過去に揺れるナツノネ 《4》
「美琴、何言ってるの・・・?分かんないよ・・・。会えなくなるって何?」
真琴は混乱を隠せないでいた。
金槌で頭を殴られたような感覚を覚えながらも、美琴に疑問をぶつける。
耳から流れ込んだ情報は何度も何度も、脳内でリピートされる。
もし、今、二人が大人だったら理解しあって「じゃあ、さよならだね。」と言いながら、この物語の幕を静かに下すのかもしれない。
だが、まだ子どもだ。
本人たちがどんなに「成長した」と言い張っても、世間や大人はそれを許さず「まだまだだ。」と言い返す程の。
保護者がいなければ、自身の身一つでは生きることなど、到底できはしない程、幼く小さい、子どもに過ぎない。
そんな子どもが、目の前で繰り広げられる現実を受け止めるなど、出来るはずもない。
なんで?いつまで?嘘だよね?そんな疑問が、美琴の言葉とともに駆け巡るだけだ。
今も尚、肩を震わせしゃくり声をあげる美琴が、微かにその小さな唇を動かした。
「この前・・・、寝るッときにお・・水飲みたくなったから、・・・一階に行ったの・・。そしたら・・・パパとママの話してる声が聞こえッ・・たから、何ッ話してるのって聞いた・・・の。そしたら・・パパとママ悲しい顔した・・・パパッ・・悪いことしてないのに・・・ごめんなさいしたの・・・ッ。そしたらママがッパパのお仕事する場所が変わるから・・・もう、真琴たちに会えなくなるんだよって、言ったの・・・」
美琴の口から発せられた現実。
真琴は、全てを理解した。
受け入れがたいが、仕方のないことなのだ、と。
真琴にとっては、何よりも、今この時が辛くて仕方がない。
目の前で、美琴が見られないように俯き、涙を流している、今が。
真琴は、母親から聞いたある一つのことを思い出した。
『おかーさんとおとーさんは、なんでいつもお口とお口をくっつけるの?おとーさんがお仕事行くときもしてる。おいしーの?』
『あら、真琴にもいつもしてるじゃない。』
『え?ぼくお口とお口くっつけたことないよ??』
『ふふ、お口じゃなくてほっぺにしてるでしょ?』
『ちゅー!おかーさんもおとーさんもいつもしてくれるやつだ!おかーさんとおとーさんがしてるのもちゅーなの?』
『そうよ。だけど、とぉ~っても特別なちゅーなの。』
『とくべつ??ぼくにするちゅーと何がちがうの?』
『うーん、そうね~・・・。真琴とお母さんは親子だから、お口とお口のちゅーは出来ないのよ。大好きで愛しくて、ずっと一緒にいたいって思える人とじゃないとしちゃダメなのよ。』
『だいすき?イトシイ・・・ってなに?』
『その人のことが、気になって、気づけばいつの間にか考えてしまってたり、その人が笑ってると、自分も嬉しくなったり、心が温かくなったり。その人が泣いてると、自分も苦しくなったり、辛くなったり、ずっと傍にいたいって思えたり・・・そういうのが、愛しい、好きってことかな。』
『ん~??』
『ふふふ、大丈夫。今は分からなくても、いつかきっと分かる時が来るわ。』
真琴は前に母親が言ったことの意味が、やっと分かった気がした。
きっとこれが『好き』ということなのだと。