再会した二人《4》
美琴が入浴を終えると、両親は食卓に並んで座っていた。
対面するように座る。
母親が黙って冷たい麦茶を差し出す。
受け取り、口に流し飲み込む。
温もった身体に冷たい麦茶が染み渡るのがよく分かった。
ずっと黙っている両親は、美琴が話し出すのを待っている様にも見えた。
美琴は、小さく深呼吸をして口を開いた。
「...さっき、お母さんには言ったけど、今日職員室で真琴と会ったんよ。うちはすぐに真琴やっち思った。だって背格好は変わっちょっても雰囲気とか顔つきとか全く変わってなかったもん...分からん訳無かった...やけ、真琴に声掛けた。...やけど、真琴はうちのこと覚えてないっち言いよった。最初は冗談やと思ったん。久しぶりに会ったけ茶化しよるんやっち思った。けどほんとに覚えてなかった.....!お母さんもお父さんも、真琴の叔父ちゃん叔母ちゃんと連絡取りよったの、うち知っとるんよ...ねぇ、真琴に何があったん...?なんでうちのこと分からんくなっとん?定期検診っち…真琴どこか悪いん?...お父さん達のことも覚えとらんの?」
一頻り言い終えた美琴の目には、またしても涙が溜まっていた。
両親は苦しそうに1度顔を見合わせた後、美琴を見つめた。
母親が困ったように表情を曇らせながら話し始めた。
「どこから話せばいいか...。私達も、真琴くんの叔母ちゃん達も、あんた達がした約束のことは知ってる。あの夏祭りの日帰ってきた途端に、2人とも嬉しそうに約束のこと話すんだもの。よく覚えてるわ。あんたは見送りに真琴くんが来なくても、また会えるからいいの!って笑ってた。真琴くんはね、私達が引っ越してすぐに体調を崩してしまったんですって。あんたが居なくなるのがよっぽどショックだったんでしょうね。元気がなくてご飯もなかなか食べなかったらしくて、とうとう栄養失調と風邪が重なって、学校で倒れてしまったんですって。40度近くの高熱が1週間続いた末、意識が戻った真琴くんは、あんただけを忘れてしまったのよ。美琴。」
こんな話を聞かされて、美琴は信じられるわけ無かった。
「...信じられる訳ないやん。そんな話し...嘘やろ...?なんでうちだけなん...!」
感情に任せて、そう言いはするが頭では嘘ではないと分かっていた。
いや、分かりざるを得なかった。
今朝見た真琴の反応と、目の前にいる両親の顔を見ると。
辛そうな表情のまま、母親が続けようとしたが今度は父親がそれを制す。
辛そうな表情は父親もしていると言うのに。
「真琴はな、俺たちのことや真琴の叔父ちゃん叔母ちゃんのことは、分かるんや。けど、お前のことは俺達が話しても分からんかった。お前のことを話したから、俺達に娘がおるっち言うのは知っちょるけど、それが美琴、お前やとは思っちょらんみたいや。意識が戻った時、医者曰くはお前が真琴にとって、とても大きな存在でそれが記憶を失ってしまった原因らしい。」
両親から聞いたものは、美琴の想像を遥かに上回ることだった。
ここまで話しを聞いた時にはもう、美琴の中で溜まっていたものは涙となって静かに流れ出ていた。
「そんな話…。そんなことって…」
もう何かを言う気力はなかった。
いや、言えないのだ。
言いたいことは沢山あるはずなのに、自分の中がグチャグチャで。
口を開いても嗚咽が出てくるばかり。
それでも、冷静を取り戻そうとグチャグチャしたものを一つずつ、一つずつ紐解くように整理してみる。
そっか、体調崩して記憶失くしちゃったのか…。辛かったやろうな。
そっか、だから定期検診…か。
そっか、うちのことだけ分からなくなっちゃったんか…。
そっか。そっか。そっか。
あーあ、どうしたもんかなぁ。
そんなことを漠然と考えていると、父親が口を開いた。
「ただ、悪いことばかりじゃない。」
美琴は目の下をピクッと一つ痙攣させる。
「どういう事?」
率直に尋ねてみる。
父親は一息於く様に瞬きをすると言う。
「あの夏祭りの日、お前と交わした約束だけは覚えちょるらしい。」
美琴は思わず目を見開く。
「それ、ほんと?」
「この流れで嘘ついてどうするん。」
無意識に出た疑惑に、呆れながら父親が答える。
美琴の中でグチャグチャしていたものが消えていく。
『真琴の中でまだ、あの時の約束は生きてる…!』
黄昏時に一際輝く一番星を見つけたような気分だ。
下を向いていたら見逃していた。
―――たった一つだけど、とても力強い光―――




