾い上げられた。まあ、いまはあまり関係のない話だ。


 ともかくも村長の息子だ。

 だから、この村のことはよく理解している。

 近くに森は広がっていても、大きな熊が一番危ないくらいだ。

 野盗だって現れない。自警団はあるけれど、ほとんど形だけのもの。

 だからこの村に、豪華な重甲冑なんて存在しない。


 全身鎧。フルプレートアーマー。

 それが、ボクの部屋に置かれている。

 壁を背に、ベッドの上に足を投げ出して腰掛けていた。


 濃い赤色を基調にして、所々に装飾が施されている。

 豪奢だ。少なくとも芸術品としての価値はあるだろう。

 月明かりが光沢を照らして、神秘的な雰囲気を醸し出している。


 だけど神秘的っていうのは、それだけ非日常的で不可思議なもの。

 ここは平穏だけが特産のような村だ。

 それを乱すような真似はやめてほしい。


 世間では、都会に出て一旗上げるのを夢見る若者も多いそうだ。

 一昔前なら冒険者、最近は魔導技師や銃士が人気だとか。

 でも僕は村で暮らしていたい。

 最近は、帝国や魔族との戦争が近い、なんて噂も流れていた。

 国境付近での小競り合いも続いているとか。

 尚更、国境から遠い村で安全に過ごしていたくなる。


 そんな僕のささやかな望みを、目の前の甲冑は乱しそうなんだけど―――。

 さて、いったい誰が置いたのか?

 犯人候補として真っ先に挙がるのは母さんだけど、数日前から街へ出掛けている。

 残念。事件は未解決で終わりそうだ。


 なんてことを考えていると、重甲冑が微かに揺れた。


『はじめまして。重甲冑のグラン・バエル・クーラと申します』


 喋った。カチャカチャと、兜を揺らして。

 魔導武具? だけど知能を持った魔導具なんて聞いたこともない。

 母さんが作ったにしても、随分と趣味が違っている。


『クーラとお呼びください。それでですね、私は―――』


 部屋を出た。静かに扉を閉じる。


『え? ちょっ、待ってください。話を聞いてくださいよぉ!』

「寝る。おやすみなさい」


 もうすっかり陽は落ちている。明日も朝から畑仕事だ。

 客間は空いているし―――と、思い返して部屋に戻る。


『あ、よかった。戻ってきてくれたんですね』

「いや、枕を取りにきただけ」

『枕より気にすべきところがあるでしょう! 重甲冑ですよ!』

「そうだね。今時、珍しいね」


 戦場で魔導銃が使われるようになって、重い鎧なんて廃れてしまった。

 今でも着ているのは、一部の貴族か、人間離れした英傑くらいだ。


 まあ、そんなことは僕にとっては関係ない。

 枕を抱えて部屋を出る。今度こそ寝よう。


『待ってくださいってラディさん! いえ、ライデルロンド様ぁ!』

「僕の名前を知ってる? なんで?」

『ふっふっふ、それはですねえ―――』

「まあ、どうでもいいか」

『ちょっ、そこは興味を持ちましょうよ! 個人情報が漏れてるんですよ。放っておいていいんですかぁ!?』


 耳も良いみたいだ。部屋の外に出たのに、僕の呟きを拾っていた。

 甲冑に耳があるっていうのも変だけど、そういう魔導具―――んん?


『あ、今度こそ話を聞いてくれるんですね?』

「いや、中の人がいるんじゃないかと」


 また部屋に戻って、兜を取り上げてみた。やはり甲冑の中味は空だ。

 最初から人の気配は感じなかった。

 だから素直に甲冑が喋っていると捉えたんだけど、間違いはなかった。


 うん、疑問解消。今度こそ本当に寝よう。


『だから待ってくださいって! 大切な話があるんです』

「静かにしてなよ。もう夜だし、近所迷惑だ」

『いーやーでーすー! 話を聞いてくれるまで騒ぎますよ? 歌いますよ? 踊れはしませんが、甲冑界一と評判の美声を轟かせてやりますよ?』


 甲冑界って、そんなものは存在しないだろう。

 むしろ、存在していたら嫌だ。鎧が集まって井戸端会議でもしているのかな?

 自分の装着者は毎日磨いてくれるとか。

 体臭が芳ばしいとか。

 そんな話題で盛り上がったりするんだろうか?


「甲冑界うんぬんはどうでもいいけど、騒がしいのは困るな」

『そうでしょう? ですから話を……』

「埋めようか」

『ヒドい!』


 兜がカチャカチャと、抗議するみたいに揺れる。

 しかし埋めるにしても、これだけ大きな甲冑だと運ぶだけでも一苦労だ。

 喋るのは兜部分だけみたいだから、そこだけ埋めようかな。


『分かりました。こうなったら手短に言います』

「十文字以内で」

『……私を着てください!』


 ギリギリ十文字以内だ。真面目だ。

 ふざけた甲冑には違いないけど、ちょっとだけ好感度が上がった。

 そういった点を考慮に入れて勘案してみよう。


「断るよ。おやすみ」

『ま、待ってくださいよー。せめてもうちょっと話を。説得材料はいっぱいあるんですから』

「そもそも大きさからして、僕には合わないよ」


 目の前にある甲冑は、ぱっと見ただけでも大型だと分かる。

 よっぽど体格に恵まれた人間じゃないと、まともに扱えないだろう。


 対して、僕はかなり小柄な部類だ。

 もうじき十五歳の成人なのに、遺憾ながら、女の子と間違われる時もある。

 それなりに鍛錬もしたし、毎日の畑仕事だけでも体を動かしている。

 だけど筋肉と言えるものは、ほとんどつかなかった。


 同い年の女の子にも力負けするくらいだ。

 まあ、お隣さんのアレと比べるのもどうかと思うけれど。


『サイズの心配は無用です。内部で自動調整できますから』

「……本当だとしたら、すごい鎧だね」

『そうですよ。凄まじいのです。なにせ私を創造されたのは大魔ぉ……と、それはともかく、装着してみたくなりましたよね?』

「いや、まったく」

『どうしてですか! いま、いい流れだったでしょう!?』


 流れなんて知らない。

 でも、上手い話には落とし穴があると決まっている。


 こうやって会話を交わせるだけでも、高度な魔導具なのは分かる。

 甲冑に使われている素材も、かなり良質な金属だろう。

 軽く拳を当てると澄んだ音がする。

 街の鍛冶屋に持っていけば、高額で買い取ってくれそうだ。

 それだけに怪しい。


「呪いの装備だったりしない?」

『失敬です! そんな非科学的な物と一緒にしないでください』


 非科学的? また知らない単語が出てきた。

 さっき創造したのがどうとか、物騒な単語も聞こえた気がする。


 問い質した方がいいのか、と思った時だ。

 ドォン!、と大気を震わせるような音が響いてきた。


「……なんだ?」

『派手な音でしたね。大きなハンマーでも叩きつけたみたいな……あ、私を装着してくだされば、各種センサー類の機能も解放されますよ。異常もすぐに察知です』


 また不可解な単語が出てきた。

 だけど構っている場合じゃない。なにか大きな物が破壊されたような音だった。


 まさかとは思うけど、魔物の襲撃だったりしたら一大事だ。

 村長である母さんが居ないいま、僕が対応しなくてはいけない。

 緊急連絡用の魔導具はあっても、街から帰ってくるには最速でも半日は掛かる。


「とりあえず、状況を把握しないと」


 ひとつ深呼吸をしてから、部屋の窓を開ける。

 二階で見晴らしは良いけれど、夜なので暗闇ばかりだ。

 でも、こちらへ走ってくる人影が見えた。


「モーブおじさん!」

「お? おお、ラディ、大変だ! 魔物だぞ!」


 返ってきたのは、やや間の抜けた慌てた声。

 きっと混乱していて、モーブおじさんも状況が掴めていないのだろう。

 僕は窓から身を乗り出して、指差された方向を見つめた。


 まず思った。最悪だ、と。

 見えたのは大きな人型の影。二階建てのお屋敷くらいはある。

 巨人だ。詳しい種類は分からないけど、厄介な魔物には違いない。


 普通なら、国の騎士団が討伐するような魔物だ。

 この平和な村に現れるなんておかしい。

 まだ村の外にいて距離はあるみたいだけど、いったいどうして―――。


「……考えてる場合じゃないな。おじさん、みんなに知らせて避難させて」

「え? いつもみたいに村長に退治してもらえば……」

「母さんは街に行ってるよ。忘れたの?」


 僕は努めて平静に告げる。

 一拍の間を置いて、モーブおじさんが愕然として目を見開いた。


「ど、どど、どうすんだよ? あれ、巨人だぞ? デカイぞ? 喰われちまうよ!」

「大丈夫だよ。みんなには、集会所へ避難してもらって。そこで状況を見て、すぐに街へ逃げられるようにも準備を」


 僕もすぐに行く、と告げて部屋に戻る。

 戸棚を開いて、その奥からひとつの武器を取り出した。


『ラディさんラディさん。聞いたところ、大変な事態なんですよね?』

「そうだよ。だから黙ってて」

『黙ってられません。こういう時こそ、私の出番です。巨人程度の攻撃じゃビクともしません。殴られても噛みつかれても、傷ひとつ付きませんよ』


 構わずに、取り出した魔導銃の具合を確かめる。

 銃身が長く両手持ちの、単発式魔導銃だ。

 少々古い型だけど、熊くらいなら一発で仕留められる威力はある。


『魔導銃ですか。獣相手ならともかく、大型の魔物には通じないんじゃないでしょうか? 巨人は皮膚も硬く、肉厚だと聞いていますよ?』

「目や口を狙えば、上手くすれば倒せるよ」

『無茶ですよ! その前に潰されちゃいます。だったら―――』


 自分を装着しろと、重甲冑はまた声を荒げる。

 直感としては、その選択もアリだと思えていた。


 これまで話した感じだと、目の前の彼女は嘘を吐くような性格じゃない。

 正直者、というよりは深く物事を考えていないのだろう。

 だから疑う必要はない。


 でも不可思議な存在なのも確かだ。

 いきなり変な物が現れると同時に、平穏な村への魔物の襲撃。

 まるで見計らったかのような状況とも言える。

 自分に頼れば危機を乗り越えられます、なんていうのは悪魔か悪徳商人の手口だ。


 だから信じきれない。

 我ながら慎重すぎるとは思う。

 それでも、いまの僕は村長代理だ。賭けになるような行動を取っちゃいけない。


『分かりました。もう私を着てほしいとは言いません』

「ようやく諦めてくれたんだ」

『あ、いえ、後でまたお願いしますけどね。でもいまは、とにかく逃げてください』


 その言葉に、僕は動きを止めた。

 赤い重甲冑をまじまじと見つめる。


『ラディさんが村長の息子で、責任感が強いのは承知しています。村の皆さんを守ろうというのも理解しているつもりです。それでも敢えて言わせてもらいます。どうか逃げてください』


 賭けなんてしちゃいけない。

 もちろん、逃げるつもりもない。

 だけど、信じてみるのはいいのかも知れない。


「クーラって言ったよね? 本当に、巨人に殴られても大丈夫なの?」

『え……あ、はい! 防御に関してはお任せください!』


 嬉しそうな声とともに、兜がカチャカチャと揺れる。

 胸部装甲の上に、青白く輝く紋様が浮かんだ。複雑な魔法陣だ。


『そこに触れてください。契約が結ばれて、装着は自動で行われます』

「……分かった」


 僕はまた逡巡しつつも、一歩を踏み出した。

 手を伸ばし、魔法陣に触れる。


 瞬間、光が溢れた。

 僕も重甲冑もその光に包まれて、僅かに浮かび上がる。


 甲冑が開く。

 部位ごとに分かれて、僕の全身に装着されていく。

 どこか神秘的な情景だった。


『ああ……これが初めての装着。ラディさんが、私の中に入ってきます』

「……って、なんで妙な言い回しになってるの!?」


 抗議の声を上げた。でも届いたかどうかは分からない。

 装着はすぐに完了して、視界が真っ白に染まる。


 その瞬間―――僕は、死んだ。



プロローグだけちょっと長め。

毎回の投降は、もうちょっと短めになる予定です。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ